スペインのバルセロナで開催される世界最大のモバイル機器見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」が帰ってきた。しかし、その様相は以前とは一変している。

「もはや目玉はスマートフォンではない? 「MWC 2022」で注目すべき4つのブランド」の写真・リンク付きの記事はこちら

確かにこのイヴェントは、この数年でも少しずつ変化を遂げてきた。サムスンがスマートフォン「Galaxy」シリーズのフラッグシップモデルの発表イヴェントを、MWCの開催を待たずに独自開催したこともあった。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)により、毎年開催されていたイヴェントが途絶えたという事情もある。

こうしたなかリアル開催になった「MWC 2022」は、奇妙な妥協の産物ともいえる。

例によってサムスンがイヴェントの数週間前に最新の「Galaxy S22」シリーズを発表した一方で、ソニーなどの主要メーカーはイヴェントへの出展を見合わせたという。さらに、毎年MWCの目玉となる最新のフラッグシップモデルを発表してきたワンプラス(万普拉斯)は、奇妙なことに予告なく出展をとりやめている(同社は「OnePlus 10 Pro」を中国で発表しただけで、いまのところ他国に向けた発表はしていない)。

その代わり、TCLやノキア、モトローラといったスマートフォンメーカーが空白を埋めている。ほかの業界と比べて華々しさに欠けるかもしれないが、それでも各社はさまざまな新発表を携えて参加し、話題を振りまいている。

米国で製品を容易に入手できるメーカー以外は、充実したラインナップを用意していた。例えば、realme(真我)やHonor(栄耀、ファーウェイから独立)、シャオミ(小米集団)といったメーカーは、いずれもハードウェアを展示している。

おそらく米国からMWCの様子を注視していた人々にとって最も興味深い発表は、OPPO(広東欧珀移動通信)によるものだろう。OPPOはワンプラスの傘下にあり、両者の関係は近年ますます緊密になってきている。MWCの直前に発表された「OPPO Find X5 Pro」は、老舗カメラメーカーであるハッセルブラッドとのパートナーシップを売りにしていた。こうした連携による機能は、昨年の「OnePlus 9 Pro」で初めて搭載されたものでもある。

幸いなことに、スマートフォン業界による出展が不思議と限定されていたことを除けば、MWC 2022では人々を興奮させるような内容が目白押しだった。ノートPC、ディスプレイが分離する2-in-1タイプのノートPC、タブレット端末に加えて、いくつかのサプライズが今年のMWCを盛り上げている。


サムスンの新しい「Galaxy Book」シリーズ

スマートフォンの分野でフラッグシップモデルの発表はなかったとはいえ、MWC 2022で最も興味深い製品群を発表したのは、やはりトップメーカーのひとつであるサムスンだった。今回は「Galaxy Book2 Pro」と「Galaxy Book2 Pro 360」を発表している。

初期に発表されたモデルはウルトラブックの最高スペックに加え、頑丈なつくりとスタイリッシュさを兼ね備えており、超薄型で無駄のないデザインが特徴だった。Galaxy Book2 ProとBook2 Pro 360は、この流れを引き継いでいるようだ。

最高のスペックはそのままに、最新のインテル製チップ、Thunderbolt 4対応、フルHDで1,080p対応のウェブカメラ、65WのUSB-C経由での充電機能など、2022年モデルとしてヴァージョンアップしている。Galaxy Book2 Proは1,050ドル(約12万円)から、Galaxy Book2 Pro 360は1,250ドル(約14万円)からとなっている。

Samsung

サムスンの新しいノートPC。

PHOTOGRAPH: SAMSUNG


レノボ「ThinkPad」の最新モデル

サムスンのノートPCは現時点での最高峰といえるが、コンピューターの将来への期待を抱かせるようなデヴァイスではない。ノートPCの分野において今年のMWCでこうした期待に応えてくれるのは、むしろレノボとファーウェイだろう。

レノボは家庭用やビジネス用の高性能ノートPCをはじめ、ゲーミングノートPCやタブレット端末など、多くの製品を発表した。なかでも紹介したいのは、「ThinkPad X13s Gen1」である。

ThinkPad X13s Gen1

レノボが発表した「ThinkPad X13s Gen1」。

PHOTOGRAPH: LENOVO

これはレノボの新機種であると同時に、クアルコムのPC用システムオンチップ(SoC)の最新版である「Snapdragon 8cx Gen3」を搭載した最初の機種であるという点で傑出している。ARM版Windowsは、超薄型デザインの「Surface Pro X」のような優れたハードウェアを十分に生かすものだった一方で、これまでは互換性や性能面で大きな問題があった。今回発表された機種は、その点を強化するものだ。

これまでにアップルは「MacBook Air」や「MacBook Pro」(14インチモデル)などをARMアーキテクチャーに移行し、性能を維持しながら大幅にエネルギー効率を向上させた。Windowsの世界でもこれにならい、アーキテクチャーの移行が起きることは必然に思われる。

だが、その道のりは単純ではない。今後も新しいPC用Snapdragonが登場してWindowsがアップデートを重ねていくにつれ、互換性の向上が見込まれている。こうしたなかThinkPad X13s Gen 1は、「8cx Gen 3」チップと「Windows 11 on ARM」を組み合わせた性能を試す最初の機会になるはずだ。


ファーウェイ初の2-in-1と“iMac風”の一体型PC

次に紹介するファーウェイ(華為技術)の新製品は「MateBook E」である。米国への上陸予定はないが、英国や欧州、中国など、ファーウェイ製品が引き続き販売されている市場の顧客にとっては検討に値する製品だろう。「MateBook E」は、ファーウェイが「Surface Pro」のような2-in-1デヴァイスに初めて挑戦した製品となる。

タブレット端末として使える部分は超薄型を実現している。これはリニューアルされた「Surface Pro 8」がクリアしようとしていたハードルだが、バッテリーのもちの悪さと冷却ファンによるアクティヴ冷却構造の搭載で失敗した点でもある。ファーウェイが絶妙なバランスを見つけることができたかどうか、興味深いところだ。

MateBook E

ファーウェイが発表した「MateBook E」。

PHOTOGRAPH: HUAWEI

さらにファーウェイは、「Kindle」や「reMarkable」にも似た電子書籍と電子メモの両方のニーズに対応する10.3インチのE Inkタブレット端末「MatePad Paper」も発表している。

ファーウェイのラインナップの最後を締めくくるのは、iMacに非常によく似た雰囲気をもつ一体型PC「MateStation X」だ。専用GPUをもたずAMDのモバイルチップのみ搭載している点で、色彩豊かな最新の「M1」搭載iMacと競合することになるだろう。


TCLが充実させたタブレット端末のラインナップ

TCLは今回のMWCにおいて、「モバイル」を前面に打ち出したメーカーのひとつだった。そして、ほかのカテゴリーへの進出も惜んでいない。「NXTPAPER MAX 10」「TAB 10 HD 4G」「TAB 10s 5G」を発表し、タブレット端末のラインナップを拡充したのである。

TCLのNXTPAPERは、紙のようなキャンヴァスに絵を描いたりメモをとったりできる。スリムなベゼル(画面の枠)で解像度がフルHD+のディスプレイを備えており、映画やテレビも楽しめるというタブレット端末ならではの長所も備えている。

NXTPAPER MAX 10

TCLの「NXTPAPER MAX 10」。

photograph: TCL

TCLのその他のタブレット端末のラインナップは、より従来のかたちに近いものだ。バッテリー容量はTAB 10 HD 4Gでは5,500mAh、TAB 10s 5Gでは8,000mAhと、バッテリー駆動時間の長さと低価格を売りにしている。

NXTPAPER MAX 10の欧米での販売情報は追って発表される予定だ。価格は269ユーロ(約304ドル、3.5万円)からとなる。TCL TAB 10 HD 4Gは欧州では発売中で、米国でも発売予定だ。価格は179ユーロ(約202ドル、2.3万円)から。TCL TAB 10s 5Gは今年後半に発売予定で、価格は349ユーロ(約394ドル、4.5万円)からとなる。

さらにTCLは、エンターテインメントと生産性向上に焦点を当てた大型ディスプレイ搭載の上位モデル「TAB PRO 12 5G」が今後登場予定であるとも明らかにしている。

目立たぬスマートフォンの存在

このように、スマートフォン以外の興味深い新製品を見ていると、ある疑問がわいてくる。どうして、スマートフォン以外の製品カテゴリが主役となっているのだろうか?もちろん、前述のソニーのように、パンデミックの影響により、すべての企業がMWC 2022に乗り気だった訳ではなかったという事情もあるだろう。また、シャオミ、オッポ、リアルミー、オーナーなど、アメリカではあまり存在感のないスマートフォンメーカーが、イヴェントラインナップのかなりの部分を占めるようになってきている。ワンプラスの新型フラッグシップモデルがなかった点も、こうした流れを後押しした。

しかし、スマートフォン以外の市場、特に生産性やエンターテインメントに焦点を当てたコンパクトデヴァイスが主流を占めている理由については、マイクロソフトの最高製品責任者であり、Surfaceの宣伝担当も務めるパノス・パネイがその答えを示してくれたかもしれない。パネイは、1月26日付の「A new era for the PC(PCの新時代)」と題したWindowsブログ投稿で、Canalysのアナリストの発言を引用しつつ、PC市場は2021年にかけて過去10年で最大の成長を遂げており、その成長率は2019年より27%も高いものとなったと指摘した。

さらにいえば、クアルコムのようなメーカーが、PCがよりモバイルに近い体験になりつつあるというストーリーを押し進めようと尽力している。そうした流れは、アップルが自社ノートPCで従来はスマートフォン向けだったARMチップを採用したことからも、より受け入れやすいものとなってきている。

「PCはこれからも存在し続けます。よりパワーアップし … よりモバイルに近いものになっていくでしょう。」これは、クアルコムのシニア・ヴァイス・プレジデントであり、ゼネラル・マネージャーも務めるアレックス・カトゥージアンが、PCの将来についてのブログ投稿に寄せた言葉だ。

携帯電話の展示会に、自宅で仕事やエンタメをサポートするためのデヴァイスが数多く並んでいるのは何故だろうか?出展企業は、このようなデヴァイスを大衆が望んでいると考え、その期待に応えようとしているのだ。

(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」の関連記事はこちら。


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