ふらっと入ったちょっと秘密基地っぽいカフェでは、大学生くらいの若者が集まって、反原発の会議をしていた。

台湾はいま、日本における1960年代のような時期なのではないか
それらを見ているうちに、ぼくは、この熱気はなんだろうと考え込んでしまった。2010年代の台湾は、「自由」を求めて、何かを打ち破ろうとする熱気が渦巻いている。そのことを肌で感じた。ずっと考えていると、もしかして、台湾はいま、日本における1960年代のような時期(例えば、対比として2014年に台湾で起きたひまわり学生運動と、日本で1960年末に起きた全共闘運動など)なのではないかと思うようになってきた。

台湾は、戒厳令が長く敷かれ、民主化されたのが遅かった。1949年、毛沢東率いる中国共産党に敗北した国民党の蔣介石が台湾に逃れてから、国民党による一党独裁がはじまった。自由もなく、文化が発展する余地も少ないその状態は、1989年に戒厳令が解除されるまで続く。

日本が、敗戦からしばらく後、1960年代にアメリカからたくさんの文化を吸収して、なんとかオリジナルの文化をつくっていこうと試行錯誤し、オリジナリティーを獲得していったように、台湾は日本の文化をいま吸収している段階で、これから台湾のオリジナルな文化が出てくるのではないか。もしそうだとしたら、そのシーンに立ち会いたい。ぼくはそう思って、まずはインディー音楽の取材からスタートさせた。

そもそもの成り立ちとして、台湾のインディー音楽は「政治的な音楽」
まず、台湾のインディー音楽シーンの歴史を聞こうと思い、台湾の音楽関係者を取材することにした。するとこのような答えが返ってきたのだ。

「各時代にそれぞれ、影響された音楽がありますが、そもそもの成り立ちは、台湾のインディー音楽は、政治的な音楽ということなんです。反権力・反国民党という旗印を掲げた音楽というのがルーツなんです」

インディー音楽というのを中国語に直すと「獨立音楽」と書く。インディー音楽の組織は「台湾獨立音楽協会」。これが「台湾獨立」とのダブルミーニングになっているというのだ。

「歌詞のテーマに、恋愛、生活、仕事などがあって、普通に政治がないとおかしいとぼくは思います。政治とぼくらの人生は切っても切れないものだから」

文化の話を聞いていたのに、いつの間にか政治の話に行き着く。この展開は、ZINEの話を聞いたときにも、オルタナティブスペースの話を聞いたときにも、生じた。台湾の若者は、政治意識が高いとされているが、それを身を持って経験した。かたや、日本は「音楽に政治を持ち込むべきか」という議論を延々としている。

「国家として承認されていない」危機感のある台湾と、外敵の圧力から自由な日本
民進党の蔡英文政権では、LGBT法の施行や、脱原発法の制定(2025年までにすべての原発をなくす)など、多くの日本の若者が望んでいるに違いないことをさらっとやってのけている。

この背景として、そもそも台湾の若者の政治意識が高いことは見逃せない。去年の総裁選では、世界各地から選挙のために台湾に帰る多くの若者がメディアで話題となった。投票率は74.9%だ。

これほどまでに若者の政治意識が高いのはなぜなのか? 取材したひとりはこう語ってくれた。

「台湾は常に圧力にさらされている。そうなるより他ないのよ。いつ中国に攻め込まれるかわからない。国際的な立場も微妙。国家として承認されていない。Facebookを見たら、台湾人は新聞記事のシェア、日本人はグルメ記事のシェア、これだけでもふたつの国の緊迫感がわかるよね」

日本も台湾と同じ島国だが、特にこれまで主だった外敵からの恒常的な圧力を経験したことはない。北朝鮮からのそれは、どこまでが真実かわからない。