初めての彼氏が既婚者…。法学部の女が考えた“最高の復讐”とは?
明治。青山学院。立教。中央。法政。そして、学習院。
通称、「GMARCH(ジーマーチ)」。
学生の上位15%しか入ることのできない難関校であるはずが、国立や早慶の影に隠れて”微妙”な評価をされてしまいがちだ。
特に女性は、就活では”並”、婚活では”高学歴”とされ、その振れ幅に悩まされることも…。
そんなGMARCHな女たちの、微妙な立ち位置。
等身大の葛藤に、あなたもきっと共感するはず。
File4. 玲、中央大学。“中央法学部”のプライド
入学式の会場を後にした玲は、広大な中央大学多摩キャンパスに広がる桜を見渡しながら、心にこう誓っていた。
― 私も、お父さんのように立派な弁護士になってみせる!この大学で一生懸命に勉強して、在学中に司法試験に合格するんだ!
弁護士の父を持つ玲。自分も父と同じ道に進もうと大学は法学部のみを受験して、中央大学法学部に入学することになった。
GMARCH、そして中央大学の全学部の中でも群を抜いて偏差値が高い、圧倒的存在感を誇る中央大学法学部。
法曹界に数多くの人材を輩出し「司法試験を目指すなら中央大学」と言われて久しい、この大学の看板学部だ。
入学シーズンのキャンパスは、サークルや部活の勧誘が盛んに行われる。
サークルのブースが出たり、勧誘のチラシが配られたりして、まるでお祭り騒ぎのようにごった返しているのが、この時期の恒例となっている。
新入生たちは毎晩のように新歓コンパに参加しては、学内の繋がりを作っていくのだ。
しかし、玲は違った。
「大学のキャンパスで、サークルの勧誘や合コンに浮かれている他学部の子たちとは違う。私は法学部に入って、司法試験を目指す身なんだから!」
中央法学部という誇りを胸に、玲は司法試験の勉強に勤しむべく“ある場所”を目指すのだった。
玲が目指したのは、中央大学でも特別な場所
選抜をくぐり抜け「炎の塔」へ
入学早々、司法試験合格に向けてアクセル全開で動き出した玲。
本当は父の母校でもある一橋法学部に入りたかったが、2次試験で不合格となってしまった。
今では“一橋不合格”の悔しさをバネに「絶対に在学中、司法試験に合格する!」と固く決意していたのだ。
そんな玲が向かった“ある場所”。それは「炎の塔」と呼ばれる場所だ。
「うわぁ!これがあの炎の塔か…」
その建物を見た瞬間、まるで憧れの人に会えたかのような気持ちになった。
「炎の塔」、その正式名称は「中央大学法職多摩研究室/多摩学生研究棟」。ここには、中央大学が提供する充実した受験指導システムと学修環境が整っている。
毎年春と夏に実施される入室試験に合格すれば、半年間自由に240席ある定席とロッカーを使うことができるのだ。
それだけでなく、司法試験に合格した先輩たちから直接勉強を指導してもらえ、少人数のゼミに参加することもできる。司法試験合格を目指すには、うってつけの環境である。
玲はもちろん、入学早々に炎の塔の入室試験を申し込んだ。入室試験は1年生から受けることはできるものの、合格するのは極めて難しいとされている。
しかし、その難関を突破し、玲は見事に合格を果たし入室資格を獲得したのだった。
◆
入室資格を得た玲は、心躍らせて炎の塔に向かっていた。
法学部のキャンパスは2023年からは茗荷谷になるが、今は多摩にある。大学生には、決して人気のあるロケーションではない。
そんな多摩キャンパスの中でも、最寄りの多摩モノレール・中央大学・明星大学駅から一番遠い炎の塔。
しかし、司法試験に没頭したかった玲にとって、勉強に集中できるこの環境は最高だと思ったのだ。
そうして、毎日のように炎の塔の自習室に通っては、夜中まで司法試験の勉強を続ける玲だった。
しかし、炎の塔への入室後まもなく、予想外の出来事が起こってしまう。
それは、玲に人生で初めての彼氏ができたことだ。
その相手は、玲が参加したプライベートゼミで講師として来ていた卒業生の亮太。
28歳の亮太は、大学4年の時に司法試験に合格する。卒業後すぐに司法修習生となり、1年間の司法修習後の試験にも合格。現在は弁護士として、大手の弁護士事務所に所属している。
弁護士としての仕事のかたわら、後輩たちの指導のために大学でゼミの講師を務めていたのだ。
向学心の高い玲は、受講当初は純粋に亮太の講義に高い関心を持って取り組んでいた。
しかし…。
玲は講義を受けるうちに、司法試験への向学心とも相まって、いつしか亮太への恋愛感情を持つようになっていったのだ。
講義に関する質問を繰り返しながら、2人の距離は近づき、交際に発展するまでにそう時間はかからなかった。
「今日は亮太がキャンパスに来る日だわ!帰りに、少しでもデートできるかなぁ。お気に入りのUNITED TOKYOのワンピースを着ていこうっと!」
これまで男性と付き合った経験がない玲は、初めてできた彼氏の存在に完全に舞い上がっていた。
高校まで制服だったし、入学後もあまりファッションに構わなかった玲だが、炎の塔にもいつしか気合を入れてオシャレしていくようになる。
さらに、亮太の講義や生活リズムに合わせて通うようになり、生活のペースが徐々に亮太優先になっていったのだった。
しかし、付き合って3ヶ月後。
玲は、知りたくなかった事実を知ることになる。
玲が知ってしまった、驚愕の事実…
まさか、この私が…
ある平日の夜。玲は1人暮らしをするマンションで、亮太とともに寛いでいた。
― 大好きで尊敬する亮太と、こうして過ごせるなんて幸せ!
玲は心の底からそう思っていた。テレビでネット番組を流しつつ、テイクアウトで購入した食事をとってゆっくりと語らう玲と亮太。
テレビでは、旅行のシーンが流れていた。それを見て思いついた玲は、亮太にこう提案する。
「ねぇ。大学の後期が始まる前に、2人で旅行にいかない?」
亮太は絶対に賛成してくれるはず…玲は信じて疑わなかった。しかし、亮太からの答えは意外なものだった。
「うん、そうだね…。考えておくよ。今すぐは難しいかもしれないけど」
―「考えておく」って、何だか義務みたい…。
亮太の微妙な返事と、目線も合わせることなく少々困った顔つきに、違和感を覚える。
― 付き合って3ヶ月だし、そろそろお泊まりデートでもしてもいいのに…。
何とも言えないモヤモヤとした気持ちが、灰色の雲のように玲の心を覆う。
― もしかして、亮太って…。
玲は、亮太がシャワーを浴びている隙に、申し訳ないと思いつつも彼のバッグを恐る恐る探るのだった。
そして、バッグの内ポケットから出てきたもの。
それは…結婚指輪だった。
― 亮太…やっぱり……。
そう、亮太は既婚者だったのだ。つまり、玲はまんまと不倫の相手となっていたのだった。
彼が浴室から出てくる音を聞いて、玲は急いで指輪をバッグに戻す。
亮太に対して努めて平静を装ったものの、心臓がバクバクするのが自分でもわかった。
「初めての大好きな彼氏が、既婚者だった」
あまりにもチープな出来事が自分に起きたことに、悔しさと情けなさを感じてしまう。
その日の夜のことは、忘れたくても忘れられない苦い思い出として、玲の記憶に一生刻まれるのであった。
◆
数日後、玲は指輪を見つけたあの日のことを思い出す。
まず感じたのは、清く正しく真面目で優秀な自分が、不倫に手を出してしまったことへの悔しさと情けなさだった。
そして、その感情が“怒り”へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
亮太にとって、中央大学の学生はあまりにも身近な存在だ。
しかも、弁護士の仕事に今後関係するであろう法学部の学生に手を出すなんて…。亮太の迂闊さと軽薄さに、玲はめまいがした。
そして何より、自分という人間を傷つけたこと…。
「訴えてやりたい!」
玲は、あまりの悔しさに腹が立ち、亮太に復讐したいと思ったのだ。
― でも…ちょっと待って…。
冷静になって玲は考えた。
ただの法学部の学生に過ぎない自分が、現役弁護士である亮太を訴えたところで、勝てる見込みなどない。
訴えるにしても弁護士費用を捻出する必要があるが、自力で用意できる額でもないし、まさかこんなことを両親に相談はできない。
そして何より、知らなかったとはいえ亮太と明確に別れていないとなると、不倫相手として逆に亮太の妻に訴えられる可能性もある。
考えれば考えるほど、“詰み”であることは明らかだった。
「訴えることができないなら、せめて見返してやりたい!私ができる一番の復讐は、在学中に司法試験に合格して、優秀な弁護士になることだわ!」
そう思った玲は、亮太との関係を清算し、勉強により一層打ち込むことを決意した。
◆
2年後の9月。
玲が手にしていたのは、法務省から送られてきた「司法試験 合格通知書兼成績通知書」だった。
そう、玲は大学3年生にして司法試験の合格を果たしたのだ。
手にした通知書を見ながら玲は思った。
― 亮太とのことは苦く悔しい思い出だけど、あの経験があったからこそ合格できたのかもしれないわ…。
亮太とは、もうあれっきりだった。
彼とはキャンパスですれ違い、動揺することも多々あったが、勉強に集中するため意識的にその姿を見ないようにした。
そして、亮太との恋愛を経験して玲が決めたこと。それは、“司法試験の合格までは恋愛しない”だった。
恋愛で得られる経験があることは理解しているし、長い人生を考えたらそこまで頑なにならなくても良いのでは、と迷ったのは事実だ。
しかし「まずは結果を出そう」と、玲は決心したのだ。
そして、覚悟を持って勉強し合格を果たした今、玲はこう思っていた。
「これから、恋愛だけじゃなく思いもよらないことがあるかもしれない。でも、自分が決めた道なのだから、中央法学部の誇りを持って法曹の道を進もう」
そう思い見上げた秋空は、高く澄み渡っている。
その秋空を眺める玲の表情には、以前のような迷いはもうなかった。
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