2008年北京五輪・柔道男子100キロ超級で金メダルを胸に輝かせ、その後、総合格闘家に転向した石井慧は、いまK-1のリングで闘っている。9月の横浜大会、12月の大阪大会、いずれも粘り強く闘い判定ながら連勝を収めた。

1ラウンドから前に出てパンチを繰り出す石井。前回の愛鷹亮戦よりもアグレッシブに闘い3-0の判定勝利を収めた(写真:K-1)


総合格闘家としての頂点を目指す石井が、なぜキックボクシングの世界に身を投じたのか?

K-1のリングにおける目標とは何か? そして次なる対戦相手は? いま、忘れられた金メダリストの挑戦が熱い─。

○■「倒さないといけない」

「また判定でした。すみません。次(の対戦相手)は誰ですか? 早く決めてください、 僕には時間がありません。『ロード・トゥ京太郎選手』─。ありがとうございました」

12月4日、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館)第1競技場で開催された『K-1 WORLD GP2021 JAPAN』でRUI(K-1ジム福岡チームbeginning)と対戦し勝利した石井慧は、試合後にリング上でそうアピールした。これで、9月20日の横浜アリーナ大会に続きK-1で2連勝。

「柔道では強かったとはいえ、キックボクシングには対応できないのではないか」

そんな周囲の予想を覆し、石井は勝利を重ねている。

しかし、楽な試合ではなかった。

「自分から攻めて試合をつくる」

戦前に話していた通り、石井は1ラウンドから積極的に前に出てパンチを振るう。その後、左ローキックも見舞っていき、序盤でペースを握った。

石井のパンチは当たっている。それでも、倒す展開に持ち込めない。するとキックボクシングのキャリアで優るRUIも意地が見せた。2ラウンドに入ると距離を詰めて得意なヒザ蹴りを繰り出す。194センチの長身、長い足を唸らせてのヒザ攻撃は強烈だ。これをボディに幾度か喰らった石井は表情を歪め、瞬間的に動きが止まるシーンもあった。

「ヒザ蹴りは効きました。途中で心が折れそうになりました」

試合後に、そう振り返った石井だが、それでも前に出てパンチを放ち、ローを蹴る。気迫溢れる攻撃を続け、試合終了のゴングを聞いた。

ジャッジは3-0(30-29/2者、30-28)、苦しんだ場面もあったが、トータル的に見れば判定完勝。かなりの練習を積んできたのだろう、石井が最後までスタミナを切らすことなく攻め続けた結果だった。

石井はRUIのヒザ蹴りにも耐え、冷静にファイトプランを遂行。粘り強いファイトでK-1連勝を飾った(写真:K-1)


試合後にインタビュースペースに現れた石井の顔は、ほぼ無傷。だが、咳込んでいた。ボディにヒザを突き刺されたことで内臓にはダメージを負っていたのだ。

石井は言った。

「勝てて良かったが、内容には満足できません。これだけの体重差(石井110.65キロ、RUI 89.9キロ)があるのに倒せなかった。これは今後の課題です。何がいけないのかを見直して、倒せる打撃を身につけたい」

石井のパンチは効いていなかったのか?

RUIは言った。

「予想以上に重いパンチでした。でも『効かされた』という感じではありませんでした。それでもフィジカルの強さは凄かったです。岩に向かって闘っているみたいでした」

重量感はあるがキレに欠ける。これが石井の打撃の現状なのだろう。

ここまでの2試合は自分よりも体重が軽い相手との闘いだった。だから、それでも通用してきた部分がある。石井がK-1で闘う上での今後の課題は、パンチのキレを身につけることだろう。

勝ち名乗りを受ける石井。この直後にクロアチア国旗を肩に纏い「次の相手を早く決めてくれ!」とアピールした(写真:K-1)


○■京太郎戦への道

石井はいま、K-1のリングで闘っている。

だが、総合格闘家からキックボクサーに転向したわけではない。

「K-1のリングに上がるのは、自分が練習してきた打撃がどこまで通用するのかを試したいから。目指しているのはMMA(総合格闘技)での最強です。K-1では、京太郎選手と闘うところまでは辿り着きたい」

京太郎(チーム未完)は、旧K-1でピーター・アーツ(オランダ)にKO勝利、ジェロム・レ・バンナ(フランス)を破った実績も持ち日本人初のK-1ヘビー級王者になった男。プロボクシングにおいてもOPBF(東洋太平洋)とWBOアジア太平洋のヘビー級チャンピオンベルトを腰に巻いている。石井と同級生の35歳だ。

石井は、彼と闘うことを一つの到達点と定めている。それが、「ロード・トゥ京太郎選手」─。

決戦翌日、大阪市内のホテルでの一夜明け会見で石井は言った。

「いまのままだと(京太郎に勝つのは)難しいと思います。試合を重ねる中で短所を克服し、長所をもっと伸ばしていきたい。だからこそ試合がしたい。次の試合までに必死に練習し、倒せる打撃を身につけて次はKOで勝ちたい」

「倒せるパンチを身につけたい」決戦翌日の一夜明け会見でそう話す石井慧(写真:K-1)。


次回のK-1 WORLD GPは、2021年2月27日、東京体育館大会。早ければ、ここで石井のK-1第3戦が実現するだろう。

相手は誰になるのか?

これまでの2試合は、体重の軽い相手だった。次は、ウェイト的に釣り合う相手が望ましい。強い外国人選手を招聘できればベストだろうが、国内にも候補は数名いる。今年3月の日本武道館大会で京太郎に敗れてはいるが、7月の福岡大会で丸山公豊(宮田ジム)に鮮やかな左ハイキックを見舞い2ラウンドKO勝利を収めたスーパー・ヘビー級の実方宏介(真樹ジムAICHI)とのマッチアップも面白いのではないか。

2021年、石井慧は京太郎戦に辿り着けるのか? 実現したならば、いかなる闘いを見せてくれるのか? 北京五輪・柔道最重量級金メダリストの苛烈なチャレンジを注視したい。

文/近藤隆夫

近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。〜ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実〜』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー 〜小林繁物語〜』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS郄田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら