全米の人々が立ち上がって、ワイヤレスイヤフォンについての悩みを叫んだとしよう。スタンダードモデルの「AirPods」を耳に入れている人なら、誰もがその声を聞き取れるだろう。イヤーチップもノイズキャンセリング機能もなく、音漏れしやすいダイナミック型ドライヴァーが採用されているとなれば、外部の音はひとつ残らず入り込んでくるのだ。

「第3世代のAirPodsは、その進化が“足踏み”の状態にある:製品レヴュー」の写真・リンク付きの記事はこちら

もしかしたらAirPodsは、耳の中にさえおとなしく収まっていてはくれないかもしれない。前もって練習せずに感圧センサーを押して音量を調節しようとしたら最後、片方は床に落ち、もう片方は排水溝へと吸い込まれていく可能性がある。

アップル製のイヤフォンやヘッドフォンのことを、ことごとく嫌いなわけではない。「AirPods Pro」はバッテリーの持続時間が“二流”とはいえ気に入っているし、「AirPods Max」はこれまで使ったワイヤレスヘッドフォンのなかでダントツだ。Beatsの最新ラインナップも、11月はじめに米国で販売された「Beats Fit Pro」(日本では22年初めに発売予定)も含め素晴らしい。

だが、どうしても言っておかなくてはならない。1976年の映画『ネットワーク』の主人公であるハワード・ビールの有名なセリフを借りれば、「俺はとんでもなく怒っている。もうこれ以上は耐えられない!」といった感じなのだ。

これは何とかすべきである。みなさんにお願いしたいのだが、iPhoneとの相性が抜群という理由だけで、AirPodsの第3世代モデルを買うのはやめてほしい。ダメと言ったらダメなのだ。

どうせ買うなら、AirPods以外のアップル製イヤフォンにするべきだろう。そうすれば、いまの時代にふさわしい最新機能(と優れたフィット感)を楽しめる。

進化が足踏み状態のAirPods

19年にAirPods Proが発売されて以降は「スタンダードモデル」との形容詞が付くようになったAirPodsは、16年の発売当初はまずまずのイヤフォンだった。このころはバッテリーが5時間もち、ワイヤレスでもきちんと動作するというだけで、イヤフォン市場では最高水準に位置づけられたのである。

あれこれ言うつもりはないが、それほど驚きはしなかった。ワイヤレスイヤフォン市場が誕生したのは、もっぱらヘッドフォンジャックをiPhoneから廃止したアップルのおかげであって、市場を独占しても当然だろう。

ところが、それから約6年が過ぎ、アップルをはじめとする多くの企業が格段に性能の優れたイヤフォンを開発してきた。バッテリーの持続時間やマイクの性能が向上し、フィット感も充電ケースも改善され、どのブランドのイヤフォンも押し並べて耐久性がよくなっている。

ところがAirPodsは、ほぼ足踏み状態が続いている。バッテリーの持続時間が1時間延び、空間オーディオに対応し、ドライヴァーも新しくなった。第2世代となった19年モデルではワイヤレス充電ケースも付属するようになったが、価格は米国で25ドル(約2,900円)高くなっている。

いまやAirPodsより装着感もサウンドも優れたイヤフォンなら、多数のアップル製品を含め半ダースくらいはすぐに思いつく。耐汗耐水性能が同じ「Beats Studio Buds」(日本では17,800円)は洗練されたエルゴノミックデザインで、バッテリーの持続時間は2時間長く、アクティヴノイズキャンセリングに対応している。「Beats Fit Pro」(199.99ドル、日本未発売。約22,770円)も同じく空間オーディオに対応し、アップル独自の「H1」チップが搭載されている。

いまのところ米国のアマゾンではAirPods Proが197ドル(日本のAmazon.co.jpでは29,036円)なので、スタンダードな第3世代のAirPods(同22,838円)に少しの額を足せば購入できる。これならエルゴノミクスなデザインという点だけとっても、ほかのイヤフォンを買ったほうがいいだろう。

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フィット感という弱点

エルゴノミクスと言えば、AirPodsを購入したことのある知人や親族から最も多く聞かされた不満が、まさにその点である。AirPodsは耳の中におとなしく収まっていてくれないと、誰もが指摘するのだ。

第3世代のAirPodsは、前よりもほんの少し丸みがあって、ゴルフのティーのような雰囲気が少しだけ改善された。しかし、頑なまでにフリーサイズという設計を変えていない。フィット感の問題は簡単に解消できるはずだし、ほかのモデルは実際ずいぶん前に対応が済んでいる。

イヤフォンと耳とのほどよい密着は、優れた音響再生を可能にするうえで不可欠だ。とりわけ低域の周波数にとって重要になる。ほどよい密着の必要性は、過去にも補聴器などの医療機器に関する研究を中心に多くの研究でも裏付けられてきた。

イヤーチップがついていないことで密着度が足りないと、音響を巡るあらゆる問題が生じる。高性能イヤフォンはみな(実際にAirPods以外はすべて)、シリコーンかプラスティックゴムのイヤーチップがついている。

アップルはそれを承知している。だからこそAirPods Proを発売し、どれだけ時間を費やしてあらゆる耳や状況にフィットするように開発したと盛んに訴求していたのだ。

オーダーメイドでイヤフォンをつくる方法がないことから、アップルは多くの技術を投入し、音響バランスを計らなくてはならなかった。内向きのマイクを搭載したことで、耳の中での位置に応じて低音域と中音域の量を補正できるようアダプティヴイコライザーが導入されたのは、そのためである。ほかのイヤフォンにはそのような技術はあまり必要がない。イヤーチップが外の音を遮断してくれるからだ。

ここで装着感について指摘させてもらいたい。個人的には絵に描いたような“普通の耳”なので、以前より軸が短く角度もある新しいAirPodsだと、軸にある感圧センサーを見つけて押すのは至難の業なのだ。

軸をつまんで音楽を一時停止しようとしたり、Siriに質問しようとしたりすると、耳の中でイヤフォンがくるりと回ってしまう。パーティーでパンチボウルから酒をくみ取ろうとしたときに、おたまをうまくつかめず、くるくると追いかけっこするような感じだ。

第3世代のAirPodsは、耳にうまく収まりさえすれば、そこそこの音響を楽しめる。とはいえ、外出中はうっとうしいことに外の音がずいぶん入ってくるので、サウンドというサウンドがぼやけてしまう。

何度も言うが、AirPodsは同価格帯のJabraやサムスンといった一流メーカーのイヤフォンには遠く及ばない。サムスンの「Galaxy Buds2」は、2ウェイのドライヴァーを搭載していて音響がずば抜けて素晴らしいうえに、価格はお手ごろ(日本では約15,000円)だ。

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空間オーディオの素晴らしさ

とはいえ、アップル製のイヤフォンには正真正銘のよさもある。そこでレヴューを台なしにしないように、優れた点を紹介しよう。

AirPods Proと同様に、第3世代のAirPodsも高音と低音がクリアなのはうれしい。ただし、個人的には中音域がずいぶん濁って聴こえる。マイクは以前と同じく性能がよく、Zoomやスマートフォンでのミーティングでは何の問題もない。

第3世代のAirPodsが、全方位から音に包まれるのような音響体験の「空間オーディオ」に対応したことも喜ばしい。だからといって、空間オーディオを利用できる「Apple Music」のサブスクリプションに登録しようとは思わないし、音楽業界全般で流行するとも思えないが、映画の視聴にはうってつけだ。

実際にAirPods Maxを装着してドルビーアトモス対応の動画をNetflixで視聴したが、これは素晴らしかった。アップルの最もベーシックなタイプのイヤフォンでも空間オーディオを体験できるのはうれしい。

汗をかいても安心なIPX4等級の耐汗仕様になった点もありがたい。先ほども指摘したようにフィット感に難があるのでワークアウトの際に使うのはためらっていたが、少なくとも洗面所に落としても壊れないのは安心だろう。

根本的な欠陥と高すぎる価格は改善されるのか

これまで重宝されていたヘッドフォンジャックをiPhoneからなくしたり、ノートPCのキーボードに「Touch Bar」を付けたりするのは愚かな考えであるとアップルのデザインチームが気づくまで、約6年を要した。それでは、イヤフォンの根本的な欠陥と高すぎる価格を解決するまでに、いったいどのくらいの時間が必要なのだろうか?

それについては何とも言えない。AirPodsはいまでも史上最も売れたイヤフォンだ。そして第3世代モデルでは、その欠陥がほぼ改善されずに残っている。昨年の「MacBook」シリーズと同じように、第3世代モデルのリリースは話にならないくらい意味がない。

それでも多くの人が大挙して買いに走るのだろう。同じアップルから、より安く、より高性能のイヤフォンが買えることも知らずにだ。

自分がアップルの熱狂的なファンなら、少しくらい高くても最新のBeatsのイヤフォンを手に入れることだろう。Beats Fit Proを個人的に使い始めてからまだ1週間も経っていないが、どうやらアップル製のイヤフォンのなかで新たなお気に入りになりそうだ。しかも、イヤーチップ付きなのである。

空間オーディオも、アップルならではの一体感のある使い心地も不要なら(ヘッドフォンに関しては問題がないので、ますます不要だろう)、きちんと下調べをしてから買ってほしい。いまは2021年。イヤーチップもノイズキャンセリングもなく、ずっと低価格なイヤフォンよりもバッテリー持続時間が2時間も短いプラスティック製のイヤフォンに、175ドル(日本では23,800円)も払う時代は終わったのである。

◎「WIRED」な点
空間オーディオに対応。iOSやmacOSのデヴァイスとほぼ瞬時に同期し、Siriとも見事に一体化する。高性能なマイクを搭載。パンチのある低音と切れのいい高音。

△「TIRED」な点
外へも外からも音が漏れる。耳の形状によってはフィットしないこともある。ステム(軸)を押してオーディオをコントロールすると、すぐにずれる。アップル製のほかの製品と比べても価格が高すぎる。中音域がぼんやりしている。