コロナ禍で、経口避妊薬(ピル)が処方箋なしで、薬局で購入可能になったフランスでは、カップルが避妊費用を折半することもめずらしくないという(写真:fotostorm/iStock)

フランスに住む日本人女性のくみと、日本に住んだ経験を持つフランス人男性のエマニュエルが日本とフランスの相違点について語り合う本連載。今回はフランスが、コロナ禍に経口避妊薬(ピル)を処方箋なしで、薬局で購入できるようにしたという話から、フランスと日本の避妊薬に対する考え方について語り合いました。

1970年代からピルの使用が広がった

くみ : 前回(フランス人の「消費行動」が劇的に変わった事情)は、コロナ以降のオンラインサービスや宅配サービスなどの多分野への浸透について話したよね。その中に、医療のオンライン化についても触れたけれど、私が思い出したのはフランスでは基本的な女性の権利と強く結びついている経口避妊薬(ピル)の話。


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2020年3月にロックダウンが開始したとき、緊急時を除いて病院にも行かないように、というのも政府が伝えていたけれど、ピルについては処方箋なしで、薬局で買えることになったのよね。こういう緊急事態でもいかに政府がピルを重視しているかがわかって大きな安心感に繋がったのを覚えている。当時その発表を聞いてどう思った?

エマニュエル:特に驚きはなかったかな。1970年代初めから行われている避妊政策の延長という感じで、いたって普通のこととして扱われていたから。フランスでは、ドイツやイギリスなどと同様、1970年代当時は、違法で危険な中絶の数がかなり多かったために、女性の望まない妊娠の恐怖から解放することを目的としてピルの使用が普及していった。

保険での払い戻しが適用され、1974年以降は両親の承諾なしに未成年であっても使用が認められている。くみが言った今回の緊急事態でのピルの政策も、コロナによる社会変化への適応ということになるのだと思う。

実は、フランスではピルの使用は、2000年以降は低下傾向にあるんだ。2000年代初めに約60%の女性がピルを使用していたのに対して、2016年では36%にまで下がっている。ピルに代わる避妊方法として近年増えてきているのは、避妊リング(IUD)だ。

ピルの使用が低下した原因は、2012年に若い女性が第三世代避妊用ピルを服用したことにより、静脈血栓塞栓症を発症したとして製薬会社に対し訴訟を起こしたことが発端となり、避妊の安全性がメディアで論争されるようになったことがある。

ピルによる身体へのリスクが取り上げられることになり、フランスではピルパニックが起きたため、2013年の3月には第3、第4世代ピルの保険での払い戻しが終了することになった(第2世代ピルは変わらず、払い戻しの対象となっている)。この騒動以降ピルの使用は徐々に低下して、避妊リングやコンドームの使用へと変える人々が出始めた。この傾向は現在も続いている。

2016年においては、女性の71.8 %がピル、避妊リング、インプラント、パッチ剤などの医療的な避妊方法を行い、そのうち最も使用されていた(36.5 %)のがピルによる避妊だ。

年代別としては、15〜19歳の36.5 %、20〜24歳の36.5 %、25〜29歳の47.8 %、30〜34歳の35.4 %(避妊リングの使用は31.6%)、35〜39歳の30%(同34.6%)となっている。低下傾向にあるといっても、若い人たちにとっては、ピルはいまだに最も使われている避妊手段なんだよね。

話している途中で友だちが…

くみ:個人的な経験談だけど、そもそも私がピルの存在を知ったのは、日本の女子中高校時代、保健の授業で妊娠の仕組みや避妊についての話を聞いたときだった。女性の月経周期に沿ってピルを飲むことで妊娠をコントロールできる避妊方法の1つだと教わった気がするけれど、詳しいことは覚えていない。

その後、恋人ができてピルを飲むことを考えたこともあったのだけど、結局何か身体にとり込むのが少し怖いというのもあって止めた。それにピルを飲んでいる知人や友人などが身近にいなくて、参考に話を聞く機会もなかった。それっきり、だいぶ長い期間、私の人生にピルは関係のないものだと思っていた。

それから数年後フランスに留学して、さらに何年も経ったころフランス人の同年代の女友達の家に泊まっていたとき、何か話しながら彼女が無造作に薬を飲んだ。私は彼女が何かの病気で、その治療のための薬を飲んでいるのだと思った。

彼女とはかなり仲良かったので、彼女が病気だと知らなかったことに私は勝手にショックを受けて、でも私が知らなかったということは話したくない病気なのかもしれないし……などと考えつつ、それでも彼女が私の目の前で薬を飲んだということは聞いても大丈夫かな、と思っておそるおそる聞いたの。

「え?病気じゃないよ?あ、これはピルだよ」と遠距離恋愛中だった彼女があっさり答えるのを聞いてすごくびっくりしたのを覚えてる。そんなに普通に、無造作に飲むものなんだ?と思った。

それからピルに興味を抱いて、あるとき産婦人科の定期検診の際に思い切って聞いてみた。「ピルを飲み始めようかと思っているんですが」と言うと、明るくていつも優しいフランス人の産婦人科女医さんが「あら!彼氏できたの?」と返してきたので、余計に、ピルは彼氏ができたら普通に処方してもらうような日常的なものなんだなという印象を強くした。

エマニュエルは、もちろん自分はピルを飲む立場ではないけど、最初にピルについての知識を得たのはいつ?例えば学校で教わる前に家族や知人など身近な人が飲んでいたとか、そういったことはあった?

ピルは女性の権利を獲得する役割」という考え

エマニュエル:僕が高校生だったころは、まだピルの安全性や副作用について議論される前だったから、とても身近な存在だったし、普通に生物の授業で先生が生徒にピルついて詳しく話していることなんかもあったよ。

僕の母親もピルを飲んでいるのを普通によく見かけていたので、本当にすごく当たり前のことだと思っていた。僕の母親は1960、70年代に若者だった世代なので、ピルは女性の権利を獲得する重要な役割を持つと考える世代といえる。だから、僕の母親世代の女性たちにはピルは日常生活を送る上での大切なカギともいえるものだった。

毎年、1年に一度、母が産婦人科で血液検査を行ってピルによる副作用がないかを確認していた。血液検査の結果、何か異常が見つかれば、すぐに医者に連絡をしなければならなかった。幸い、僕の母親は特にピルで問題はなかったようだけど。

くみ:私の場合、かつて性暴力の被害に遭っているから、日常生活の中でも急にそういうことが起こり得るというある種の恐怖心というのがつねにどこかにある。

だから、彼氏ができたからというより、なんていうか急にそういう被害に遭うようなことになっても絶対に妊娠しない、という安心感が欲しかったというのが正直なところで。そんなことでその産婦人科医に処方箋を書いてもらい数年前にピルを飲み始めることになった。

処方箋を書いてもらったのを近所の薬局に持って行くと、3周期分、つまり約3カ月分が入っている1パッケージが3.76ユーロ(約500円)。しかもフランスの社会保険で65%が戻ってくる。日本での価格など詳しくは知らなかったけど、その安さに驚いた。それであっても、フランスでは「ピル代を女性だけが負担するのは不公平だから、と払ってくれる彼氏もいる」という話も聞くからさらに驚き。

エマニュエル:1970年代以降は、ピルは保険で払い戻しができるから避妊にかかる費用はそれほどかからないというのは、フランスにおける避妊に関する政策の根幹であるからね。

また、フランスではアフターピル(緊急避妊薬)も保険での払い戻しが可能だ。これはピルを飲み忘れて避妊に失敗したときなど、妊娠の危険がある場合にのみ服用するピルだ。

僕の周りで、男性がピル代を払うという話はあまり聞いたことないんだけど、ありえない話ではないと思うよ。カップルの生活において避妊の費用は2人で分担するものと考えられているから、女性がコンドームを買うというカップルだっているだろうね。

来年から25歳以下の女性はピルが無料に

くみ:そして、女性側が望まない妊娠を回避できる手段として当然の権利をさらに支援するとして、最近もピル関連のニュースがあったね。「来年から25歳以下の女性はピルが無料」という政策が発表された。

年間約1万2000人の未成年の中絶件数を減らすため、2013年の時点ですでに15〜18歳の女性にピルは無料になっていたのが、25歳まで広げられるということだよね。学生や、まだ稼ぎの少ない若い人にとって助かると思うし、この部分についてはフランスの政策は本当に心強いと感じる。エマニュエルはこのニュースを聞いてどう思った?

エマニュエル:さっきも話したように、2012年のピル騒動以降、ピルの使用が最も頻繁なのが若者世代であり、この世代により避妊を促進させるには無料化の年齢引き上げはとても効果的だと思う。

日本は、ピルの認可はフランスより25年遅れて1999年だ。でも、まだ避妊目的のピルの使用はそこまで普及してないよね。この日本とフランスの違いは、もちろん文化的な違いの側面もあるけれど、公共政策としてピルの全額、または一部の払い戻しを保証することで、ピルが安価に手に入れられるようになり、その使用が一気に広まったことが大きな原因だろう。

くみ:最近もフランスで河瀬直美監督の『朝が来る』を観て、未成年の望まない妊娠と、それによって引き起こされる、社会的な制裁のようにも思えるまだ若い妊婦が遭遇するさまざまな試練について考えさせられた。改めて、きちんとした性教育を早くからすることと、安全な避妊の知識に誰もがアクセスできることが重要だなと思った。