今回審査員から満場一致でグランプリに選ばれたのが、「ネーミング・ザ・インビジブル(NAMING THE INVISIBLE)」だ。収集・蓄積したパーソナルデータの活用は、今モバイルに期待されることのひとつだが、「ネーミング・ザ・インビジブル」はその未来をいち早く広範に実現し、モバイルの方向性を示した。https://www.youtube.com/watch?v=svrB_8YR420&t=2sパキスタンでは出生登録をしない人が国民の6割を超えるという。その背景には、届けを出す役所が近くになかったり交通のインフラが整っていなかったりするなかで、遠出をしてまで出生登録するメリットが腹落ちしていないことなどが挙げられる。しかし個人の基本となる情報がないことは、教育や医療など生活の様々な場面で支障が出ることを意味し、その影響がパキスタン全体を覆う根深い問題となっていた。この課題を解決したのが「ネーミング・ザ・インビジブル」で、モバイル端末さえあればシンプルな操作で出生情報を登録でき、かつそれが政府にオーソライズされる仕組みを実現した。「ポップアップ市役所を作る」「自動登録機を街角に置く」などのアイデアも出てきそうなところ、モバイルによって、出生登録に必要な役所の機能、人、建物といったいくつもの物理的な懸案事項を飛び越えた。今、日本で各社が推し進めているDXの事例とも言える。体験そのものに加えて素晴らしいのが、このサービスを一通信事業会社が考案し、国の公式なシステムとして採用され、120万人の出生登録という実績を出したことだ。ポップアップ市役所や自動登録機では成し得なかった数字であり、国民一人ひとりの人生に生まれたときから入り込めるこの施策は、差別化が難しい携帯キャリアのブランディングとしても最高のものになっている。
目的と手段。モバイルが最適解であるか
今回は、中止になった2020年分と合わせて、2年分のエントリーを審査した。受賞枠は増えないため倍率が2倍になり、審査も例年と違う難しさがあったと思う。モバイル部門は特に、審査持ち越しの影響を大きく受けた部門のひとつだろう。というのも、1年違えばモバイル端末でできることは大きく様変わりする。施策の内容がテクノロジーに依存したものであれば「新しさ」が肌感覚で変わってきてしまうからだ。5G、AR、ニューラルエンジンの強化で実現するサービスは、商用利用の開始や市場の飛躍と相まって今や「普通のこと」になっている。ほかの部門、たとえばPR部門であれば、当時の社会情勢を鑑みて、その時点で社会に影響を与えたと評価できるエントリーが受賞したケースもある。私たちがPR部門でシルバーとブロンズを受賞した「#この髪どうしてダメですか」というキャンペーンは、この観点が大きかっただろう。しかし、直感的に「少し古いな」とか「なんか普通だな」という印象を与える施策はどうしても不利になる。モバイル部門では、今回これが起こってしまった。一方で、2020年のエントリーが2021年のエントリーに比べて総じて不利だったわけではない。大切なのは上記の役割に照らして、モバイルという手段が目的の達成に不可欠なものであったかどうかだ。最新のテクノロジーを活用することで何らかの課題を解決できるのは素晴らしいことだが、最新のデバイスでしか体験できない機能に依存すると、逆にモバイルの可能性を狭めてしまいかねない。最適な手段がモバイルなのか? モバイルによって影響を最大化できているのか? という審査会で行われた議論は、私自身にとっても、考えを深める良い機会になった。カンヌライオンズをはじめ、国内外のアワードで評価されたエントリーから「手段」だけを抜き取るのではなく、それぞれの本質である「目的」に目を向けると、より参考になるはずだ。エントリービデオは鮮やかな手法に焦点を当てて編集されているので分かりやすいのだが、ぜひ、エントリーのスクリプトにも目を通していただきたい。人々にとってもっとも身近なデバイスであるモバイルの可能性はとても広く、私たちはその活用法を発見しきれていない。まだまだできることはあるという実感を、カンヌライオンズの審査を通して得ることができた。Written by 高宮範有