アメリカ軍のアフガニスタン撤退は、極東におけるアメリカの同盟国にどんな影響を与えるのか(写真:Victor J. Blue/The New York Times)

1975年4月中旬、北朝鮮指導者だった金日成主席は、毛沢東主席をはじめとする中国共産党幹部と会うために北京へ急いでいた。カンボジア・プノンペンがカンボジア反政府勢力クメール・ルージュに陥落し、ベトナムでは北ベトナム軍がサイゴンでの勝利に向けて躍進していた。アメリカ軍が撤退を迫られる中、金日成主席は中国共産党に、今こそ韓国を解放するときだと語った。

極東アジアにおけるアメリカの同盟諸国が、1960代後半からインドシナ半島で次々と起こった事態に衝撃を受けていたのは間違いなかった。アメリカは朝鮮半島から第7歩兵師団を撤退させ、ニクソン大統領は同盟軍に対してもっと自国の防衛力に頼るようにと告げた。

韓国の朴正煕大統領は秘密裡の核兵器開発計画に乗り出し、台湾もそうした。日本はその選択肢を思案したものの、そうする代わりに中国への接近を選び、ニクソン大統領が中国との国交を発表した後に素早く国交正常化へと動いた。

焦るヨーロッパと、様子見の構えの日本と韓国

サイゴンの陥落とアメリカが支援するアフガニスタン政府の驚くほど急激な崩壊とを比較する記事が現在、中国やアメリカのメディアを賑わせている。アメリカでは評論家たちが、ヨーロッパやアジアの同盟国がアメリカの決断や信頼性に疑問を投げかける一方、中国とロシアは、急いでその戦略的空白に入り込もうとしている。

ヨーロッパ側の懸念は如実に見て取れるが、それも無理はない。NATO同盟国は自国の軍隊をアフガニスタンの戦争に派遣したものの、今度は大慌てで軍隊や外交官、関係者を撤退させなければならなくなったのだ。

一方、韓国と日本では、今のところまだヨーロッパほどの切迫感はない。両国は今やアメリカの海外駐留軍事力が最大規模で集中する国となり、アメリカ海軍・空軍・陸軍合わせて総勢8万5000人近くが駐留している。

筆者が韓国と日本の元高官や現職顧問らと最近行った会話の中では、アフガニスタンでの混乱は、アメリカと同盟国との関係の重要性を一段と確信させることにつながっていると感じた。極東アジアの政治家たちは、アフガニスタン政府と軍が自国を守るために戦うことを放棄したと指摘するバイデン大統領に同調している。

「カブールの陥落は、考えられているほどアメリカとの同盟関係を損なうことにはならないのではないか」と、元外交官で現在はキヤノングローバル戦略研究所研究主幹を務める宮家邦彦氏は話す。

アフガニスタンのアシュラフ・ガニ大統領らは、アフガニスタンの国民を助けなかった。彼らはそのツケを払わなければならない。日本も自ら戦って自己防衛する意思を持たなければ、アフガニスタンと同じようなことになるだろう」

「1年ですら駐留すべきではなかった」

アフガニスタンの無秩序状態と、アメリカ軍撤退については、アメリカの信用喪失の危機とは見ておらず、むしろ、過去のまずい政策の結果とみている。

1990年代後半に外務省でアフガニスタンを担当していた宮家氏は、「アメリカは、アフガニスタンがこれまでも、そしてこれからもずっとこのような状態であることを知っていたはずで、20年間も、あるいは1年ですらあそこに駐留するべきではなかった」と語る。

アフガニスタン政府の崩壊は、アメリカよるコミットメントへの信頼性が失われたというよりも、20年間にわたって国際的支援を受けていたにもかかわらず、アフガニスタン政府が失敗した結果とみられている」と、元外交官で日米関係を担当していた梅本和義氏も語る。

今のところ、日本の政策担当者は、アフガニスタンと、台湾や東シナ海の紛争地域など、自国の域内で起こりうる火種との安易な比較を拒否している。台湾か東シナ海のいずれにしても、中国の侵略にアメリカが対応できない場合のリスクは、アメリカの介入のきっかけとなったアフガニスタンへのテロリストの再来の危険性よりもはるかに高い。「台湾に関しては、アメリカが介入しなければただちに世界秩序に影響を与える」と、元日本政府高官は語る。

一方、韓国では今回の件によって、国内における圧力が高まっている北朝鮮からの攻撃がエスカレートする可能性があるため、パニックになるほどではないものの、やや慎重な見方が浮上している。

アメリカのコミットメントに対する信頼はまだ揺らいでいない、というのが韓国の各分野の政策担当者の見解だ。「それどころか、今回の出来事は多くの人に韓米同盟の重要性を喚起した」と、国家情報院副院長を務めた元外務省高官の金淑氏は語る。

特に、ジェイク・サリバン・アメリカ国家安全保障問題担当大統領補佐官が、「韓国からの部隊撤退はバイデン大統領の議題にはない」と発言したことは、韓国人を安心させた。来年3月に大統領選挙を控えている韓国の保守派の間では、アフガニスタンにおける出来事は、現在の革新的な文在寅政権への批判を強めるために利用されている。

保守派日刊紙の中央日報は「アフガニスタンの状況は、強い軍事力を維持することがいかに大切かを示している」と書いた。「北朝鮮は核能力を強化し続けている。こうした状況下では、数十年前に締結された韓米同盟についてどんなに強調してもしすぎることはない」。

進歩主義の人々の間でさえ、アメリカの撤退よりアフガニスタンの変革に失敗した努力不足を問題している。

金大中平和フォーラムの事務局長を務める白鶴淳氏は、今回の敗北はアメリカの韓国に対する安全保障上の取り組みへの信頼を揺るがすようなものではないと話す。「韓国はアメリカ軍が外国の地に永遠に留まることはできないと再認識した一方で、アメリカが今回なぜ敗北して軍を撤退させることにしたのか、またなぜ韓国に軍を置き続けるのかという理由をわかっている」。

元外交官の魏聖洛氏も、「多くの韓国人は、アフガン撤退とサイゴン陥落は類似する点より異なる点のほうが多いと理解している」と同意する。

「アメリカは同盟国を見捨てかねない」という懸念残る

それでも、カブールからの映像がもたらす精神に大きな衝撃は、アメリカへの依存がいまだに根強い韓国の神経を逆なでする。

かつて対米関係を担当し、北朝鮮との6カ国協議で韓国代表団を率いた魏氏は、「同盟国の能力次第でアメリカが同盟国を見捨てるという懸念が、韓国人には残るだろう」と指摘する。「その意味では、アフガニスタン撤退による混乱は、同盟関係に対するアメリカのメッセージを強化する役割は果たさない」。

一方、今回の件を北朝鮮がどう見ているかはいまだ不透明だ。金正恩朝鮮労働党総書記は、新型コロナウイルスの蔓延を防ぐための国境封鎖措置に加えて、厳しい気候による深刻な経済危機への対応に苦慮している。韓国の文政権からの人道支援の申し出を受けてもそれに応じるどころか、米韓合同軍事演習の実施決定を受け、緊張感を高めるような漠然とした脅しをかけている。

その金総書記は今回のアフガニスタン撤退を、米韓同盟を弱体化させる新たな機会と捉えているのだろうか。例えば、2010年に北朝鮮軍が韓国領の延坪島を砲撃したように、北朝鮮は国境を越えた攻撃を行い同盟に圧力をかける可能性もゼロではない。

だが、「金正恩が今回の件を受けて特に何かをするとは思えない」と、世宗研究所で長年、北朝鮮の専門家として活躍してきた白氏は言う。「彼は最近、国内の経済的な生き残りに完全に集中しており、文政権やバイデン政権が北朝鮮に対して挑発していないのに、挑発行為を行う理由はまったくない」。

「北朝鮮は、朝鮮半島の状況がアフガニスタンの状況と同じではないことをわかっている」と、魏氏も言う。「北朝鮮は今回の件を、アメリカを試す機会とは考えないだろう」。

しかし、朝鮮半島の専門家は事態が悪化する可能性を排除していない。専門家は、アフガニスタン撤退の結果としてではなく、2019年のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談の失敗後に行き詰まりを見せている交渉を再開させようとする試みとして、これを見ている。

中国は米軍撤退「チャンス」と捉えている?

中国の役割も大きな謎である。東欧大使の公文書によれば、金日成主席が革命の夢を叶えるため、1975年に中国に支援を求めた際、中国共産党幹部はこれを退けた。当時、党幹部はアメリカと対峙し、国境で燻(くすぶ)っている戦争の火種に火をつけることに興味がなかったのだ。

中国は今、アメリカとの戦略的競争で身動きがとれない状態だ。中国は北朝鮮を失う覚悟ができているのだろうか。

「中国はどこかでアメリカがアフガニスタンで当然の報いを受けたと思っている――アメリカが無能で無謀に見え、それが中国を活気付ける可能性があることも」と、ブルッキングス研究所の学者、ジョナサン・ポラック氏は説明する。一方で「決定的な戦略の変更が行われている今、中国は自らの立ち位置を非常に慎重に考えている」。

こうした中、中国がアフガニスタンの混乱は「中国に新たなチャンスを与える機会と見ている可能性がある」と、2010年に北朝鮮が韓国を砲撃した際、その処理にかかわったアメリカ国務省の元高官は話す。つまり、朝鮮半島で何らかの揉め事が起きた場合、中国が両国を取り持つ仲介人としてかかわる可能性があるというのだ。「(今回の件で)中国は間違いなくそのチャンスを考えている」(元高官)。