自己啓発の4名著をざっと要約/純丘曜彰 教授博士
はじめに
自己啓発、と言うと、信者からカネを巻き上げる、洗脳セミナーのような怪しげなイメージがあるかもしれません。しかし、仏経典や聖書、コーランなどの宗教の本はもちろん、プラトンやデカルト、カントの哲学の本も、じつは当時の自己啓発書としてこそ、大ベストセラーでした。
国語や算数、英語などは、いやというほど学校で授業がありますが、なぜかもっと根本の《生き方》は、だれも教えてくれません。それで、みな好き勝手に自己流でやって、大失敗してようやく自分がまちがっていたことに気づくのですが、それでは、もう取り返しがつきません。
知識ではない知恵。それは、本来、《生き方》に関するものであり、それを知る人は、たとえ学が無くとも「賢者」と呼ばれました。だから、自己啓発書の中でも世界的に定評を得ているものを厳選し、そこから《生き方》の知恵を学んで、すこしでも「賢者」に近づきたいものです。
とはいえ、いまの世の中、まさに売るほど自己啓発書が粗製濫造されています。オレ様はこう生きてきた、おまえらもこう生きろ、というようなオレ様哲学本だらけ。でも、こういうのを出したがるのは、たいてい有名なだけで強がっているけれど、内面の自己肯定感が極端に低い怪しげな連中。本を出すことで、自分に頷き、自信の無さをごまかそうとしているだけ。こういうのは、読むだけ時間のムダ。それどころか、むしろ、一人で寂しがっている哀れな亡霊に、みずから仲間に引き込まれに行くようなもの。
その一方、もはや古典と呼ばれるような定評ある自己啓発書も少なくありません。ただ、これらも自分を失って盲従的に文字ばかり追うと、その細部に捕われ、本来の重要な気骨を読み損なう危険性があります。そこで、今回は、その主だったものをざっと要約し、自己啓発という大きな近代のムーヴメント全体を俯瞰してみることにしましょう。
1.ジェームズ・アレン『原因と結果の法則(思ったような人になる)』1902
近代の自己啓発書の嚆矢とも言うべき名著です。自分は自分が作る、という自己啓発の根幹を簡潔にまとめた古典で、その後の数多くの自己啓発書の基本原理となりました。
第一章「思考と人格」
第二章「環境に対する思考の影響」
第三章「健康に対する思考の影響」
その人が何かは、その人がどう考えるか、が決める。つまり、同じ物事でも、考え方次第。それどころか、環境や健康まで、その人の考えが実際に作っていくことになります。
第四章「思いと目的」
第五章「思いと成功」
第六章「ビジョンと高邁な目的」
第七章「平和な心」
では、作るべき自分とは何か。彼によれば、恐れを退け、気高い夢を持ち、自分自身を正しくコントロールできる平和な人間であり、それは社会にとっても救世主になる、とされます。
2.D・カーネギー『道は開ける(悩むのを止め生き始める方法)』1944
D・カーネギーは、もともと夜間学校の話し方教室の講師で、そこで作った『人を動かす(友人を得て人々を促す方法)』1936というテキストが大ヒットし、受講生たちのさらなる要望に応えてまとめた二冊目が、この本です。よくある自己啓発書のようにカリスマ講師が御高説を語るというのではなく、ラジオのパーソナリティのように、実際の市井の人々の実例を数多く挙げながら解決のヒントを探っていくスタイルで、だれにでも親しみやすく、これも世界的な大ベストセラー、超ロングセラーとなりました。
第一部 悩みに関する基本事項
第二部 悩みを分析する基礎技術
悩むのは、遠くのぼんやりした物事に振り回されているだけ。最悪の事態に備え、今日すべきことをすれば、それ以上でもそれ以下でもない。だから、まず事実を客観的に分析し、対処を決断しよう。それでおしまい。
第三部 悩みの習慣を早期に断とう
悩みは、その難題そのもののせいではなく、むしろ悩みグセになってしまっているのではないか。毎日を充実させ、たいしたことでもないことはほっておき、どうしようもないことは受け入れよう。
第四部 平和と幸福をもたらす精神状態を養う方法
心は自分で創れる。だから、敵や恩知らずなんかのために心をムダ使いするな。足りない物事より恵まれている物事を生かそう。人をうらやまず、すっぱいこともレモネードとして楽しもう。人を幸せにすることで、自分は最善になる。
第五部 悩みを完全に克服する方法
第六部 批判を気にしない方法
どうにもできない面倒は、神さまに任せよう。世間の批判はじつは嫉妬。ただつねに自分の最善を尽くし、失敗や問題に向き合えばいい。
第七部 疲労と悩みを予防し、活力と精神を充実させる六つの方法
疲れる前に休もう。家はもちろん、仕事中にもくつろぎを。仕事は、きっぱり整理して、効率的、情熱的に。
3.スティーブン・R・コヴィー『(実力者たちの)7つの習慣』1989
数多くある自己啓発書の中でも、ジェームズ・アレンの自己変革の思想を正統に引き継いで、もっともうまく体系的に整理したものでしょう。その基本原理は、自分が変わることで世界を変える、インサイド・アウト。
第一部 パラダイムと原則
20世紀の自己啓発書は、うまく世界に受け入れてもらうための小手先の人気手法(Personality Ethic)だらけ。しかし、世界の方を変えるには、世界に対する自分自身の態度を主軸とする人格手法(Character Ethic)へのパラダイム転換が必要だ。
第二部 私的成功
「第1の習慣 主体的である」
「第2の習慣 終わりを思い描くことから始める」
「第3の習慣 最優先事項を優先する」
条件が与えられるにしても、それにどう応じるかには、自分に選択の余地がある。最終的に自分はどうしたいのかから逆算し、重要度と緊急度を考え、どうでもいいことを棄て去ることで、優先事項に力を注ぎ込む。
第三部 公的成功
「第4の習慣 Win-Winを考える」
「第5の習慣 まず理解に徹し、そして理解される」
「第6の習慣 シナジーを創り出す」
人生は、競争の戦場ではなく、協力のチャンス。まず自分が全員のWinを考え、共感による傾聴で周囲を理解し、単純な総和以上のシナジーが生まれるようなシステムを構築する。
第四部 再新再生
「第7の習慣 刃を研ぐ」
パラダイム転換に終わりはない。つねに更新が必要だ。自分という人間を成している四つの側面、肉体、精神、知性、社会・情緒のそれぞれを、たゆまず磨き上げていかなければならない。
4。ジョーダン・ピーターソン『生き抜くための12のルール』2018
日本版の副題は「人生というカオスのための解毒剤」です。近年、奇をてらった自己啓発の極論が溢れかえり、もう矛盾だらけ。それで、多くの人が自己啓発疲れ。それに対し、この本はむしろその解毒剤として書かれています。それにしても、この本は、逸話や蘊蓄が多く、何を言いたいのか、とてもわかりにくい。強いて言えば、こうすればいい、などという方法は無い、そもそも人生に勝利だ、成功だ、幸福だ、などという目標は無い、人生はただ混沌だ、と開き直っている。だから、ある意味で、冷たく、現実的で、超保守的。しかし、勝利だ、成功だ、幸福だ、と、ありもしない目標を追い求める迷いを棄て、この混沌の中で単純素朴に生きる道へと読者を引き戻してくれます。
[Rule 01] 背筋を伸ばして、胸を張れ
[Rule 02] 「助けるべき他者」として自分自身を扱う
負けたと思うのは自分。それでうなだれていると、よけい負けが襲いかかるのが、世の中というもの。自分のことこそ、自分でもっと助けてやるべき。
[Rule 03] あなたの最善を願う人と友達になりなさい
[Rule 04] 自分を今日の誰かではなく、昨日の自分と比べなさい
さえない友だちといる方が楽。でも、それでは、いっしょに落ちていくだけ。かといって、優れた人とむりに並ぼうとしても、気後れするだけ。たがいに励まし合う人を友人とし、自分や仲間、世界を昨日より良くしていくことをめざそう。
[Rule 05] 疎ましい行動はわが子にさせない
[Rule 06] 世界を批判する前に家のなかの秩序を正す
子供はどこまで許されるか大人の顔色を伺っている。だから、ダメなものはダメとはっきり示さないといけない。また、自分も、問題を政治だの社会だののせいにするのではなく、まず自分の身の回りを自分で整えよう。
[Rule 07] その場しのぎの利益ではなく、意義深いことを追求する
[Rule 08] 真実を語ろう。少なくとも嘘はつかないことだ
目先の利益、口先のウソは、その場しのぎでしかなく、あなたをおびえさせ、後でもっと大きなツケを廻す。むしろ、将来を確かにするためには、投資と真実が必要。それは、あなたを希望と勇気に満たしてくれる。
[Rule 09] あなたが知らないことを相手は知っているかもしれないと考えて耳を傾ける
[Rule 10] 正直に、そして正確に話す
一人で考えるのは、難しい。自分の心のわだかまりを放置せず、夫婦や友人と正直に話し合うことで、良い答えが見つかるかもしれないし、そうでなくても、たがいの仲は深まる。
[Rule 11] スケートボードをしている子どもの邪魔をしてはいけない
[Rule 12] 道で猫に出会ったときは、撫でてやろう
すこし危なそうにみえることでも、子どもの挑戦と成長を励ましてあげよう。また、つらいことだらけの人生でも、ちょっとの美しい幸せを慈しみ、心から大切にしよう。
おわりに
要約だけ知って、それでわかった気になるのも、どうかと思います。また、世の中には、せっかくの名著でも、ただ読んだだけ、というひとがあまりに多い。まあ、こんな本があるんだ、と知り、その全体の主旨を理解した上で、さて実際、自分の人生や生活とどう関わりがあるだろう、何をどうすればもっとハッピーに過ごせるようになるだろうと、具体的な工夫を重ねるのは、もう自分自身の問題。
ただ重要なこと。自己啓発書の歴史が語っているのは、自分の考え方を変えれば、自分の世界を変えていける、ということ。オレ様哲学本を出している連中のように、頑迷に、あれが正しい、これがまちがっている、と決めつけてばかりいる人は、みずから沼に落ちて沈んでいくようなもの。そういう連中に関わり合っても、いいことはありません。
そうではなく、見方を変える。すると、たんに物事の見え方が変わるだけでなく、自分にとっての重要度、選択の優先順位が変わり、実際に自分の生活、自分の世界がしだいにゆっくりと変わっていく。それどころか、その人となりも変わっていく。
セルフヘルプ(自助)やセルフメイド(自成)は、世襲と因習でがんじがらめだった前近代を打破する突破口になりました。いままた、社会が安定し停滞し腐敗し、あちこち世襲と因習だらけになっていく世の中にあって、あなたがその風潮に諦め埋もれてしまわないためにも、古典で定評ある自己啓発書を手がかりに、あなたが生きて変わっていくかぎり、あなたにも今よりもっと幸せになる黄金のチャンスが与えられていることを、ぜひ思い出してください。