政府財政の緩んだ「タガ」がモラルハザードを生んでいる/日沖 博道
コロナ禍に対し年度途中で経済対策が打たれたせいで、2次補正後で2020年度の政府歳出は過去最大の160兆円にまで膨らんだ。その「ワニ口(歳出と税収の差が段々大きくなる様子を指す)」がガバっと開いたインパクトは凄まじいものだ(政府発行の「日本の財政関係資料」から。ちなみにこの資料は日本の財政問題を適切に分析、警告している)。
ちょっと一部を挙げてみるだけで、一挙に60兆円もの金額となることも「さもありなん」と言わざるを得ない。感染防止策の約6兆円が相対的に小さく見える。
真っ先に指摘しておきたいのは国民一律の「10万円給付」だ。確かに「助かった」という人は少なくない。しかし当初の「生活支援臨時給付金(仮称)」(困っている世帯に30万円を給付する案)であれば、予算総額は約3.75兆円で済むとされていた。その4倍近くも掛かってしまったのに、それが消費に回される度合いは期待を大きく下回り(給付直後の同年7月の家計調査では2人以上世帯の消費支出は前年同月比で7.6%減とのこと)、その代わりに個人の銀行預金が通常より20兆円以上増えたという(日経ビジネス)。間違いなく、「何だったのか、あの一律給付金は」という反省の声が心ある人たちからは後年聞こえよう。
2つ目の「持続化給付金」も失敗政策の代表だ。新型コロナウイルスによって売上が減少した事業者を対象とした現金給付なのだが、事業者でも何でもない連中による不正受給が後を絶たなかった。世の中のことを何もよく分かっていない若者やちょっと怠惰な馬鹿者をそそのかして不正に受給申請させ、ずる賢い「自称・税理士」や親切ぶったお兄さん・お姉さんたちが濡れ手に粟の指南手数料をせしめる絶好の小遣い稼ぎになってしまったのだ。
それだけではない。明らかな不正でなくともグレーゾーンの手法が伝播しているようだ(ネット上にそうした手口が散見される)。「前年同月比で売上が半減以下になっている月があった事業者」という緩い給付条件なので、翌月の売上が戻っていても問題はない。支給後のフォローアップもされないので、簡単にズルができるのだ。実際、弊社だって売上計上タイミングをずらせば可能になってしまう(もちろん、そんな恥ずべきことは断固としてやらないが)。
さらにタチが悪いことに、この給付金制度は「経営する企業数が多い事業者ほど有利になる」性格を持っている。複数の物件を所有する不動産事業者は(所得を800万円相当額以下に抑えて法人税率を低くするため)1棟1法人に分散することが少なくないそうなのだが、そうするとこの持続化給付金を法人ごとに受給できる可能性が出てくるという訳だ。もうこうなると「濡れ手に粟」の掛け算だ。
3つ目の「雇用調整助成金」も、先の「持続化給付金」と同様な不正の温床となっている。「出勤簿上は休業させたことにして」助成金を受給しようとするケースが典型なのだが、よほど多くの事業者が誘惑に負けるようで、幾つもの弁護士事務所がそうした「いけないこと」に手を染めてしまった事業者のための相談をウェブサイト上で受け付けているばかりか、厚労省の地方労働局が警告しているチラシまで現れている。
4つ目の、この中で金額的に一番大きい「中小企業の資金繰り支援」は不景気になった際のオーソドックスな政策なのだが、やはり「大盤振る舞い」がもたらす規律の緩さが現場のモラルハザードを招いている。資金繰りに困っていない企業がこの経済ショックを好機とみて事業拡大のための資金が借りやすくなるのは責められないが、本来ならとっくに倒産してしかるべきゾンビ企業を強引に延命させているケースが増えているという指摘が相次いでいる。リーマンショック後の緊急保証制度に関して起こった議論と同じだ。
今回に特徴的なのは、「実質無利子・無担保の融資」を行政と金融機関が足並みを揃えて粛々と推進していることだ。これにより何が起きているのか。元々「担保付き」だった融資を「担保なし」に切り替える動きが急拡大しているというのだ。
一般的に小規模企業への融資では、経営者の保有する資産を担保に金融機関から資金を借り入れる。無担保ローンに借り換えた後に企業が倒産した場合、一連の融資は焦げ付くのだが、この切り替え措置によって経営者の個人資産は無傷でいられるという訳だ(当然、その尻ぬぐいは税金で、となる)。いわば会社が潰れた時の個人的備えを、税金を使って進めている格好だ。これをモラルハザードと言わずして何だろう。
5つ目に挙げている「GO TOキャンペーン事業」についてはもう言うまでもないだろう。GO TOトラベルは旅行会社の、GO TOイートはグルメサイトの、それぞれの利益誘導の側面が強くて、本来救うべき対象である地方の観光業者や飲食店にとっては不満が大きい制度になっている。そればかりか後者については、「トリキの錬金術」に代表される、コロナ禍での「火事場泥棒」的な行為を多数誘発してきたという有難くない「経歴」がある。
こう見てくると、「正直者国家」を誇ったはずの日本社会もまた、何と不正に満ち溢れていることかと愕然としてしまう。そしてその原因の半分は、財政の「タガ」を思い切り緩めてしまった政治家と、彼らに尻を叩かれて緩い制度を濫発している中央官僚にある(もちろん直接には不正を実行する連中が悪いに決まっているが)。
最初に申し上げた通り、日本の財政は元々とっくに危機的状況にある。アベノミクスがもたらした景気小康期にも膨大な財政赤字を改善する努力をほとんどせずに過ごしてきたせいで、赤字公債を発行する以外の有力な方法もないまま、このコロナ禍に対し大幅な財政支出をせざるを得ないのが今の政府の実情だ。
もちろん、今のコロナ禍への対策は思い切った金額をもって迅速に執行すべきだ。とはいえ出口論を考えないまま「他人のカネ」という感覚での「大盤振る舞い」を今年度以降も続けてしまえば、日本の財政破綻は火を見るより明らかになり、不景気下での金利上昇という最悪のシナリオが現実化してしまう。
何としても政治家諸氏には、完全に緩んでしまった政府財政の「タガ」を締め直した上で、具体的な出口方策を立ててもらいたい。それが将来世代に対する責任というものだ。それに先行して、役人諸氏にはモラルハザードの蔓延を食い止めるべく制度設計を見直すと共に、不正受給やそれに準ずるグレーな行為を厳しく摘発する算段を是非とも考えてもらいたい。