鈴木尚広インタビュー(前編)

 現役引退した2016年まで12シーズン連続で2ケタ盗塁をマークし、代走での通算盗塁数(132)の日本記録を保持する元巨人の鈴木尚広氏。緊迫した試合展開で投入されると迷いなくスタートを切り、瞬く間にトップスピードに乗る韋駄天は「神の足」と相手チームに恐れられた。足のスペシャリストとしてプロ野球史に名を刻んだ鈴木氏だが、「走りにくい」と感じたのはどんな投手だったのか。


鈴木尚広氏が走りづらかったと語った元ヤクルトの館山昌平

── 盗塁のスタートを切るにあたり、まずは相手投手のけん制に気をつける必要があると思います。鈴木さんにとって、けん制がうまいと感じた投手はどのくらいいましたか。

「各チームに1、2人存在しましたね。現役で20年間プレーするなか、若い頃はみんな走りにくかったです。自分の視野が狭かったですし、相手もよくわからない状態で戦っていたところもあったので難しかったですね。僕は右ピッチャーのほうが不得意なんです。けん制が来るという"雰囲気"がないまま、速い回転で刺しにくるピッチャーを苦手にしていました。意外と左ピッチャーのほうが得意でしたね」

── 相手投手の動きを見られるから?

「そうです。なかでもけん制がうまいと感じたのは、ヤクルトの館山昌平、オーランド・ロマン。阪神などでプレーしたジェイソン・スタンリッジはけん制だけでなく、クイックも速かったですね。普通、右ピッチャーがけん制で一塁ランナーを見るときって、顔を左側に向けて見るじゃないですか。でも、スタンリッジはたまに右側を見たまま投げてくる。

 阪神のラファエル・ドリス(現・ブルージェイズ)は(193cmの)長身を生かし、駒みたいな回転の速さで投げてきます。何回もけん制してくるわけではないけど、一発にものすごくインパクトがありました。ランナーとしては、普通にプレートを外して投げてくるけん制は怖くありません。こっちが自分の間合いに入ったとき、一発でけん制を投げられると一塁に帰りづらい。それが一番要注意でした。呉昇桓(オ・スンファン/現・サムスン)もそうでしたね」

── 外国人投手の名前が多く挙がりました。よく「日本人は丁寧で、外国人は雑」と言われますが、それは間違ったイメージですか。

「昔はそういう傾向もあったと思います。この5、6年で変わってきて、外国人も日本のプレースタイルに合わせることを求められるようになり、走れる外国人ピッチャーは少なくなりました。ランディ・メッセンジャーは来日当初、クイックがめちゃくちゃ遅かったけど、日本でプレーするうちに速くなりましたからね。ロマンもターンが速かった。

 外国人投手は、走者を一塁ベース付近に釘付けにするのがうまいです。彼らの場合、基本的に1年契約ですよね。生き残っていくには投球だけでなく、フィールディングやけん制術も意識してやっている選手が多かったです」

── ターンやけん制について「速い」という言葉がたびたび出てきました。相手の動きを予想しにくいから、スタートを切る際に難度が高まるのですか。

「セットで構えて首などを動かしてもらえると、間合いを図れます。ところが何も動きがないまま急に後ろを振り向かれると、けん制が来るタイミングがわからない。たとえば、自分の前を歩いている人が急に振り向いてきたら怖いじゃないですか。それと同じことです。そういう意味でいうと、広島の横山竜士さんはクイックの速さとしつこいけん制が特徴的でした。広島から西武、ソフトバンクに行ったデニス・サファテもそう。外国人はとくにセットへの入り際が速いので、注意していましたね」

── チームごとに特徴はありましたか。

「カラーがまったく違います。以前の広島は、クイックができなければ一軍には上げないと聞きました。中日もクイックできるピッチャーがほとんどでしたね。浅尾拓也、岩瀬仁紀さんもクイックが速かった。だから最初は走れないと思っていたけど、だんだん空間の中で間をつかめて走れるようになりました。あと中日戦では、"対谷繁(元信)さん"にも目がいきます。キャッチャーの谷繁さんとピッチャーの力を足し算した時、走者としてどう勝負できるかを考えないといけない」

── "対バッテリー"という部分で、谷繁さんはとくに意識する存在でしたか。

「自分としては、"ライバル"という設定をしていました。谷繁さんから盗塁を決めると自信になるし、周りの評価も変わってくる。だから、僕にとって谷繁さんは自分の価値を上げてくれる人。そんな思いでしたね」

── 盗塁阻止率が高い捕手から走ると、走者の価値も高まると。

「そういうことです。盗塁を仕掛けて勝負に勝つことによって、相手捕手に『またあいつが出てくるな』とプレッシャーをかけられる。それでも谷繁さんの表情は変わらないと思いますけど、頭のなかを"鈴木"というものに支配させていく。実際、7、8回になって先頭打者が塁に出ると、ベンチを見る捕手が多いですからね」

── 僅差の試合終盤に出る代走は、そうやって勝敗に影響を及ぼす要因になるのですね。

「自分自身がチームの駒として、その位置までたどり着くのが大変でした。一軍に出始めた頃、意識したのはヤクルトの古田(敦也)さんでした」

── 捕手それぞれで肩の強さ、動きの速さ、走者への警戒心など違いがあると思います。盗塁阻止に優れた捕手には、どんな特徴がありますか。

「経験値からくる配球のつくり方ですね。あとは、ランナー心理をよくわかっている。たぶん、一つひとつの動きをよく見ているんですね。ランナーがリードしているなかで、少しピクッとしたとか、体重が二塁方向にかかったとか、クセみたいなものを見ている。こっちの走りそうな雰囲気とかも見ていて、逆手にとってきますからね。

 配球でいうと、一般的にカウントが早い段階では速い系の球種が多いんです。それが初球から、急にカーブで入ったりする。そうするとこっちは、"スタートを切っておけばよかった"と思っちゃうんですよね」

── 初球がカーブだと、2球目は速い球が来るかもしれない......そう考えると、さらにスタートが切りにくくなるのですか。

「真っすぐかなと思ったら、フォークが来たりします。そうすると、僕も迷わされる。古田さんや谷繁さんは、ランナーの雰囲気、間合いから感じ取れるものがすごく多い。常に見ています。

 それにふたりとも、キャッチングとスローイングの正確性にも絶対的な自信があるように感じます。谷繁さんの場合、いかにランナーのスタートを遅らせるか。だから中日のピッチャーにクイックをさせるし、配球でランナーを迷わせてくる。迷いというエッセンスをこっちに与えてくるんです。そういう心理戦を、見えないところでバチバチやっていました」

── チェスや将棋の対局みたいですね。

「いかに相手の心を読むかという部分で、通じるところはありますね。たとえばクセがあっても、頭がいい選手はしっかり修正して、それを逆手にとって、わざとクセを見せてきたりしますから」

── そういうことをしてきた選手は誰がいましたか。

「ジャイアンツでは上原(浩治)さんがやっていました。それと時々いるのが、わざとボールの握りを見せてくるピッチャー。ピッチャーの握りでボールの白い面線が多かったらフォーク、小さかったら真っすぐとか、僕らは全部見ています。スライダーなら、(縫い目の赤い線が)少し斜めになっているとか。この球種ならけん制はこないと思っても、そこからけん制してくるピッチャーもいました」

── 鈴木さんは著書『鈴木尚広の走塁バイブル』(ベースボールマガジン社)で「相手投手の性格も見ないといけない」と書かれていましたが、相手の心を読むためですか。

「そうです。ランナーを刺すことに興味があるピッチャーと、興味のないピッチャーでは如実に違います。興味があるピッチャーはいろいろなことを考えていて、観察することが好きですよね」

── チームごとに特徴があるという話でしたが、ジャイアンツはどうでしたか。

「そんなにけん制に対して言う人はいなかったですね」

── クイックは?

「そんなに聞いたことないです。だからジャイアンツが一番走れるんじゃないかと思いながら、ベンチで見ていました(笑)」

後編につづく