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カーリングに宿る尊さを見た!

14日に行なわれた日本カーリング選手権決勝は北京五輪へ向けた大きな節目の一戦でした。昨年の日本選手権、そして今年の日本選手権を連覇した場合、日本が五輪出場権を獲得すればそのチームが五輪代表となるという戦い。昨年覇者がそのまま北京へ近づくのか、それとも他チームがストップをかけるのか。多くのチームが「負ければ終わり」を背負っての大会です。

男子は北海道コンサドーレ札幌がビッグエンドの応酬の末に見事な三連覇を決め、自らが日本代表として出場する次の世界選手権で出場枠を取ればそのまま北京五輪代表となることに。そして女子、昨年覇者のロコ・ソラーレと北海道銀行フォルティウスによる決勝戦は、大熱戦の末に北海道銀行が勝利。これで女子は昨年覇者のロコ・ソラーレが来たる世界選手権で枠取りに臨むものの、それとは別に改めて代表決定戦を行なう流れとなりました。

北京へ向けての道は、ここまですでに多くの大会がキャンセルされ、本来なら3月開催予定であった五輪予選を兼ねる女子の世界選手権もキャンセルされるなど前途が見えないものですが、それでもとにかく一歩ずつ近づいていくしかありません。男子のコンサドーレ、女子はロコ・ソラーレと北海道銀行がその一歩を踏み、この道に留まった。きっと北京にたどり着けると信じて、進んでいってほしいものです。

↓旋風を巻き起こした常呂ジュニアを退け、コンサドーレ貫録の三連覇!


↓負けたら終わりの一戦、勝って踏みとどまった北海道銀行!代表決定戦での「決着」も楽しみです!



男女ともにそうですが、特にこの女子の決勝戦というのはカーリングの尊さが凝縮されたような試合でした。ジャッジをおかずに選手たちが自らプレーに裁定を下し、互いに敬意をもってプレーしあうというカーリングの精神。勝負が決着したあとの打ち切りについても、「コールド」でも「ギブアップ」でもなく相手の勝利を認めるという意味で「コンシード」と表現する尊さは、日本トップの戦いにおいても一層強く発揮されていました。

1・2エンドは互いに「後攻チームに1点」を取らせ合い、3エンドでロコ・ソラーレの最後の1投がミスとなり北海道銀行が2点スチールを決めたあとの第4エンド。後攻ロコ・ソラーレがナンバー1のストーンを持った状態で、スキップ同士の最後の1投へ進むという状況でした。先攻の北海道銀行はハウスの中央へ置いていこうという狙いでしたが、ここで事件が起きます。

ストーンがハウス中央に止まったところで、最後までスイープしていた北海道銀行の近江谷さんが「当たっちゃった」と言って自らストーンを取り除いたのです。カーリングでは動いている自分たちのストーンに触った場合は、そのストーンは試合から除かれる決まり。いわゆるタッチストーンの反則という認識で自らのストーンを取り除いたのでした。「ゴメン」とチームメイトに声を掛ける近江谷さん。

ただ、チームメイトからはほかの見立てが示されます。近江谷さんのブラシがティーラインより奥でスイープをしようとしたロコ・ソラーレの藤澤さんのブラシと接触しており、不可抗力だったのではないかという見立てです。自分たちのストーンについてはスイープする優先権がありますので、藤澤さんのブラシとの接触については何ら問題なく、逆に「藤澤さんによる妨害」と言い募ることもできなくはないような話です。

もし、このストーンが生きればロコ・ソラーレには難しいショットを最後にさせることができますが、ストーンが取り除かれればロコ・ソラーレは比較的イージーに2点を取れるという重要な場面です。「性悪説」で運営される競技なら、この揉め事はようよう決着するようなものではなかったでしょう。中継のスロー映像を見ても正直どの時点でストーンとの接触があったのかはわからないようなものでしたので、ビデオ判定でも遺恨を残すような裁定となったはず。

しかし、カーラーたちは互いを尊重しながら「対話」によって事態を収拾します。ロコ・ソラーレからはサードの吉田知那美さんが「(藤澤さんのブラシ)に当たって」という見立てが身振りで示され、藤澤さんは「あたしが入る前にコンって当たって」という見立てが示されます。当事者である近江谷さんが「(ビデオ判定は)やんないんでしたっけ」「映像ないんでしたっけ」と確認すると、吉田知那美さんは「NHKに(映像がある)!」と応じて、一同から笑いがこぼれます。

やり取りのなかで近江谷さんは「ゴメン、当たってなかった?」という言葉も発していましたので、本人のなかでの明確なタッチストーンの自覚まではなかったかもしれません。ストーンとの接触はスロー映像でもよくわからないものでしたが、ブラシとの接触は明白でしたので、「何かに当たったと思ったけれどブラシでした」「ブラシと当たったことによる不可抗力」で粘ることもできたかもしれないプレーでした。一般論で言えば「かなり揉める」ヤツです。

それが、笑顔交じりの談笑のなかで収拾されていくという尊さ。互いに正当性を主張して言い争うどころか、ロコ・ソラーレからは「戻してもらう?」「あたし(藤澤)が邪魔したのであれば戻す」という提案さえされていました。藤澤さんは先の言葉通りに「タッチストーンを見た」という認識のはずです。もしかしたらブラシの接触自体が「ストーンに当たったよ」という指摘だったかもしれない。それでもなお、自分の妨害だということであればそれでもいいと言う。

そこにはミスを責める者も、不服を漏らす者も、苛立つ者もいません。真実は現場でしかわからないものですが、実態としてはタッチストーンがあろうがなかろうが、ハウスの真ん中で石は止まっていたようなプレーです。だから「フェアな実態としては戻してもいい」であり、それでも「タッチストーンの影響が軽微でもフェアに取り除くべき」でもある。それぞれが自分たちに不都合なフェアネスを追求した美しい対話。最後は「すでにストーンを取り除いたあとなので戻せない」という審判員の説明に「オッケーです!」と応じて北海道銀行の確認は終わり、もとの状況のまま試合は進行されることになりましたが、両チームに拍手を送りたいような場面でした。

↓「北京」を懸けた舞台でこの「対話」ができるカーラーたちの尊さよ!



カーリングというスポーツが五輪の時期だけでなく地域に愛され、求められ、少しずつ広がっているという背景には、こうした尊さもあるのだなと改めて思います。今回対戦したロコ・ソラーレと北海道銀行はときに同じチームで戦い、ときにライバルとなって互いにしのぎを削ってきた選手たちが離散集合するなかで形づくられているもの。ロコ・ソラーレのコーチは北海道銀行サードの小野寺さんのお父さんだったりもします。北海道北見市かつての常呂町出身者が多数居並ぶ、愛憎渦巻く関係になりやすい近しい人同士での戦いです。

そこに「憎」を持ち込んだら地域はままならないし、「憎」を持ち込まない尊さがあればこそ離散集合しながらライバルとして競い合い、高め合うことができる。今大会が開催されていた稚内市みどりスポーツパークのカーリング場は、建設にあたって賛成・反対両論あったとはいいますが、地域の未来のための種まきとして建設されたものだそうです。いかに競技自体が面白かろうが、いかに日本代表が五輪の舞台で活躍しようが、地域を二分していがみ合うような文化であれば「こういう感じになりたい」という未来には選ばれづらいものでしょう。観光誘致とか国際試合誘致とかではなく、地域のなかに芽吹く元気な暮らし……これまでカーラーたちが築いてきた文化への憧れがあればこその選択。

この大事な大事な人生を変える試合でも、互いに敬意を持って尊い競い合いができる。相手から何かを奪い取るために勝ったり負けたりするのではなく、一緒に高め合うための試合ができる。最近は「誰も傷つけない笑い」といった言葉も聞くような他人への心遣いと配慮が一層求められる社会となっていますが、スポーツにおいてもそういった姿勢のほうが清々しいなと感じます。相手を打ち負かしさえすればいいのではなく、互いを高め合うようなものが見たい。その気持ちよさ、カーリングは堪能させてくれる競技のひとつです。

↓仲良しで、楽しそうで、いいですね!


タッチストーンの件を経て2点を取り返したロコ・ソラーレは、第5エンドで後攻の北海道銀行に1点を取らせてロコ・ソラーレ3-4北海道銀行で後半戦へ。すると第6エンドではまたしてもカーリングの美しさを感じるプレーが生まれます。ロコ・ソラーレがナンバー1のストーンを持って、スキップ藤澤さんによる最後の1投。狙いはハウス側から見て右側から回り込んでハウス中央を狙うドローショットでした。

ところが藤澤さんは試合を通じて精彩を欠くようなところがあり、このショットも本来の狙いより少し外側にいったのか、自分たちが手前に置いていたストーンに当たるコースに。狙いとしてはおそらくミスなのでしょうが、ただ、ストーンは投げたひとりのプレーではなく「4人で運ぶもの」。途中で狙いを切り変えたのか、コースを調整して自分たちのストーンに薄くチップさせると、そこから内側に入ってくるストーンをスイープによって伸ばしてナンバー1まで導きます。投げた時点では「外すぎ」「強すぎ」だったミスショットを、判断&スイープのチームプレーでナンバー1まで持ってきた。

予選リーグの中部電力戦でも藤澤さんのストーンがかなり弱くて狙いの場所まで届きそうになかったものを、スイープによってハウスまで持ってくるという場面がありましたが、ここもまた「ストーンは4人で運ぶもの」を示すような見事なプレーでした。ひとりで投げるストーンはどれだけ正確でも大きく曲げることはできませんが、4人で運ぶストーンは大きくコースを曲げたり、遠くまで伸ばしたりすることができる。カーリングは全員プレーができるチームが理屈として絶対的に強いスポーツです。それを感じさせる2点でした。

↓第6エンド、4人で運んで2点を奪取!ロコ・ソラーレが北京へ大きく前進!


1点ビハインドの北海道銀行は後攻の第7エンドをブランク(無得点)として、後攻を持ったまま第8エンドへ。北海道銀行が複数得点を狙った第8エンドでしたが、ロコ・ソラーレも難しいショットを強いて「後攻に1点を取らせる」ことができました。同点にはなりましたが、これでロコ・ソラーレは「自分たちが後攻の第9エンドをブランクにし」「第10エンドで1点を取って勝つ」という試合運びでの勝利が見えてきました。

粘る北海道銀行はロコ・ソラーレのストーンを巧みに弾き出して、第9エンドはブランクではなくロコ・ソラーレに1点取らせて終えます。最終第10エンドはロコ・ソラーレ6-5北海道銀行で、北海道銀行が後攻。1点ならエキストラエンド、2点なら逆転勝利。最後の1投まで勝負がもつれる際どい戦いとなりました。予選リーグでも「最終エンドで3点負けている状態から追いついた」という北海道銀行の粘り、再びここで発揮されるか。

1点リードのロコ・ソラーレは相手のストーンを弾いて減らして「北海道銀行に1点を取らせて」同点とし、エキストラエンドで1点取って勝つを狙ってもよさそうなところですが、ストーンを減らしてクリーンにしていくのではなく、ハウスの手前にガードストーンをためて点の取り合いへと向かいます。後攻に1点を強いる、あわよくば1点スチールで終わらせる。エキストラエンドありきではない攻めの姿勢。

しかし、その攻めの姿勢にミスが重なってしまいます。氷の状態をつかみ切れなかったか、狙いよりかなり弱く、途中で止まってしまうようなショットがつづくロコ・ソラーレ。さらにスキップ藤澤さんの1投目、相手のナンバー1ストーンを弾き出せば最悪でも負けはないというショットでしたが、ストーンを当てはしたものの弾き出せず、ナンバー1のままで残してしまいました。

この勝機を逃さなかった北海道銀行。しっかりとドローでナンバー1・2を作ると、ロコ・ソラーレ藤澤さんの最後のショットはコースを大きく外してしまい、ここでロコ・ソラーレは「コンシード」。二転三転する勝負となりましたが、北海道銀行が勝って北京への道に踏みとどまりました。もしも際どく負けていれば第4エンドのことが甦りそうな試合を、勝ってその「出来事」ごと取り除いてみせた。美しい決着でしたし、率直に言ってこの先が楽しみになる戦いでした。

なにせ、これで「決着戦」が見られるのです。互いに譲らぬ両者が、もう一度五輪を懸けて戦うのです。大前提として出場枠を取る必要がありますし、その際は「出場枠を取ってきたチームがそれを狙ってくる相手を迎えうつ」という精神的にも厳しい流れとなり得ますが、そういう試合だからこそ見逃せないというもの。厳しいのと殺伐とするのとは違います。カーリングならば「恨みっこなし」の勝負ができるはず。北京へ向けての大きな楽しみとなりました。できればそれは有観客でできるような状況だと嬉しいなと思います!





藤澤さんにとっては8年前の悪夢を乗り越える熱い展開になってきましたね!