「たった0.05カ月分のボーナス削減」に怒りを隠さない公務員の厚遇天国
■年収3割カットという「ANAショック」はひとごとではない
10月上旬、全日本空輸(ANA)が冬のボーナスをゼロにすることを労働組合に提案したというニュースが一斉に流れた。それだけでなく、基本給や諸手当を一律5%引き下げ、一般社員1万5000人の今年の年収を平均3割削減するとした。さらに希望退職を実施、定年や採用中止と合わせて3500人を削減するという。
持ち株会社のANAホールディングスが10月27日に発表した2020年9月中間決算の売上高は72.4%減、1884億円の最終赤字に転落した。新型コロナウイルスの蔓延で人の移動が止まり、国際線の旅客が96%減少、国内線も80%減ったことが経営を直撃。2021年3月期の最終赤字は過去最大の5100億円になる見込みだという。
来期以降も状況が改善せず、赤字が続いたとすれば、債務超過に陥る可能性も出てくる。ボーナスゼロや従業員削減は企業としては生き残りに向けた苦渋の決断と言える。
年収3割カットという「ANAショック」は世の中に衝撃を与えた。その後もボーナスを大幅にカットする企業や、基本給の引き下げ、さらには希望退職を募集する企業も相次ぎ、「ANAはひとごとではない」といったムードが一気に広がっている。
■「ボーナス0.05カ月分削減、月給は維持」が「民間並み」
そんな中で、国家公務員の月給とボーナスの改定を求める「人事院勧告」が出された。通常は8月に勧告が出され、秋の臨時国会で「給与法」が改正されるが、今年は新型コロナで民間の動向が見えないとして、勧告が遅れていた。国家公務員の給与改定は「民間並み」が原則となっているためだ。
人事院は10月にまず国家公務員のボーナス(期末・勤勉手当)の「引き下げ」を求める勧告を出した。ボーナスの引き下げ勧告は東日本大震災時以来、10年ぶりだ。引き下げ幅は「0.05カ月分」で、4.45カ月の支給を求めた。その後、10月28日に月給の改定勧告が出された。内容は「据え置き」。据え置かれるのは7年ぶりとのことである。
これを受けて政府は11月6日に「人事院勧告の完全実施」を決め、給与法改正案を閣議決定した。開会中の臨時国会で審議され、可決成立する見込みだ。
しかし、「ボーナス0.05カ月分削減、月給は維持」というのが「民間並み」というのだから恐れ入る。新型コロナの影響を受けていない優良企業だけをサンプルにでもしなければ、そんな数字は出てこないだろう。
■2014年度から6年連続で公務員の月給引き上げを求めてきた
人事院はこれまで、民間賃金は伸びているとして、2014年度から6年連続で公務員の月給引き上げを求めてきた。今年については、人事院は4月の公務員月給は40万8868円で、同じ月の民間給与と比較した場合、公務員が0.04%(164円)上回ったが、格差が極めて小さいので、改定の必要はないとしたという。
勧告を遅らせて調査をしたにもかかわらず、新型コロナの影響がまだ給与面には出ていないと思われる4月を基準にしたのだ。その後、民間企業の給与が下がっていくことは容易に予想されたはずだが、そこはあえて見ずに済ませたということだろう。
ちなみにボーナスがカットされたことによって、平均年間給与は2万1000円減って673万4000円(平均年齢43.2歳)になるという。0.3%の減少にあたる。ちなみにこの平均には高給の幹部職員は含まれていない。「霞が関の縦割り打破」などを掲げて、一見公務員に厳しい姿勢で臨むように思われた菅義偉内閣も、あっさり、この人事院勧告を受け入れた。
■失業リスクがある分、民間給与は高くて当たり前
この民間からみれば甘々の「ボーナス0.05カ月分削減、月給据え置き」についても国家公務員の間からは不満の声が聞こえる。「新型コロナと戦うエッセンシャル・ワーカーであるわれわれのボーナスが減らされるのは納得がいかない」というのだ。その気持ちも分からないではないが、厳しい状況に直面する民間企業の従業員からみれば、うらやましい限りの「公務員天国」であることは間違いない。
今、ANAに限らず民間企業では、「失業の恐怖」に直面している人が少なくない。今のところ非正規雇用者が「削減」の対象で、現状の統計では正規雇用者は増えている。だが、多くの企業が「希望退職」の募集などを打ち出しており、来年に向けて職を失う人が正規雇用でも増えてくることになりそうだ。
まさにANAをひとごととは思えない人たちが増えているわけだ。一方で、国家公務員は身分保障があり、失業とは無縁だ。本来、失業リスクがある分、民間給与が高くて当たり前なのだが、今はむしろ逆になっている。
本来、国は、深刻な財政赤字に陥っているのだから、給与削減に努めるのが普通だろう。アベノミクスによって税収が増え、バブル期を上回ったが、それを良いことに給与を増やし続けてきた。国は借金返済よりも人件費を含む歳出の拡大に動いたのだ。
■県庁職員や市役所職員の消費支出が地方経済を支えているが…
ここへきて、「国の借金」は急増している。財務省が11月10日に発表した2020年9月末の「国債及び借入金並びに政府保証債務の現在高」は、1189兆9160億円と、前年同月末比で7.7%も増えた。新型コロナ対策で定額給付金や持続化給付金の支給に踏み切ったことから、3月末に前年同月比1.0%増だったものが、6月末には同4.8%増に跳ね上がっていた。
その後も「GoToキャンペーン」や家賃補償など、大支出を続けている。緊急の資金繰りなどのために発行する「政府短期証券」の9月末の残高は135兆2087億円と、3月末の74兆4188億円に比べて82%も急増した。
本来、給与の据え置きどころではなく、大幅なリストラに取り組まなければならない財政状態なのだが、霞が関にも永田町にも「身を切る」覚悟はないということだろう。
いやいや、ここで公務員給与を大幅に引き下げたら、デフレに舞い戻ってしまう、という声もある。国家公務員の給与に原則連動して地方公務員の給与改定も決まっていく。地方ではすっかり高給取りの部類に入った県庁職員や市役所職員の消費支出が地方経済を支えている、といった声を聞く。
■そのツケは結局、国民に回ってくるだけ
だが、公務員は民間企業の従業員と違い、外部から収益を上げていないので、その支出は最終的には民間企業やそこで働く人々の税金で賄われることになる。ツケは結局、国民に回ってくるだけなのだ。
新型コロナによる経済活動の停滞で、今後、税収は大きく落ち込んでいくことが避けられない。2018年度に税収は60兆3563億円を記録したが、2019年度は法人税が減ったことから58兆4415億円となった。2020年度は企業業績が大幅に悪化することを考えれば、法人税収は激減することになるだろう。
2019年10月に消費税率を引き上げたことで、2019年度には消費税が18兆3526億円まで増えていた。2020年度は半年分の増税効果が加わるとはいえ、消費がさらに落ち込めば、消費税収の伸びも期待できない。
■「公務員の給与を減らせばいい」というわけではない
かといって、増税できる環境でもない。税負担と社会保障負担の合計が国民所得の何%に当たるかを示す「国民負担率」は上昇の一途だ。2010年の37.2%から8年連続で上昇し、2018年度は過去最高の44.1%に達した。
消費増税による税負担の増加もあり、財務省は2020年度の見通しとして44.6%を掲げているが、これも低めの見通しだろう。新型コロナの影響で国民所得が減れば、国民負担率は一気に上昇することになる。どうみても新型コロナが終息し、経済がコロナ前の水準にでも戻らない限り、増税など不可能なのだ。
ここへきて、立ち行かない企業などが出始めたことで、公的資金の注入などを求める動きが出ている。これまで民営化を進めてきた部門でも、再び公的管理を強めようとする流れが生まれつつある。
単純に公務員のひとり当たりの給与を減らせばいい、というわけではない。政府の役割を見直し、仕事を整理して、全体の公務員人件費を抑えていく。民間企業では当たり前のリストラ、真の意味の「構造改革」をそろそろ真剣に霞が関で実施することを考えるべきだろう。菅首相が言う「デジタル庁」がその第一歩になることを祈るばかりだ。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)