創作の世界では、強い主人公は安心をもたらす。だけど、そんな彼らがあまりに強くなり過ぎたらどうなるかってことは、あんまり意識が向けられることはない。

ゲームだと、強くなりすぎた途端にプレイヤーが「もう面白くなくなったな」っと思って遊ばなくなることがあるけど、漫画やアニメだとどうなるんだろうか。(文:松本ミゾレ)

戦闘力のインフレが起きて「初期の頃が一番面白かった」となってしまう

先日、2ちゃんねるに「『強くなりきった主人公』ってどう扱うべきなんやろな」というスレッドが立っていた。スレ主は強くなり過ぎた基準として「たとえば世界大会で優勝したみたいな」と挙げている。もう向かうところ敵なしになったらば、普通はそこでエンディングだ。だってもう強くなる過程を描きようがないから。

ところが、人気の作品ともなるとそうは行かない。延命に次ぐ延命で、どんどん力の基準がインフレしていった作品なんて山のようにある。下手すると、少年漫画などでは、僕が少年だった頃の連載作品が、もう30代半ばになった今もまだ続いている。インフレもそうだが、いくら何でも話が長すぎるだろうに。

バトル系の漫画やアニメって、長く続くとどうしてもインフレがネックになって読む・観るがしんどくなるってタイプの人は多いはず。僕がまさにそうなんだけど、ホントに「初期の頃が一番面白かったのになぁ〜」って思っちゃって、強くし過ぎるのも問題だと感じるようになるものだ。

まあ、受け手がそんなことを思うんだから、送り手なんてその数十倍はこのジレンマに苦しんでいるんだろうけど。

「一年戦争の呪縛にとらわれて宇宙に上がれないようにする」という声も

この問題に対して、スレッドには興味深い回答もあった。強くなった主人公はどうするのが正解なのか。メタ的な声も含めて、以下にいくつか引用させていただきたい。

「主人公交代」
「話にはあんまり絡まないけどいざというときに手助けするポジションがちょうど良い。『ジョジョ』4部の承太郎とかみたいに」
「一年戦争の呪縛にとらわれて宇宙に上がれないようにする」
「おっさんでええなら、全盛期過ぎた感じで程よく弱体化したらええがな。年取ったボクシング世界チャンピオンが防衛戦に失敗してランカーに落ちたけどまだ普通に強い的な」

主人公の交代というのは、なんだかんだこれが一番無難なように思える。それこそ『ジョジョの奇妙な冒険』のように時系列を追って登場人物が入れ替わる大河ドラマ的な作りであれば、各部ごとに主役も変動するし。

たまに前の主人公が登場して助けてくれるっていうサービスも、ファンにしてみれば美味しかった(それだけに承太郎が倒されたときはショックだった)。

それから、『機動戦士ガンダム』のアムロが続編の『機動戦士Zガンダム』では地球に軟禁されて主人公の雰囲気がガチで喪失してたのも、上手いと思う。あのときのアムロの煮え切らない日々を思うと同情だってしてしまうし。それはシャアにも言えるけど。

それこそゲームで言えば『サガフロンティア2』では初期の主人公ウィルが、80代を超えた頃に孫娘のパーティに合流して最終決戦に立ち会うという展開もある。ステータス的には筋力が落ちて術頼りになっていたけど、あれも上手い復帰のさせ方だと思った。

ただ、いずれの対処法も強くなりきった主人公をずっと第一線に立たせてはいない。やっぱり第一線に立たせたまま話を進めると、もう『ドラゴンボール』的になっていくんだろうな。

『ドラゴンボール』的な展開は、『ドラゴンボール』だからまだやっていけるのであって、それを他の長期連載漫画とかアニメがやると、やっぱりつまらなく思えてしまう。これは個人の見解だけどね。