「会社を買う」はありか?/猪口 真
「会社を買う」という言葉をよく見るようになった。「M&A」のマッチングサイトの広告もよく見かけるようになり、ここにきて一気に身近に感じるようになった気がする。
少子高齢化によって、黒字のまま廃業する事業者数が大きく増加していたことから、2019年、経済産業省が幅広く事業承継を推進するためにまとめられた「第三者承継支援総合パッケージ」によるところもあるのだが、ついこないだまでは、M&Aといえば、極秘中の極秘案件で、慎重のうえにも慎重に進められたという印象が強い。
ところが、そのM&Aのマッチングサイトを見てみると、会員しか閲覧できないとはいえ、かなりの会社(個人経営も含む)が登録されており、しかも安い(と思える)。このオープンさはすごい。会社によっては、だいたいの想像がつくところすらある。
この状況は、コロナ禍が後押ししたことも間違いないだろう。飲食、レジャー系を中心に、存続できる状況ではない会社は本当に多く、致命的な状態にならないうちに売却し、従業員や自分のビジネスを継続したいという思いは強いのだろう。
サラリーマンで会社を所有する?
会社を所有するというのは、実際に自分で経営するわけではないから(経営する場合ももちろんある)、これは間違いなく投資のひとつではあるのだか、マンション投資、金融商品、先物、株などなど、投資案件は山のようにあるなかで、ダイナミックさという点では、なかなかのインパクトだ。
サラリーマンで会社を買うといった場合、会社を経営したことないのにオーナーになることが本当に大丈夫なのかと心配にはなるが、数段のステップアップであり、しかも数百万円から買えるとなると、マンション投資よりもむしろ低額であり、相当の魅力に映るだろう。
会社を買うということが、身近に感じる理由は実はそこにあって、マッチングサイトを見れば、300~500万円の希望売却額の会社が並ぶ。
通常、売却額は、純資産プラス経常利益数カ月分で計算することが多いという。個人経営の会社が大きな資本金を積むことは考えにくいので、300万以上の売却希望ということは、赤字ではなく、営業利益が出ていることになる。
マンション投資の場合は、数百万円というわけにはいかないから、1千万円単位の投資になるが、マンションの場合、よほどの悪徳に引っかからない限り、1年で0になることはないし、逆に1年で倍になることもない。
しかし、会社の場合はありうる。今回のコロナ禍での話は例外中の例外としても、1年単位での倍増や破産は少なくない。
会社の所有と経営
会社を買うということと、会社を経営するということは、実はまったく異なる。
会社の所有と経営を分けるというのは、株式会社の考え方で、会社の所有者は、株主といわれ、会社の所有権を表す株式を保有している。出資者と経営者を分離したのは、お金持ちの会社のオーナーが、得意でもない会社の経営をすることなく、お金はなくとも経営能力をもつ本当の経営者に経営してもらい、会社を発展させてほしいからだ。
資金を持っている人が優れた経営者とはかぎらない。所有者と経営者を分けることができれば、経理のプロに経理業務を頼むように、経営が得意な人に経営を任せて、会社の業績を上げてもらうことを狙うわけだ。
本来は、会社の保有者が、適切な経営者に経営をしてもらうというのが、もともとのかたちだろうが、会社を買うというのは、優れた経営をしている経営者とその財産を買い、所有者となるものだから、逆の考え方であるともいえる。
ところが、多くの小規模事業者、あるいはベンチャー企業は、多くの場合、主要株主と経営者は、同じだ。これまでのM&Aのプロが行う分には、ここは百も承知の話なので心配はないだろうが、今回の幅広い事業承継推進の話は、所有と経営の分離という考え方を買う方、売る方が持てるかどうかもひとつのポイントとなりそうだ。
「サラリーマン」が会社を買うというのは、大丈夫なのだろうか?
会社を経営したことのない人が、果たして会社を所有してうまくいくのだろうか。
会社を買うというのは、具体的には株を所有するということになるわけで、そういう意味では「株」の購入と、近い感覚なのかもしれない。
とはいえ、表示してある費用だけで収まるわけはなく、仲介手数料もあれば、所有後の運転資金がすぐに必要になったり、新たな投資が必要になることもあるだろう。従業員の問題もあれば、事業の継続のためには、山のように課題もあるだろう。
しかし、「事業、技術を次代に遺す」という観点から見れば、単純に資本だけが不足するという理由だけで貴重な事業が無くなるのなら、ビジネスパーソン人生として、一度ぐらいは社会に貢献するという意味で、チャレンジする価値はあると思える。
何より、この経験は、これからのビジネスにとってまさにリアルな学びとなるだろう。大半の人は、そのスキルも知識もないだろうが、今の会社にビジネス人生を捧げることに疑問を感じているのであれば、勉強を始めるのもひとつの選択肢かもしれない。