2002年の東京証券取引所上場以来、初めての最終赤字に転落した旅行大手のエイチ・アイ・エス(記者撮影)

「旅行市場は、本当に大きな打撃を受けている」

旅行会社大手、エイチ・アイ・エス(HIS)の澤田秀雄会長兼社長は6月24日に行われた決算説明会の席上、足元の市場動向についてこのように語った。

東証上場以来、初の赤字に

HISが発表した2020年10月期上期(2019年11月〜2020年4月期)決算によると、売上高は3443億円(前年同期比8.9%減)、営業損益は14億円の赤字(前年同期実績は89億円の黒字)となった。固定資産やのれんの減損損失などにより、当期純利益も34億円の赤字(同49億円の黒字)に膨らんだ。

HISが上期決算で営業赤字を計上するのは、2002年に東京証券取引所に上場して以来初めてのことだ。

もっとも大きな影響を受けたのは、売上高の8割超を占める主力の旅行事業だ。コロナ禍が襲いかかり、3月の旅行総取扱高は前年同月比で20%台に急減。続く4月、5月は同1%台にまで落ち込み、売り上げは事実上消滅した。

旅行に次ぐ収益源である長崎県のテーマパーク・ハウステンボスは、2月末から18日間の臨時休園を余儀なくされ、「変なホテル」などを運営するホテル事業も稼働率が急落した。

上期の不調を受け、通期の業績も見通せないでいる。従来の業績見通しを取り下げ、「コロナ影響を合理的に算出することが困難」という理由で「未定」とした。

国連世界観光機関(UNWTO)によると、2020年の国際観光客は前年比60〜80%減少するとみられており、HISの旅行事業の過半を占める海外旅行を直撃。2020年10月期の通期でも赤字転落は避けられない見込みだ。

膨らむ財務上の懸念

業績不振が長引けば、財務面の懸念が膨らんでくる。HISは近年、新規事業育成や国外の旅行会社、ホテル企業、損害保険会社などへのM&Aを加速していた。このため、金融機関からの借り入れによる資金調達を積極化し、自己資本比率は2011年10月末の45.3%から、2020年4月末の18.5%に大きく悪化した。

旅行のキャンセルに伴う代金返金や借入金の返済により、現預金は2019年10月末から2020年4月末までに948億円も減少。HIS単体の現預金残高は、コロナ前は2020年10月末に580億円と見込んでいたが、売り上げ減少と前受金の返金、有利子負債の返済によって、40億円のマイナスになってしまう計算だ。

もちろん会社側も手をこまねいているわけではない。まず、人件費や宣伝費をカットし、今下期に前年比120億円の販管費の削減を目指している。全部で約260店ある国内の営業店舗は、今後1年間でその3分の1にあたる80〜90店程度を閉鎖する方針だ。

2020年3〜10月に557億円を見込んでいた設備投資も、ホテル開発の先延ばしやキャンセル、システム開発の内製化などで90億円縮小する。HISで財務を担当する中谷茂上席執行役員は「まずは営業黒字を確保し、自己資本比率20%へ復帰させたい」と話す。

一方で、コロナ影響の長期化シナリオを踏まえた資金繰り懸念にそなえ、三井住友銀行など複数行と330億円のコミットメントライン(融資枠)を設定した。「銀行にお願いして、借入金の返済を何とか引き延ばしていただく」(中谷氏)。当面は資金ショートへの備えを優先する姿勢だ。


コロナ前のHISは順風満帆だった。旅行業界ではアメリカのエクスペディアを筆頭とするネット専業の旅行会社がシェアを拡大し、店頭販売を前提とした従来型の旅行会社の顧客を奪っている。日本国内でもJTBやKNT-CTホールディングスといったHISのライバル勢の売上高は、ここ数年は横ばいがやっとだった。

カナダや香港企業を相次いで買収

ネット専業の攻勢にさらされる事情はHISも同様だが、得意のヨーロッパ方面などへの日本人海外旅行の需要を取り込み、海外旅行会社への積極的なM&A(企業買収・合併)が寄与した。

HISは世界全体における旅行市場の成長に着眼し、2017年10月期から3年間でカナダ企業3社、香港企業1社を矢継ぎ早に買収。海外法人の売上高を2016年10月期の518億円から2019年10月期には1803億円へ急拡大させた。

国を挙げた施策による訪日外国人の急増を商機と捉え、ホテル事業も積極化。運営ホテル数を2016年10月期の12軒から2019年10月期には36軒まで増加させ、業績を拡大した。

まさに近年のHISの躍進を支えてきた旅行事業とホテル事業だが、どちらも自然災害やテロなどのイベントリスクで需要が急減するリスクがある。新型コロナはこのリスクを改めて浮き彫りにした格好だ。

では、HISに起死回生の挽回策はあるのか。

同社が掲げるのは、海外旅行よりも早期の回復が見込まれる国内旅行需要の取り込みだ。HISにおける国内旅行の売上高は現状、旅行事業全体の10%弱と小さい。ただ、大混乱しながらも7月22日から始まった国内旅行喚起策「Go To トラベル事業」による需要増に期待をかける。

旅行事業を担当するHISの中森達也専務執行役員は「(HISが得意とする)海外旅行事業に投入していた(人材などの)リソースを、国内旅行事業に再配置していく。ハウステンボス、グループホテルと連携して販促し、シナジーを出していきたい」と力を込める。

「何でも屋」的な経営に

ポートフォリオの分散にも本腰を入れる。2020年10月期上期決算では、先行して展開してきた電力小売り業の拡大により、エネルギー事業は営業利益が前期比157%増の9億円となった。


澤田秀雄会長兼社長の陣頭指揮でエイチ・アイ・エスは成長を加速させてきたが…。(撮影:今井康一)

澤田会長は中・長期的な成長方針として、オフィスビルの取得・運用による不動産事業や食材の国際流通などの商社事業といった、イベントリスクが比較的少ない非レジャー事業に注力する姿勢を示している。

とはいえ、畑の異なる各事業を並行して軌道に乗せるのは容易ではない。これまでも祖業の旅行からテーマパーク、ホテルへ、事業範囲を「何でも屋」的に拡大してきたが、澤田会長の陣頭指揮により、経営破綻したハウステンボスを再建させる間、柱の旅行事業が伸び悩む時期があった。澤田会長が再び旅行事業に本腰を入れると、今度はハウステンボスが集客に苦戦し始めた。

また、業績回復のカギとなるのは、主力である海外旅行事業の復活だ。海外各国における出入国規制の緩和や感染状況を見極めつつ、経営資源を機動的に海外旅行へ再配置できるかが勝負となる。

新型コロナの感染拡大への警戒感が再び強まり、Go To事業も「東京除外」で混迷する中、多角化経営を軌道に乗せられるか。HISの道筋は現時点では不透明だ。