日沖 博道 / パスファインダーズ株式会社

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コロナ騒ぎにより全国で休校が続いた中、「これを機会に世界で主流の『9月入学』を真剣に検討して欲しい」という現役高校生からの提案をきっかけに『9月入学』論争が急浮上してきた。

当初からあまり積極的ではない文科省は、それでも政府・与党からの要請を受け『9月入学制』への移行に関し2案を先に示し、最近追加で「ゼロ年生」導入案というのを持ち出してきた。しかしいずれも課題ばかりが大きく、「やっぱり無理なのか」と世論を断念させる思惑が強そうだ。

そこで以下に、「意外と課題が小さい方法があるじゃないか」と思える私案を提示したい。

1.9月入学への移行案

ポイントは1つ。特定の「調整学年」を設け、小学校入学から大学卒業までずっと「5ケ月間の生まれ」の小規模学年として移行させるのだ。図を参照されたい。

来年の小学1年生は通常なら2014年4月〜2015年3月生まれ(注)の12ケ月間に生まれた子供たちが対象だ。それを、2014年4〜8月生まれの5ケ月間に生まれた子供たちだけに、旧制度最後の学年として5/8サイズの「調整学年」となって入学してもらうのだ。

注:正確には今の各学年は4月2日生まれから翌年の4月1日生まれで構成されている。本図では簡略化のためにそれを4月から翌年3月と表現している。

彼らが4月に入学した5ケ月後の9月に、再び入学式を行う。対象は2014年9月〜2015年8月の12ケ月間に生まれた「新制度学年」の子供たちだ(図参照)。つまりこの時点で各小学校には7つの学年が存在することになる。そして6年後の3月に「調整学年」が卒業した時点以降、学年数は6つに戻り生徒数も通常に戻る。

その同じ年の4月、今度は中学校で調整が始まる。5/8サイズの「調整学年」が4月に入学し、その5ケ月後の9月に再び入学式を行い、次の「新制度学年」の生徒たちを迎えることで各中学校には4つの学年が存在する。そして3年後の3月に「調整学年」が卒業した時点以降、学年数は3つに戻り生徒数も通常に戻る。

この調整の波は、「調整学年」の入学・卒業と共に順次、高校そして大学へと移行していく。各小学校・中学校・高校・大学とも2回ずつ、入学式を2回と卒業式を2回行う年度が巡ってくるということだ。

さて、「調整学年」を含む旧・4月入学制の生徒たちと新・9月入学制の生徒たちが混在する期間、各学校の始業式と終業式には混乱はないのだろうか。これについては9月入学制の学年終業のタイミングだけ工夫すれば(欧米は5〜6月にしているケースが多いが、日本では7月にすればよい)、特に心配は要らないのではないか。

4月入学制の生徒たちにとっての3月の年度終業式と4月の年度始業式は、9月入学制の生徒たちにとってもそれぞれ2学期の終業式と3学期の始業式となる。9月入学制の生徒たちにとっての7月の年度終業式と9月の年度始業式は、やはり4月入学制の生徒たちにとってもそれぞれ1学期の終業式と2学期の始業式となる。つまり一緒にできるのだ。

2.課題とその考察

ではこの「調整学年」による『9月入学制』の導入案には課題はないのか。残念ながらどんな変革案にも課題はついてくる。この案にも課題はある。文科省が提示している他の案より課題が小さいというだけだ。

まずとにかく調整期間が長くなる。「調整学年」が小学校に入学して大学を卒業するまで、つまりこの『9月入学制』が開始して完成するまで、16年掛かる。遠大な計画なのだ。

「それでは今年度の学習の遅れへの対策にはならない」「そんなに長くは待ってられない」という声が聞こえてきそうだが、そもそも『9月入学制』は教育制度の根幹の一つを変える長年のイシューであって、学習の遅れへの対策などという小手先の話ではない。それに他の方策では課題・難点が多過ぎて結局は実現までに至らないだろう。それよりは、時間を思い切り掛けることで長年の懸案がとにもかくにも解決するほうが望ましいだろう。それに社会にとっても9月入社などへの移行準備期間もたっぷりある。

次に当然だが、学校側は計画的な調整を行う必要がある。「調整学年」が入学した4月から7月の間は各学校全体の生徒数は若干(7ケ月分)減り、その5ケ月後の9月に新制度の新入生が入学してから翌年の3月に旧制度の学年の生徒が卒業するまでは逆に若干(5ケ月分)増える。このパターンを各学校は、「調整学年」が卒業するまで毎年繰り返すことになる。

その分、教師と教室などの体制に関して計画的な調整を行う必要がある。小学校はともかく、中学校と高校にはたっぷり準備期間はある。子供の数自体が年々減少しているため、大半の地域では教室の確保は工夫の余地はあるだろうが、教師の数は生徒が多い時期を基準に確保すべきであろう。

先に述べた通り、学校全体では生徒数は年間を通して増減するが、平均すれば従来通りなので、学校経営や部活動などが生徒数不足で不都合に陥る要因にはつながらないはずだ。私学では、「調整学年」が5/8サイズであることで彼らの入学時の歳入が減ることを心配するかも知れない。しかし5ケ月後には通常サイズの学年が入学してくるので問題はなかろう。とはいえ、「調整学年」の入学時とその5ケ月後の次学年入学時の年だけは、年2回の卒業と新入生歓迎活動が必要になるので、いずれの関係者も忙しくなるだろう。

ここまで述べてくると、その「調整学年」の親御さんたちからは「我が子が何か不利益を被らないだろうか」という心配の声が聞こえてきそうだ。

ご安心願いたい。むしろ逆だ。その学年の生徒たちは小中高大学へのそれぞれへの入学または各進級後5ケ月間、従来より少ない学年生徒数に対し従来通り(または若干多いくらい)の数の教師が各学校に毎度いる格好になるため、他の学年に比べて手厚いサポートが得られることになる。いわば最後の旧制度学年にとって「残り物には福がある」を毎回実感できるはずだ。

最後の課題は、「調整学年」は常に小規模集団となる運命であり、それが幾つか影響をもたらすことである。

例えば学校内での体育祭や文化祭などでの「学年対抗」では不利になるので、その分のハンディキャップを与える工夫は欲しい。また部活動などにおいて、「調整学年」の生徒たちが最終年に指導的立場になる際に「人材不足」気味になることも想定内だ。そして次の学年の生徒たちにとっては「上が詰まっている」状態になるので、自分たちが最上級生になっている期間が他の学年より短いことに不満が噴出するかも知れない。

「何と小さな話か」と一笑に付すことなかれ。当の生徒たちにとっては重大事だ。それに部活動などは将来の社会生活の模擬練習でもあり、そこでの経験を軽視すべきではない。

しかしこれも解決可能だ。「調整学年」が最終年になる際に、その少ない人数だけで幹部を構成せずに、次学年の生徒たちを含めるように教師が指導してあげればよい。「調整学年」の生徒たちは後輩の力を引き出すことを覚え、次学年の生徒たちは少ない先輩を支え幹部としての自覚を早めに育てることができる。うまくいけば次の代からも同じような「幹部学年の繋ぎ方」が定着しよう。

すぐに思いつく課題は以上だが、他にもあるかも知れない。しかし大義を考えれば克服できるものではないだろうか。改めて申し上げたいが、『9月入学制』は教育制度の根幹の一つを変えるイシューである。拙速ではなく熟慮と配慮を踏まえた検討を、文科省には期待したい。