人間は、自己の損失を顧みずに他者の利益を図るような「利他的行動」を取ることができます。この利他的行動は脳の活動による生理的現象の1種であり、人間以外の動物も利他的行動を取るといわれています。オランダ国立神経科学研究所(NIN)の研究チームが「ネズミも人間と同じように脳の働きによって利他的行動を選択できる」ことを実験で示しました。

Harm to Others Acts as a Negative Reinforcer in Rats: Current Biology

https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(20)30017-8

Rats avoid hurting other rats

https://phys.org/news/2020-03-rats.html

研究チームは2つのカゴを隣接させ、それぞれのカゴにネズミを入れました。そして、片方のカゴに2つのレバーを用意し、「どちらか片方のレバーを押すとおやつを得られる」という仕掛けを作りました。そして、「2つのレバーのうち、特定のレバーを押すとおやつがもらえる」とネズミが学習した後、科学者はネズミがおやつの出るレバーを押すと隣のカゴの床に微弱な電気ショックが流れるように配線し直しました。



すると、ネズミは特定のレバーを押せばおやつが手に入ることを学習していたものの、隣のネズミが電気ショックを受けていることに気づくと、おやつが出るレバーを押すのをやめてしまったとのこと。

研究チームによると、反応の強弱には個体差があり、隣のネズミが電気ショックを受けていることに気づいた瞬間におびえてレバーを押すのをやめてしまったネズミもいれば、もう片方のレバーを押すネズミや、レバーを押さなくなったものの全く動揺を見せなかったネズミもいたそうです。

また、レバーを押した報酬として与えられるおやつの量を3倍に増やした条件で同じ実験を行ったところ、今度は隣のネズミが電気ショックを受けても同じレバーを押し続けることが判明。ネズミは利他的行動を選択できる一方で、一定の基準を超えると自分の利益を優先する「利己的行動」を選択してしまうというわけです。



人間が他人の痛みに共感するとき、脳の前帯状皮質が活発になることが、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)によって判明しています。そこで、ネズミの脳に局所麻酔薬を注射して、ヒトの前帯状皮質と同じ領域の活動を低下させると、隣のネズミが電気ショックを受けてもレバーを押すのをやめないことがわかりました。

このことから、研究論文の筆頭著者でNINの研究者であるJulen Hernandez-Lallement氏は「人間と同じように、ネズミは他人に害を及ぼすことを嫌悪していると思われます」と述べています。

また、論文著者の1人であるValeria Gazzola氏は「人間とラットが同じ脳の領域を使って他人への害を避けるというのは驚くべきことです。私たちが仲間の人間に危害を加えないようにしている道徳的動機は進化の早い段階で獲得したものであることが示されています」と論じました。