12月6日、東京・青山で、メジャーリーグサッカー(MLS)シアトル・サウンダーズFCのCOO、バート・ウィリー氏によるセミナーが行われた。

 

同クラブは現在の体制こそ2007年に確立した比較的新しいクラブだが、MLSの前身の北米サッカーリーグ時代なども合わせると1974年から活動している。

 

現在のMLSには2009年から参加し、10年間ですでにタイトルを2回獲得。プレーオフ準優勝も1回あり、すでに強豪チームとしての立ち位置を確立している。

 

特筆すべきは、平均観客動員数が4万人を超えていること。Jリーグの2019シーズン平均観客動員数トップの浦和レッズが34,184人だったことを考えても、4万人超えがいかに特筆した数字であるかが見えてくるだろう。

 

シアトル・サウンダーズがいかにして現在の立ち位置を築き、ファンを集める空間として成り立っているのか。バート・ウィリー氏が、クラブ哲学やビジネスのあり方を説いた。

写真・撮影:中村僚

 

NFLチームとスタジアムを共有

ウィリー氏はまず、これまでのチームの成り立ちや変遷を丁寧に説明。タイトルをとったときのスタジアムの様子やイベント施策、NFLのシアトル・シーホークスとの提携などを話した。プレーオフの決勝戦は、シーホークスと共有している6万9千人収容のスタジアムで行い、満員になったようだ。

 

シアトル・シーホークスとのパートナーシップは2009年に始まり、その間多くの成功を収めたが、5年後にパートナーシップを解消。この出来事が、シアトル・サウンダーズの転機となり、改めてアイデンティティを問い直すことにつながる。

 

「シアトル・シーホークスとのパートナーシップ締結後、当初から多くのお客さまに来ていただきました。その後5年が経ち、お互いの経営状況が良好だったため、別の道を歩むことになりました。この5年間、観客動員数ではとてつもない成功を収めました。シーホークスとのパートナーシップを解消した後、オフィスを別の場所に移しましたが、スタジアムは現在も同じ場所を使用しています。

 

そんな中で改めて私たちのアイデンティティは何かと問いました。ビジネスとしての目的はありましたが、クラブとしてのビジョンを見つめ直したのです」

 

 

「モーメント(瞬間)を作っていくこと。人々の生活を豊かにしていくこと。サッカーを通して人々をひとつにしていくこと。これをクラブのビジョンとして掲げました。シーホークスと別れたことが、改めて考えるきっかけになりました」

 

ここからサウンダーズの経営における取り組みの話に。細かな工夫から大きな理念まで、具体例を用いながらわかりやすく説明された。

 

「戦略的な目標は、もちろん利益を生み出し、ファンを大切にし、試合の環境を整えることです。一方で、スポーツに携わっていれば敗北はつきもの。すべての試合で勝利することはできませんし、タイトル獲得も同様です。MLSプレーオフの決勝には69,174人が来てくれました。毎試合それくらい集まってもらいたいのが本音ですが、そうもいきません。普段は下側の観客席を埋めて上側は観客を入れず、密集地を作ることで劇場の価値を高めています」

 

収益と同等に大切な地域活動

そして経営だけでなく、サウンダーズは地域とのつながりも非常に重要視している。

 

「私たちは、地域に重要性を見出しています。時にはフロントスタッフ全員が地域に出向いてイベントに参加する日もあります。その活動をオーナー陣が理解してくれているのも、我々の非常に幸運な点です。

 

例えば貧困層の地域に小さなサイズのフィールドを作ったり、10年間でボール1,000球を寄付したりする活動を行なっています。勝利し収益を上げることも大切ですが、チームとしてシアトルの街や地域をより良くしていくのは、私たちが誇りを持って取り組んでいることです」

 

これらの取り組みは、チーム設立当初に就任したオーナーの影響が強い模様。4万人まで観客を集められるようになったのは、彼が打ち出したファンへのオープンな姿勢が実ったものかもしれない。

 

多くの聴衆がウィリー氏の話に耳を傾けた

 

「共同オーナーの一人であるドリュー・キャリーは、2008年、シアトル・サウンダーズを立ち上げる際にオーナーになると立候補してくれました。アメリカで大人気のコメディアンで、テレビ番組の司会なども度々務めています。彼はオーナーに就任した際、ふたつのことを求めました。ひとつは、バンドを結成すること。彼らは試合の時やチームのイベントの時に演奏します。ふたつめは、シアトル・サウンダーズがファンの声を常に通せるチームであること。

 

4年ごとに、シーズンチケットホルダーはクラブのGMを残すか交代させるかを決める投票権を持っています。この仕組みを持っているのは、北米ではサウンダーズくらいです。シーズンチケットホルダーは20名の幹部グループを結成し、私たちと毎月ミーティングを行います。そこでユニフォームやマフラーなどのデザインや、シーズンチケットを更新してもらうために何を提供すればいいのかを話し合います。

 

また、営業成績やチームの成績も開示しました。私たちは、ファンに対して常に正直でありたいと思っています。もちろん質問の中には答えられないものもありますが、常にファンに対してオープンであることを大切にしています」

 

プロスポーツビジネスに問われるもの

サッカークラブに限らず、スポーツクラブは存続し続けることが大切だ。そのためには、地域の人々に求められる存在となることが必須で、その手段として勝利やタイトルの獲得がある。

 

逆に言えば、勝利やタイトルがないチームでもクラブを存続させることはできる。スペインのアスレティック・ビルバオは、タイトルの数はあまり多くないが、ホームタウンのバスク地方に所縁のある選手のみを獲得するという方針を貫くことで、地元住民のアイディンティティに寄与している。

 

そういったクラブとしての方針を、シアトル・サウンダーズも持っていた。

 

「クラブ運営において、私たちは3つの解を持っています。すべてに通ずる正解ではないと思いますが、組織がどこへ向かうか、どこへフォーカスするべきかをしっかりと定めて前進しています」

 

「ひとつめは、人を大切にすることです。100人のスタッフ全員に、何を目標にすべきか、どこへ向かうべきかを伝えています。

皆さんに今一度お考えいただきたいのは、適切なポジションに適切な人が配置されているかということです。私がもしあなたの会社に伺って、あなたの部下の従業員に『何をしているのですか?』と問いた時、どんな答えが返ってくるでしょうか? プロスポーツビジネスにおいて常に問われるのは、文化、人の心です」

 

「ふたつめはプライオリティ、優先順位です。

あなたの組織では、普段どういった形で意思決定がなされるでしょうか? トップダウンなのか、ボトムアップなのか、全員で考えるのか? 全員の意見を取り入れるのは簡単なことではありません。

 

観客が考えることと経営陣が考えることは、おそらく違います。彼らは安くホットドッグを食べたりたくさんのビールを安く飲んだり、競技面ではいい選手を獲得してほしいと願っています。

 

一方で、私たちは3年、5年、10年先のことを考えて組織を動かしています。何をしていくのか、何を大事にするのか、なぜそれを成すのか、誰が組織決定を下すのかを考えます。あなたの部下、上司、同僚たちも、何を優先すべきかを知りたいはずです。それを知ることによって、あなたのまわりの人たちもよりいいパフォーマンスが出せると思います」

 

「最後に、我慢です。

私たちの業界では、ファンを楽しませることが重要です。彼らはいろいろなことを要求してきますが、自分たちが立てたプラン、プロセス、優先順位、目標などに基づいて、我慢強く遂行してほしいです。私たちサウンダーズは3年、5年、の計画を立てており、そのプランを我慢強く遂行しています」

 

その後、質疑応答も活発に行なわれ、約2時間の講演が終了。最後に懇親会も開催された。10年強で急成長を遂げ、MLSを代表するクラブとなりつつあるシアトル・サウンダーズ。さまざまな状況の違いはあれど、Jリーグクラブも参考にするべき点があるのは間違いないだろう。このセミナーに参加したスポーツ業界関係者も、多くの気づきを持ち帰った会となった。