日本人妻学Vol.4『讃岐の人妻」/中村 修治
昔話のような街である。
おっぱいのような山々がポコポコしている。
高松駅に朝の6時半。子育て真っ最中の由美子のマイカーには、後部座席に、ベビーシートが乗ったままだった。朝早いのには、理由がある。朝の5時半に開くと言ううどん屋に、ワタシを連れて行ってくれる約束をしたからだ。
生粋の讃岐生まれの、讃岐育ち。旦那は、36歳。運転席で、讃岐のうどん屋は、なぜ朝が早いのかを話し続けてくれている。化粧っ気のない細身の顔は、好きなタイプだ。顎のあたりから耳にかける稜線は見事だ。
「讃岐が生んだ弘法大師空海が遠く中国から持ち帰ったのが讃岐うどんのはじまりはじまり。小作地が多く、それに加えて降雨量が少なく度々かんばつに悩まされ、水田で作られる米の安定的な生産が出来ない土地であったため、米は、庶民が食べられない贅沢品。その代用食として作られたのが麦で作ることのできる”うどん”だったのでありました。」
おっぱいのような山を左手にずっと見ながらの、片道40分のドライブ。
爺さんも、婆さんも、何も出てこないお話を、一方的に聞いた。
「ある日、うどん屋さんにうどん玉を卸す会社の社長さんが、ご近所の方に、朝一番で売り切れごめんのうどん屋さんを工場に併設したのが、讃岐のうどん屋さんの朝が早い理由でありました。」
おめあての宮武のうどん屋まで、あと10分ほど。カーラジオから、どこぞのおっさんが小学生達を無差別に襲って、自分の首を切って死んだとのニュースが流れた。
「死ぬときゃひとりで死ねばいいのに・・・」
由美子が、つぶやいたのを聞いた。ハッキリと。
「昭和の人は”殺すぞ”というけど、平成の人間は”死ねよ”というんだよね。殺しちゃったら警察のやっかいになるしね。ひとりで死んでくれたらラクだものね」
うどんの話より面白そうだったら乗っかってみた。
「確かに・・・」
「そういう中途半端な優しさと言うか、無責任さが、この社会を面倒臭くしているような気がするんよね」
「だったらなんて言うのがいいのかなぁ・・・」
「”死ねば”より”殺すぞ”みたいな感じの方がいいよ、きっと・・・」
「じゃあ”死んだら殺すぞ”は!?」
おっぱいのような山々は、
1000年以上前にあった火山が作ったという。
「むかしむかし、讃岐の山深いところに、鬼が棲んでおりました。
ときおり山を降りてきては、若い娘をさらって行きました。
ある日、勇敢な若者が鬼退治へと出かけました。
火山を操る呪術を持つ若者は、鬼たちをアッと言う間に退治しました。
しかし、その若者は、鬼たちを殺したりはしませんでした。
”死んだら殺すぞ” と
あの山々をさらった若い女たちの墓にして弔えと命じました。
そうして、いつしかゴツゴツした山は、ポコポコした山へと生まれ変わりましたとさ。」
由美子に、死んで、殺されてみたい。
うどんを朝から食ってる場合じゃない。