京アニ放火事件の容疑者が受けた、世界初の「やけど治療」の全貌 殺害予告も届く厳戒態勢下で…

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全身が焼けただれた大量殺人犯は、どうやって一命を取り留めたのか。「なぜあんな人間の命を救うんだ」。これは、そんな声を受けながら、世界でも例のない難手術に挑んだ男たちの物語である。

あの犯人とは知らなかった

「最初に(治療の)依頼を受けたとき、私は患者があの犯人だとは知らなかったんです。『やけどが全身の90%に及んでいる患者さんがいる。診に来てもらえないか』という要請があり、他の医師とともに京都市内の病院に向かいました。

全身の90%に重度のやけどを負っている状態は、どんな熱傷(やけど)の専門家に聞いても『救命困難』という答えが返ってくると思います。私たちから見ても、過去に例のない手術だったと思います」

そう話すのは近畿大学医学部附属病院に所属する熱傷専門医のA氏。青葉真司容疑者(41歳)の担当医の一人だ。

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36名が死亡し、33名が重軽傷を負った、京都アニメーション放火事件から、5ヵ月が経とうとしている。

事件を起こした青葉容疑者は、いまも京都市内の病院に入院している。事件直後、彼はまさに全身黒焦げ状態で、いつ死んでもおかしくない容態だった。ところが今では、そんな状態が嘘だったかのようだ。

「青葉容疑者は十分会話が成り立つほど、容態が回復しています。柔らかいものであれば口から食事も取れるようになり、ヨーグルトなどを好んで食べているそうです。記憶もしっかりしていて、事情聴取にも応じています」(捜査関係者)

なぜ青葉容疑者は死の淵から生還できたのか。それは極秘裏に「世界初」の難手術が行われていたからだ。それを受け持ったのが、冒頭のA氏を始めとする近大附属病院のチームだった。その内幕を、A氏が本誌に初めて明かした。

報復の予告もある中で

7月18日の事件発生直後、青葉容疑者は自分の服に火がついた状態のまま現場から逃走した。100mほど離れた路上で取り押さえられ、京都市内の病院へ搬送される。前出・捜査関係者が話す。

「救急搬送されるとき、隊員は『酷いやけどだから!慎重に、ゆっくり!』と声を掛けながら運びました。

病院の医師も『これは酷い』と顔を歪めていた。ただ、この京都の病院では設備や専門医の点で、重篤なやけどの治療が困難だということがわかった。そこで候補に挙がったのが、近大病院だったのです」

近大病院に白羽の矢が立ったのは、昨年9月に設立されたばかりの「熱傷センター」があったからだ。

国内では珍しく、やけど治療の専門医が複数在籍している。気道熱傷や陰部熱傷といった特殊なやけどについても専門的治療を行えるなど、まさにやけど治療のエキスパート集団なのだ。

そうして7月20日、青葉容疑者は京都市内の病院から、ヘリでA医師らが待つ近大病院に搬送された。しかし、この病院に青葉容疑者が収容されたことは慎重に伏せられていた。

「治療は極秘に進められました。というのも、彼が重症で、治療を受けているという報道が出て以降、府警や京都の病院には『なんであんなやつを助けるんだ』という抗議が多数寄せられていたからです。

中には報復殺害を匂わせるような過激なものさえあったといいます」(全国紙記者)

今回、本誌がA医師を匿名にした理由も、まさにそこにある。そんな厳戒態勢の中、世界初の治療はスタートしたのだ。

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最速でも3週間かかる

青葉容疑者のやけどの大部分が「慧戞廚噺討个譴觸電戮里發里世辰拭

「熱傷は、機銑慧戮3段階に分類されます。掬戮蓮愽夙蕁戮箸いθ乕罎良汁悗里澆貿傷がある状態で、凝戮鷲夙蕕硫爾痢愎身蕁戮泙乃擇鵑任い訃態を指します。そして慧戮録身蕕硫爾糧蕾質反イ砲泙杷傷が及ぶ状態です」(ナビタスクリニック立川皮膚科の佐藤典子医師)

一般的な熱傷治療の場合、まず患部を「人工真皮」で覆う。これは動物のコラーゲンなどから作られた、文字通り人工の皮膚のことだ。

ただ、それだけでは、体内の水分がどんどん漏出してしまう。そのため、人工真皮の上に、自分の細胞から作成した「培養表皮」を移植する必要がある。だが、これはすぐにできるわけではない。

「培養表皮は患者さんが必要とするような大きさに培養するまで、どんなに急いでも3週間はかかります」(日本熱傷学会専門医の原田輝一医師)

そのため、一時的に、他人の皮膚を人工真皮の上に貼り付けておく。これは、亡くなった人から提供された皮膚を保管しておく「スキンバンク」から受け取る。

そして、培養表皮が完成する頃には、他人の皮膚は自然とはがれ落ちるので、人工真皮の上から、その培養表皮を貼り付けるのである。

だが、青葉容疑者に対して、この一連の治療法がなされることはなかった。スキンバンクの皮膚が使えなかったからだ。

日本熱傷学会の元会長・百束比古医師が語る。

「スキンバンクは'91年から始まった制度です。救急救命センターなどで亡くなった方のご遺体から、ご家族の同意を得て、皮膚を採取し、保存する。そして今回のような事故や事件でやけどを負った人の治療に提供されます。

ただ、一番の問題は臓器移植と同様に、慢性的なドナー不足に陥っていることです」

学会で発表しにくい症例

今回の事件では、69名の死傷者が出た。そのほとんどが中度〜重度のやけどを負っており、数少ないスキンバンクの皮膚は当然ながら、被害者の治療に優先的に回されることになった。

「(青葉容疑者の)治療を始めて、スキンバンクからの皮膚は使えないということがわかりました。そこで、『人工真皮だけでやろう』ということになったのです」(A氏)

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人工真皮だけの手術は経験済みだった。A氏らのチームには、過去に全身の約70%にやけどを負った患者に、人工真皮だけで治療した経験のある医師がいたからだ。しかし、その時以上に今回のケースは過酷だった。

「これだけ広範囲を人工真皮で覆うというのは過去に例のない治療法だと思います。通常だとかなりの頻度で感染症を起こしたり、水分が体外に漏出することによって身体の電解質のバランスが崩れる。

多くの例で腎不全や肺水腫、多臓器障害などを起こし、短期間で致死的な状態になってしまうと考えられます」(前出・佐藤医師)

人工真皮で青葉容疑者の患部を覆い、その間は感染症予防を徹底した。24時間体制でスタッフが治療に当たり、体液の流出量を確認しながら、輸血などの対処を講じた。

「とにかく青葉容疑者を睡眠薬で一日の大半を強制的に寝かせることにした。そうしないと、彼が無意識に全身をかきむしってしまうのです。皮膚の状態があまりに酷いため、睡眠薬と栄養剤の2種類の点滴を入れるのに非常に苦労したようです」(前出・捜査関係者)

その間に培養表皮を生成し、移植していった。大がかりな皮膚移植手術は2〜3回、それ以外に小規模な移植手術を何度も繰り返した。

しかし、青葉容疑者の容態は一向に安定しなかった。急に発熱を起こしたり、毎日のように激痛で唸ったり、嗚咽を漏らすこともあった。A氏がこう振り返る。

「治療を進めていくなかで、本当に多くのハードルや落とし穴がありました。1つや2つというレベルではありません。10個、20個という障害をひとつひとつクリアしながら、ようやく回復の兆しがみえてきたのです」

A氏らの懸命の治療の結果、8月中には命に別状がない状態になった。そうして青葉容疑者は11月14日に近大病院から、京都市内の病院へと転院していった。

世界初ともいえるやけど治療が成功したわけで、近大チームは、この快挙を大々的に発表したいところだが、そうもいかない事情がある。救ったのは36人を殺した大事件の加害者だからだ。A氏が語る。

「次の熱傷学会が来年の5月に開かれる予定で、今回の治療法の大まかな内容については発表する可能性があります。

すでに患者さん(青葉容疑者)の了解も得ています。ただ、このような事件ですし、個別の症例については報告することはないと思います」

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青葉容疑者の治療にかかった費用は1000万円超と報じられている。この費用は一体誰が支払うのか。元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士が解説する。

「逮捕前、逮捕後にかかわらず、本来、医療費はすべて容疑者の自己負担です。ただ、本人に支払い能力がない場合、結果的に県や国などが負担するケースはあります。

被害に遭った京アニの社員の方々の治療費も、基本的には自己負担となります。それを、青葉容疑者に対し、民事訴訟で損害賠償請求などを求めていくことになります」

極刑は免れない、でも…

青葉容疑者は何の罪もない多くの人の命を奪い、そのうえ多額の税金の世話になる可能性まであるわけだ。近大病院で治療を受けて以降、青葉容疑者は事情聴取でこんな言葉を漏らしている。

「人からこんなに優しくしてもらったことは、今までなかった」

「道から外れることをしてしまった」

青葉容疑者は20代前半で父が自殺し、一家が離散。'08年のリーマンショックで派遣切りにあった後は、器物破損事件や強盗事件を起こすなど、徐々に転がり落ちていった。

自身の起こした凄惨な事件の結果、初めて人の心の温かさを知るという皮肉な結果になってしまった。

京都府警は青葉容疑者が勾留に耐えられる状態になるのを待って、逮捕する方針だ。前出・若狭弁護士は、逮捕後の公判の見通しをこう語る。

「事件の内容は客観的に明らかですし、公判前整理手続きにもそれほど時間はかからないと思います。起訴から初公判まで、早ければ3〜4ヵ月でしょう。極刑を免れることはまずないと思います」

A氏ら担当医は「なぜあんな人間を救うのか」という抗議の声、そして「彼を殺すために助けるのか」という自問との狭間で苦悩しながら、青葉容疑者の治療に全力を尽くした。A氏はこう語る。

「被害者があれだけたくさん亡くなったのに、『なんで加害者を救うんだ』と思う方がいるのは、わかっています。ただ、我々医療者が考えるのは目の前の患者さんのことだけです。他のことは関係ありません」

このA氏の言葉は、人の心に触れた今の青葉容疑者にはきっと届くだろう。だが、それに気づくのが、余りに遅すぎた。

「週刊現代」2019年12月21日号より