増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

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1.大戸屋炎上、3つの原因
私は番組を見ていてとてもヒヤヒヤしました。なぜなら炎上につながりかねない場面が山盛りだったからです。特にネット中心に批判が巻き起こっている原因が3つ挙げられます。一つは大戸屋山本社長自らによる社員(店長)への檄が、冷たく厳しいものであったこと。二つ目は残業時間削減という、本来であればブラック化の逆を行く施策であるにも関わらず、そのソリューションがオペレーション効率化という、今以上に仕事の生産性を上げるというものだったこと。三つ目として、社長自らの経歴や経験など、努力や根性という明文化されない雰囲気が重要視されていたことが考えられます。

山本社長自身はアルバイトから社長にまで登り詰めた方で、自ら身を粉にして働いた企業戦士でした。自身はすべてを仕事に捧げた結果、店舗や本部での成功を実現し、企業への多大な貢献が認められたのは明らかです。しかしこの「自分は(ハラスメント的)環境をバネにした」「自分の成長に必要だった」話が、かなりの可能性を持ってハラスメント勃発のきっかけになるのです。

社長にまでなられる努力がどれほどのものか、想像できます。しかしそれは過酷な環境やハラスメントすらも克服できた成功者の成功談なのです。かつては「成功者を見習え」は正当な教育だったかも知れません。しかし今、ハラスメント対応が厳しく問われる中、すべての社員が成功できる能力やセンスを持っている訳ではありません。「ハラスメントのおかげ」のようなニュアンスは、「成功者」からはどうしても発信されがちなもの。今回の番組にはそうした社長礼賛が明らかに出ていたと感じます。

社長自身を賞賛することは何も問題ありません。今でも店舗でトイレ掃除を定期的に行う山本社長。本来は良いエピソードのはずです。しかし現在の環境はそれを努力の強要と映ってしまう危険があります。長時間労働や過酷な業務に就く現場スタッフに、さらなる加重を強いるメッセージとも取られる恐れがあるのです。こうした環境にどこまで配慮できたか、非常に疑問です。

2.「努力」という根性論の危険性
飲食店では食事の調理だけでなく、その原材料仕込み、提供・接客など幅広いオペレーションがあります。特に人気のある定食屋など昼時やピーク時のさばきだけでもたいへんな仕事です。社長は「まだ改善できる」と努力を諦めません。結局食品の仕込みをしながら別作業も進めるなど、分単位秒単位の作業分析の結果、労働時間1時間短縮を達成します。

ブラックと呼ばれる飲食店の厳しい環境の、むしろ改善を目指しているのが社長はじめ経営陣なのでした。しかしその意図は通じたでしょうか?残業時間が規定の45時間を超えていることを再三にわたり厳しく指摘される店長。外国人バイトを雇ったり、単発バイトで人員補充をしたり、いろいろ工夫をして何とか自分自身の残業時間も短縮させようと努力します。しかし外国人バイトからはより高い時給の店に移られてしまったり、単発バイトは結局戦力として宛にならなかったり、成果につながりません。

飲食業界はバイトですらもその過酷な労働や、労働に対しての給料(時給)が見合わないと、人手が全く足りない状況が続いています。店長は時給アップを提案しますが、当然店舗の収益ダウンと連動するため単なる時給アップが良策とは受け止められない雰囲気が漂います。結局店長たちの「努力と工夫とがんばり」によって、バイトの定着化は進み、残業時間削減は進んだのでした。めでたしめでたし・・・・・・・・とは、なりません。

ハラスメント研修で私が訴えるのは、その行為が「正しいか正しくないか」だけではないという視点です。たとえ正しい判断・正しい行為であっても、その意図はハラスメントと受け止められる可能性があることを、今の管理職は認識しなければならないのです。

店の時給が安くてバイトが集まらないことも、オペレーション時間のことも、経営責任では無いのか?という疑問を持たれる可能性があります。飲食店の店長はかつて名ばかり管理職の典型でした。職名こそ店長で管理職扱いでも、実際には現場の1スタッフとして管理業務などできないほど忙しく自ら働かなければならない、およそ「管理監督者」などと呼べない現実があります。

3.ハラスメントと受け止められる理由
大戸屋社長はじめ経営陣の方は、むしろ残業時間削減のような良い方向を目指して努力されているのだと感じます。ただ、それが視聴者に伝わったかどうか、さらには私が警告を発している「ネットの向こうを警戒せよ」という危機管理コミニュケ―ションが果たせているか、大いに疑問を持ちました。実際ネットニュースで伝えられたこの番組には多くの批判が集まり炎上状態になり、大戸屋から釈明アナウンスすら発せられるほどの事態となりました。番組を見ずにネットニュースだけを見ての批判が膨らんでいったのです。これが想定すべきだった「ネットの向こう側」の反応です。

このように元から悪意をもっていじめたり暴力・暴言をふるう以上に、「善意」がハラスメントと受け止められることが少なくないのです。今経営者となっている成功した方々は、恐らく昭和の時代は普通に行われていたハラスメントや過酷な労働環境、具体的な指示もない中、根性で改善するという体質でも成功できた方でしょう。しかし組織はすべてが成功者だけで構成されているのではありません。

高い能力を持ったスタッフだけで構成される組織はありません。そうでないスタッフに、根性論をふりかざし「自分はこんなに辛かった・努力した」と言っても、それは何も改善にはつながりません。経営陣が関与すべきは努力や根性ではなく、地域の時給状況やバイト募集支援、店舗間でのオペレーション統合などシステム化による効率向上です。個店店長にその責任をかぶせているように伝わったことが、今回の炎上の理由だと思います。

居酒屋甲子園のような、努力や根性、キラキラした自分への成長を礼賛する行為は「やりがい搾取」と批判されます。人手不足なのではなく、それではオペレーションが回らない程度の時給、従来のような個人の努力ではまかないきれない原価(人件費)を売価に反映できない経営こそが問題なのです。死ぬほど働かされる外資戦略コンサルや金融はやりがい搾取と呼ばれません。なぜなら死ぬほどの激務に見合う給与を得ているからです。給与は最低レベル、業務は超絶というアンバランスが許されない環境での根性論・経験上成功談は、ハラスメントとなり得ると考えるべきなのです。