8月13日にグランドオープンした「悟空のきもち」銀座店。巨大な大仏の顔が出迎えるエントランスはまるでベトナムのテーマパークのようだ(編集部撮影)

ラテン語で「唯一の」を語源とするユニークという表現があるが、今回ご紹介するのはまさにユニークを地でいく企業。向こう3カ月は予約で埋まり、キャンセル待ち51万人、日本一予約のとれないドライヘッドスパ専門店「悟空のきもち」だ。

10分で寝落ちする「絶頂睡眠」が売り

施術を受けた大半の人がすぐに「寝落ち」する「絶頂睡眠」が売りで、京都、原宿、銀座、心斎橋のほかニューヨークに店舗を展開。2019年8月13日には銀座店を4倍の広さに拡張し、グランドオープンした。

新店のコンセプトは「死後の眠りからの生還」。施術時の深い眠りと、目覚めの爽快感を臨死体験にたとえ、あの世への旅ができるアトラクション施設に見立てた店舗とした。内装装飾品の遅れから、偶然オープンがお盆初日と重なったなど、アクシデントも話題にしてしまうところに、おおらかな企業風土が見て取れる。


社長の金田淳美氏。男性社会の縦型組織を否定し、女性だけの完全フラットな運営を志している。現在はニューヨーク店を拠点に活動(編集部撮影)

それまで存在しなかった、頭のもみほぐしというジャンルをゼロから開拓したのが運営会社であるゴールデンフィールド社長の、金田淳美氏。会計士だった彼女はひどい頭痛と、「仕事中に眠くなる」「眠っても疲れがとれない」という不調に長年悩んでいた。

「マッサージをはじめ何をしても改善しなかったので、頭痛とは一生の付き合いだと諦めていました。そんなある日突然、『頭をほぐしたらいいのでは?』とひらめいたんです」(ゴールデンフィールド社長の金田淳美氏)

行き詰まりを感じていた会社を思い切って辞め、起業に踏み切った。ビジネスとして成り立たせるためには、当時の相場である60分6000円で、頭のケアだけでボディーケアに勝てるものでなければならない。

そこで、国内のさまざまなマッサージやエステなど、もみほぐしを行うサービスを片っ端から受けたという。しかし、当時、頭のもみほぐしとしては、男性化粧品のスカルプケアや、床屋・美容院やエステでついでのように行うものしかなかった。

「頭をもまれても、痛いというか、全然ほぐれないと感じていました。どう触られたら気持ちいいのかを追求し、お客様からもフィードバックをもらいながら自分でメソッドを立ち上げました」(金田氏)

頭の筋肉は主に、表情やそしゃくなどに関連する顔の筋肉を使うことによって凝り固まっていく。数ミリと層が薄いので、微妙な力加減が必要とされる。また、頭という限られた部分の60分間で、お客を飽きさせず満足させなければならないため、技術を修得するのは非常に難しいそうだ。

癒やしからアミューズメントへ方向転換

2008年11月にサービスを立ち上げたが、オープン当初からうまくいったわけではない。ほぐす、コリをとる、といったサービスは世の中にあふれている一方で、「頭のもみほぐし」というジャンルではアピールが難しかったこともある。

「エステなどでも、気持ちよくて寝てしまうということはありますが、『お金を払っているから寝ると損』と思っている人が多いですよね。だから、単に睡眠への効果をうたってもうまくいかなかった」(金田氏)

そこで、これまでに誰も体験したことのない睡眠を求めて、施術を一から見直したのが2015年頃。「絶頂睡眠」をうたい文句に、「癒やし」から「アミューズメント」へと大きく方向転換したのだそうだ。


ほとんどの人が10分で気絶するように眠りに落ちるという、独自のヘッドスパ技術(写真:ゴールデンフィールド)

体験者から「一気に寝落ちする」「目覚めたときに視界が透明になった感じ」「不眠症だったが、施術後、寝付きがよくなった」などの声が入るようになった。

内装にも工夫を凝らし、1店舗目の京都店以外では、店ごとに異なるコンセプトを打ち出したアトラクション施設のような店舗にしている。

金田氏のヘッドスパメソッドに、アミューズメント性を組み合わせた展開方法が話題を呼び、創業以来11年連続、増収増益を達成しているそうだ。しかしキャンセル待ち50万人以上という状況でありながら、店舗数拡大は検討していないそうだ。

店舗の希少価値を守るためと、客に来てもらう「目的来店型」のサービスにこだわっているためだ。なお、銀座店のように1店舗ごとのフロア拡大は図ってきており、スタッフも3年前の約30人から、現在は100人程度に増員している。

では、死後の睡眠をコンセプトとする銀座店では、どのような体験ができるのだろうか。大仏に見守られエントランスをくぐると、無限回廊と名付けられたフロアに続いている。真っ暗ななか、壁に明滅する光のアートが浮遊感を誘う。BGMもなく、人のしゃべり声もしない無音の空間だ。

施術を受ける個室に進み、専用チェアに腰を下ろして脚をフットレストにのせると、施術をするスタッフがチェアを操作して仰向けの姿勢にしてくれる。なんとこのたびは、メソッド創始者である金田氏が施術を担当してくれることになった。いよいよ絶頂睡眠体験の始まりだ。

「新しい睡眠」の先駆者でありたい

まずごく弱い力で頭皮を頭頂に引っ張るようにしながら指を少しずつずらして全体をもみほぐす。さらに左、右と首を回転させ、異なる方向からもみほぐす。ここまでで10分程度だろうか。ほとんどの人は、ここまでで寝てしまうという。

金田氏によると、さらに2巡、3巡と繰り返し、下の層までほぐしていくそうだ。凝っている筋肉表面をいくら強く押しても、中まではほぐすことができない。段階を追って柔らかくしていくという理屈だ。

筆者はほんのさわりの10分程度を受けただけだったが、最後まで受けた人によると、最初「あまりうまくない」と思いながら受けているうちに、すぐに寝てしまい、途中で起きたが二度寝してしまったとのこと。

確かに、一般的なマッサージのような感覚を予想している人にとっては、押しが弱く物足りなく感じるかもしれない。

また、施術後はトイレに行きたくなったそうだ。これはリンパ節のあるデコルテまわりを刺激されたことで、老廃物が代謝されやすくなったと考えられる。

その他、あご周りのむくみがとれて小顔になる、血行がアップするなどの結果もありそうだが、こうした2次的な作用については、同店としてはうたっていない。あくまで、「眠る楽しみ」「新しい睡眠」の先駆者でありたいという方針からだ。

このように、癒やしを提供するサービスとしての枠を打ち破った「悟空のきもち」だが、そのほかにも企業という形態に収まりきれないさまざまな取り組みに挑戦している。

1つには、社員は全員セラピストで、女性限定。社長以下完全にフラットな組織であること。月に決められた勤務時間内であれば自由に組み立てられるシフト制で、急に休みたくなったときも、社員同士スマホのLINEネットワーク上で交替してもらう。「苦しい言い訳は双方が苦痛」だからだそうだ。

いつどの店舗に行くかもスタッフに任されている。お客はスタッフの出勤時間に合わせて予約を入れるので、スタッフにとっては「待ち」の時間がない。さらに、会議や朝礼といった強制的なコミュニケーションはいっさいしないという。驚くのは、人事面のゆるさ。面接なしでSPI試験のみで雇用し、退職もスマホでできるという。

スタッフの自主性を第一に考えて運営

スタッフの自主性を第一に考えたこうした運営は、金田氏自身が男性社会の縦型組織構造のなかで縛られ、苦しんできた経験が元になっている。

「店長の役職を置いたこともありましたが、退職が続出しました。今はスマホの一押しで退職できるのに、逆に定着率はアップして、退職する人は業界平均を大きく下回る数%レベル。女性は褒められてやる気を出す人が多い。管理せず自分の裁量でやってもらったほうが、きちんとした仕事をすると思います」(金田氏)


掛け布団や抱き枕として使える寝具「睡眠用うどん」(写真:ゴールデンフィールド)

将来の目標や計画もない。ヘッドスパの会社なのに、「うどん」「たわし」など飛躍した発想で寝具を開発し、、それが大ヒットして中国にまで売れている。ちなみにうどんは、2019年8月の発売時点で1万2000個を受注したそうだ。

「セラピストの女の子とごはん(うどん)を食べに行って、おしゃべりをしていて生まれた商品。会議で意見を聞きたいなんていうと、かえってアイデアも出てこないし、しゃべらなくなりますよ」(金田氏)

数値目標も計画もない。「〜しなければならない」というすべてのものを壊しながら、人気であり続けるのが目標だ。そのために、「暇さえあれば、SNSでお客様の声を拾っている」(金田氏)とのこと。これからも、誰もいない境地をオンリーワンで走り続けていく。