前回でも解説した通り、日本で初めて「TM」が一般の人々に紹介されたのは、1985年の『日本経済新聞』に掲載された「サラリーマン」というタイトルの連載コラムだったとされている。同年、まるごと一冊「TM」を解説した新書が刊行された。それがPHP研究所から出版された『超瞑想法 TMの奇跡 「第四の意識」であなたは変わる』(マハリシ総合研究所・著/船井幸雄・加藤修一・監修/1985年/PHPビジネスライブラリー)だ。一般向け書籍としては、これが日本初の「TM解説本」だったと思う。

『超瞑想法 TMの奇跡 「第四の意識」であなたは変わる』(マハリシ総合研究所・著/船井幸雄・加藤修一・監修/1985年/PHPビジネスライブラリー)。一般向け書籍として発売された「TM入門」としては本書が日本初。

 

いうまでもないことだが、『日経新聞』のコラムで紹介されたり、新書の「監修」に船井総研の船井幸雄氏、政治家の加藤修一氏の名が掲げられたりしているのを見れば、日本でも「TM」は最初から財界・政界のいわゆる「勝ち組」向けの「瞑想」としてセッティングされていたことは一目瞭然だ。アメリカ本国のセレブたちの最新トレンドの並行輸入という形で普及した、というか、普及が目論見られていたのだろう。バブル期には出勤前にフィットネスジムに通うNYの「パワービジネスマン」のライフスタイルや、「米国の成功者が好んで食べる」ということでNY式ベジタリアン食が流行するなど、妙なものが急にブームになったりしていたが、まぁ、流れとしてはああいう形だったのだと思う。

 

しかし、この『超瞑想法 YMの奇跡』に注目したのはビジネスシーンの「勝ち組」や、その予備軍だけではなかった。まったく真逆の超ボンクラ層も飛びついたのだ。それが僕ら、つまり60年代のヒッピーカルチャーの「古い瞑想」にアホな憧れを抱く80年代のロック少年少女たちである(このあたりの経緯は前回のコラムを読んでいただきたい)。向上心に溢れるエリート志向のビジネスマンと、およそカネや権力に最も縁遠い「最弱層」も同時に惹きつけたという部分が、今にして思えば日本における「TM」ブームのおもしろいところだ。

 

もちろん僕も『超瞑想法』を刊行直後に購入し、ワクワクしながら読みはじめた。今まではロック関連の書籍などで「とにかくスゴイらしい」ということだけは知らされていながら、「TM」の実態は具体的になにもわからなかった。この入門書を一冊読めば、いよいよその「スゴさ」が体感できるのだと胸をふくらませたわけだ。

 

しかし……読んでもなにひとつわからなかった。この本の内容は、抽象的な概要の解説と、財界・政界の著名人たちが入れ代わり立ち代わり「『TM』はほんとにスゴイ! あなたも絶対にやるべきだ!」といったコメントを寄せているだけで、あとは「詳しくはこちらに電話してください」と講習会やセミナー、各教室のリストが掲載されているだけ。本一冊がまるごと長い長い通販広告みたいな構成になっていたのである。

 

「なんだこりゃ、バカヤロー!」と落胆したが、しかし、解説を読むと「TM」は基本的に指導者からマンツーマンで教えを受けなければ修得できず、マニュアル化して不特定多数に伝えられるものではないらしい。僕は「そういうものなのか」と納得し(当時は非常にスナオな少年だったのだ)、「よし、瞑想教室に通ってみるしかない!」と決心した。当時クラスメイトと組んでいたボンクラロックバンドのメンバーも誘って、本のリストにあったマハリシ総合研究所のセンターに予約を入れたのである。

 

が、一緒に行くはずだったバンドのメンバー(彼はジム・モリソンに心酔していた。ドアーズもかつて「TM」の影響を受けたバンドである)は直前になって「ごめん。なんだかちょっと怖いから、やっぱり行くのやめるわ」などと言い出しやがり、結局、僕ひとりでセミナーに参加することになってしまった。

 

ものすごく「普通」だった「瞑想教室」

このあたりの記憶がどうもはっきりしないのだが、僕が通った「瞑想教室」は、「中野」という文字が入っているけどJRの中野ではない地下鉄の駅から、徒歩5分くらいのところにあったと思う。「新中野」か「中野坂上」ではないかと思うのだが、『超瞑想法 TMの奇跡』のリストを見る限り、当時のマハリシ総合研究所は東京には渋谷にしかない。センターから各教室にふり分けられるようなシステムになっていたのか、それとも単なる記憶違いで渋谷の教室に行ったのか、今となってはよくわからない。

 

とにかく僕がかなり緊張しながら足を踏みいれた「瞑想教室」は、住宅街の雑居ビルの3階だか4階にあった。フロアはかなり広く、大きめの会議室のような教室が3つほどあったと思う。僕はそのひとつに迎え入れられた。一緒に教室に入ったのは10人ほど。正直、「瞑想」などというものにそれまで関わったことのなかった僕は、「ヤバい人たちが集まってくるんじゃないだろうか?」みたいな恐れを抱いていた。目がイッちゃってるガチなヒッピー系の残党とか、『イージーライダー』のデニス・ホッパーみたいなヤツらばかりだったらどうしようとアホなことを考えていたのだが、教室に集まった人たちは、いたって普通。というより、あまりに普通すぎてちょっと妙に感じるほどの面子だった。当時でいうOL風の女性が数人、サラリーマンらしきおじさん、彼よりちょっと若いサラリーマン、専業主婦らしいおばさん、そしてお父さんと娘の親子連れ。ロックっぽさも、ギラギラした「エグゼクティブ」な雰囲気もまるでない。街の病院の待合室みたいな感じで、ごくごく普通の人が普通に集まっているという極めて平和な状況だった。一番年下が親子連れの娘さんで、彼女が小学校の6年生くらい。次が当時17歳だった僕で、あとは30〜40代という構成だったと思う。

 

講師の先生も想像していた「インドの行者」みたいな雰囲気はまったくなく、物静かな若いサラリーマン風の男性で、いたって普通のスーツ姿だった。この先生から確か3〜4日ほどにわたる授業(?)を受けたのだが、その内容は「TMの概要」「効果」、そして「簡易的な瞑想」の練習で構成されていた。「簡易的な瞑想」とは、「TM」のキモである「マントラ」を使用しない予行演習的な瞑想だ。「マントラ」とは、「TM」中に頭のなかで繰り返す4文字程度の意味を持たない語句。一種の呪文のように聞こえるものだが、この無意味な言葉をひたすら反復することによって、いわゆる雑念(日常的なアレコレの思考)を抑制するわけである。この「マントラ」は一律に決まっているわけではなく、一人にひとつずつ、個別に専用のものが与えられる。この「マントラ」の授与(?)は講習会の最後に行われ、このときに講習料金を支払う仕組みになっていた。つまり、数日間の概要説明の授業を聞き、意思が変わらなければお金を払って「マントラ」をもらう。途中で嫌になれば、そのまま脱落してしまってもOKで、その場合は料金は不要……という、かなり良心的なシステムなのである。

 

料金についてはうろ覚えだが、高校生の僕でもなんとか払えた金額なので、3万円程度だったと思う。『超越瞑想法 TMの奇跡』を見ると、当時の料金は「一般:3500円、主婦・学生:2500円」と記されている(これはあくまで当時の価格。現在はもっと高額になっているらしい)。

 

というわけで、次回は無事に「TM」を修得(?)した僕は果たしてサイケでフラワーでラヴ&ピースな「世界の向こう側」を見ることができたのか?……といったあたりを回顧してみたい。

1985年3月号の「ムー」より。同誌が「TM」の特集をしたことはないようだが、少々関連しているのがこの「実用スペシャル ヤントラ瞑想術」。「ヤントラ瞑想」とは「TM」から分岐されたとされる「瞑想法」で、「TM」の「マントラ」(言葉)の代わりに「ヤントラ」(図形)を使用する。どちらも瞑想中の「意識の乗り物」(精神の深部へおりていくためのツール)として活用される。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第39回 80年代・バブル前夜に流行した「超越瞑想」

◆第38回 ぼくの実話怪談・箱根・仙石原の怪(後編)

◆第37回 ぼくの実話怪談・箱根・仙石原の怪(前編)

◆第36回 権力と心霊譚、「津の水難事故怪談」の政治学

◆第35回 「津の水難事故怪談」の背景にあった「悲劇の連鎖」

◆第34回 テレビとマンガが媒介した最恐怪談=「津の水難事故怪談」

◆第33回 あの夏、穏やかな海水浴場で何が?「津の水難事故怪談」

◆第32回 「小坪トンネル」は本当に「ヤバい」のか?

◆第31回 「小坪トンネル怪談」再現ドラマの衝撃

◆第30回 70年代っ子たちと『恐怖の心霊写真集』

◆第29回 1974年『恐怖の心霊写真集』の衝撃

◆第28回 「コティングリー妖精写真」に宿る「不安」

◆第27回 コティングリー妖精写真と70年代の心霊写真ブーム

◆第26回 ホラー映画に登場した「悪魔の風」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

 

関連リンク

初見健一「東京レトロスペクティブ」

 

文=初見健一

 

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