さくら総合リートをめぐり、Jリート史上初めての敵対的買収劇が繰り広げられた(記者撮影)

Jリート(上場不動産投資信託)史上初の敵対的買収劇は、制度の間隙を突いた形での決着となった。

8月30日、都内の貸会議室には張り詰めた空気が流れていた。この日、さくら総合リート投資法人との合併を求める2つのリートが綱引きを繰り広げた。結果は、三井物産などをスポンサーとする投資法人みらいとの合併案は定足数が満たされずに上程されず、独立系のスターアジア不動産投資法人との合併案が可決された。

1日に投資主総会が2回開催される異常事態

これで一件落着かと思いきや、関係者からは合併手続きの疑義や制度上の不備を指摘する声が上がっている。

まずは経緯を簡単に振り返ろう。事の発端は今年5月10日、スターアジアの運用会社がさくらとの合併を提案したことに始まる。物件運用の不手際や運用コスト高などを理由に、さくらに代わってスターアジアが運用を担う方が投資家の利益になるというのが言い分だ。


寝耳に水の合併提案に対してさくらは猛反発。スターアジアの提案を受け入れないよう投資家に訴えるリリースを発表した。その後、両方の運用会社は、運用会社としてどちらが適任かを争う展開が続いた。

事態が動いたのは6月28日。スターアジアが関東財務局に対して申し立てていた、合併の可否を決する投資主総会の招集が認められたのだ。スターアジアは当時、さくらの投資口の約3.6%しか保有しておらず、少数投資主による総会の招集請求が認められるかどうかが注目されていた。

招集請求を認めないよう働きかけていたさくらは、反撃に転じた。同じ6月28日、さくら側も自ら投資主総会を開催することを発表した。その結果、スターアジアとさくらがそれぞれ主催する総会が、同じ8月30日に開催されるという異例の事態となった。

さくらが投資主総会を開催した背景には、「ホワイトナイト」の存在があった。

さくらは水面下で20社以上のリートと話し合いを進めていた。そして、7月19日に三井物産などをスポンサーとする投資法人みらいと合併に関する基本合意書を締結したと発表した。

ホワイトナイトが出現したかに見えるが、合併によってさくらは消滅し、実態はみらいによるさくらの完全な吸収合併だ。さくらにとってみれば、「(みらいが存続法人となることが)投資主の価値の最大化につながる」という苦渋の決断だった。

みらいがさくらとの合併に応じたわけ

では、みらいはさくらとの合併になぜ応じたのか。8月中旬に開催された投資家説明会で、みらいの運用会社である三井物産・イデラパートナーズの菅沼通夫代表はこう語った。

「みらいとさくらが合併すれば資産規模が合計2000億円となるが、この数字は極めて重要だ。世界的なリート指数であるグローバルインデックスに組み入れられる可能性が高まり、投資家に買われるようになる」

国内の金融環境も無視できない。現在、みらいの信用格付けはシングルAだ。仮にさくらと合併を果たせば、ダブルAに格付けが上がる可能性が高まる。「日本銀行はリートの買い入れ対象をダブルA相当以上としており、日銀や(日銀の買い入れ状況を指標とする)地銀からの買い入れが期待できる」(三井物産金融事業部アセットマネジメント事業室の上野貴司プロジェクトマネージャー)。

一方、スターアジアは現在信用格付けを取得していないが、「さくらと合併することで、格付け取得の可能性が高まる」(スターアジアグループの杉原亨氏)と期待する。

資産規模がわずか約500億円の小規模リートが、合併相手としてひっぱりだこになった背景には、少しでも規模を拡大させて高い格付けを取得し、投資家の目に留まりたいという思惑が透ける。


「格付けの低いリートは、機関投資家へのIR説明のアポイントさえ取れない」(上場リート運用会社の関係者)。買われるリートは買われ続け、買われないリートはいつまでも買われないという格差が横たわる。

リート特有の「みなし賛成」が事態を複雑にした

さらに、今回の合併で争点となったのが、「みなし賛成」というリート特有の制度だ。通常の株主総会と異なり、リートの投資主総会では議決権や委任状を行使せずに無投票となった票は、自動的に「賛成」として数えられる。

みなし賛成制が導入された背景について、投信法見直しに関する金融庁の会議ではこう述べられている。「リートの投資主は議決権の行使よりリターンに関心があるため、投資主総会への出席も期待できない。投資法人の円滑な運営を進める上で(みなし賛成制度は)必要だ」。元々は定足数が満たされずに、総会で何も決められなくなってしまうことを避けるための特例だった。

ところが、今回はこの「配慮」が事態を複雑にした。合併提案には投資主の3分の2の賛成が必要だが、みなし賛成制度を利用すれば反対票が賛成票を上回ったとしても、それ以上に無投票が多ければスターアジアとの合併が承認されてしまうからだ。

そこでさくらは奇策に出た。スターアジアが主催する投資主総会に修正動議を提案したのだ。この結果、スターアジア側の執行役員を就任させ、スターアジアと資産運用委託契約を結ぶ議案と、みらい側の執行役員を就任させ、みらいと資産運用委託契約を結ぶ議案が並存することになった。

さくらの狙いは、スターアジアによるみなし賛成制度の活用を封じることにあった。実は、みなし賛成制度を規定している投信法93条1項には、「複数の議案が提出された場合において、これらのうちに相反する趣旨の議案があるときは、当該議案のいずれをも除く」とただし書きがある。

さくらが修正動議を提出したことで、みなし賛成制度を適用すると矛盾が生じるため、適用されなくなるのだ。スターアジアも総会2日前の8月28日、修正動議の存在を理由にみなし賛成制度を適用しないことを表明した。


さくら主催の総会には票を投じなかった投資主も多かった(記者撮影)

スターアジアも、さくらが主催する総会でのみなし賛成制度を活用できないように策を講じた。「スターアジアの合併提案が否決されるまで、さくらはみらいとの合併提案を決議できない」という趣旨を投資法人規約に盛り込む議案をさくら主催の投資主総会に提出した。午前中のスターアジア主催の総会で合併提案が可決された後、午後に行われるさくら主催の総会でみらいとの合併提案が可決され、スターアジアの提案が骨抜きにされることを防ぐ狙いだ。

個人投資主はさくら、みらいに厳しい声

こうした水面下の暗闘の結果は、冒頭の通りだ。スターアジア主催の総会では合併提案が可決され、さくら主催の総会は定足数を満たさず議案は上程されなかった。

投資主総会で議決を行うには、一定割合以上の投資主の出席(定足数)が必要だが、これは議案によって過半数の場合と3分の2の場合がある。スターアジア主催の総会は過半数、さくら主催の総会は3分の2が定足数だった。

さくらとみらいは「みなし賛成が適用されていれば、われわれの合併提案が可決されていた」と悔しさをにじませる。だが、みなし賛成がなくてもスターアジアとの合併提案が可決された事実は、さくらとみらいに重くのしかかる。

午前、午後ともにスターアジア側に票を投じたという60代の男性は、「提案内容はスターアジアの方が有利だ。さくらは、みらいとの合併が投資主の利益になると言うが、スターアジアからの合併提案を受けて慌てて対応した印象を受ける」と手厳しい。同じくスターアジアの提案に賛同した50代の男性も「みらいは自身の格付けを上げることだけを考えている印象を受ける」と話す。

他方で、合併が承認されたスターアジア側も、前途洋々というわけではない。今回承認されたのは完全な合併ではなく、スターアジアの運用会社の下にスターアジア不動産投資法人とさくら総合リート投資法人という2つのリートをぶらさげる形をとる。2つの投資法人を合併するには、さくらが諮ったような合併提案をスターアジア自身も行う必要がある。

ただし、合併内容について事前に合意したみらいと異なり、スターアジアは合併比率などの条件を非公式に提示したのみで、さくらとの正式な合意には至っていない。同社は今年末にも合併の承認を求める投資主総会を改めて開く予定だが、提示した合併条件が投資主の意向に沿わなければ、スターアジア自身が合併を阻まれるリスクがくすぶる。

約4カ月にもわたった買収劇は、Jリートをめぐるさまざまな制度的不備を浮き彫りにした。東証に初のリートが上場してから、今月でちょうど18年。これを機に、リートのあり方を今一度点検する必要がありそうだ。