オフィス労働生産性を向上させるために(3)兼務数を減らし集中思考せよ/日沖 博道
新規事業の企画・開発を支援する幣社の仕事のやり方は、顧問方式ではなくプロジェクトベースだ。すなわちクライアントが解決したい課題テーマ毎にプロジェクトを起こして、クライアント側にも対応チームを作っていただいて一緒に短期集中的に対処する方式である。
早ければ2ケ月程度、長くとも半年程度の期間で集中的に、日常業務では取り組めなかった「難題」に集中して取り組むので、クライアント側から参加するプロジェクトチームは期待に応えられるだけの力量を持ったメンバーが通常選抜される。
一流企業の中の選抜メンバーなので、世の中の水準からいうとかなり高い知的水準と思考能力の持ち主たちである。そんな人たちの能力一杯を引き出すスピード感で弊社のプロジェクトは進める。週1〜2度のミーティングの際に各自もしくはチームに対しタスクを提示し、その「宿題」を片づけてもらって次のミーティングで検討内容を討議した上で次のステップに進む、というパターンが多い。
同様に高い知的水準と思考能力を持つメンバーではあっても、実際には出来不出来の差も大きい。もちろん慣れ・不慣れといった要素が当初は大きいが、それは最初の2週間程度の話である。その後の差は、それまでの仕事で思考・分析・行動能力が鍛えられていたかで決まることが少なくないのが現実だ。これはいかんともしがたく、ここでは話題から除く。問題はそれ以外のケースだ。
経験も似たようなもの、それまでの仕事振りも似たように評価されたメンバーでありながら、プロジェクトでのパフォーマンスに歴然とした差が出るのは、「抱えている仕事の多寡」の違いのせいである。もちろん少ないほど当該のプロジェクトに集中できて、高いパフォーマンスを示してくれる。
実は経営コンサルタントでも似たようなもので、経験の浅い平(ヒラ)のコンサルタントに複数のプロジェクトを担当させると、途端にパフォーマンスが落ちてクライアントに迷惑をかけかねない。そのため小生がADLのオフィスマネジャーだった頃、他の戦略ファームと違って平のコンサルタントには一つしか担当させないようルール化した(実は最近、ADLの人から今でもこのルールが生きていると聞かされて、嬉しくなった)。
2〜4個のプロジェクト(もしくは担当の仕事)を抱えているメンバーは、一日のうちでも複数の会議に、頭の切り替えが十分にできないまま出席している可能性が高い。ましてやある会議が終わった後に1つないし2つ前の会議に関する思考を深めようとしても、重要でありながらそもそも思い出せない事柄が多いはずだ。
ちなみに一般の会社では偉くなればなるほど多くの会議に出席することになるが、普通の人ならこの切り替えがうまくいかずに会議での思考や発言が凡庸になっていくことで、上級役員の覚えが悪くなり出世の道が狭くなる(とはいえ、そうした頭の切り替え能力だけで役員になるかどうかが決まるなどと短絡してはいけない)。
会議での思考や発言だけではない。特に我々が支援する新規事業のように前例のないことを検討する場合、むしろもっと大事なのは個々のメンバーが自分の頭で考え、調べて分析し、検証する部分だ。そしてこの思考の時間の質はどれだけ集中できるかに掛かっている。
そして本当に集中して思考することを繰り返すと、その時にはいいアイディアを思いつかなくても潜在意識下で脳が考え続けるのだろう、何かの拍子に(床に就いたり、お風呂に入っていたりする時などに)いいアイディアが「降りてくる」ものだ(「エウレカ!」の瞬間である)。
集中モードが本当に高まってエンジンが掛かるのには、ある程度のウォーミングアップ時間がどうしても必要だ。そして集中モードが続く時間は通常長くない。一般の人で精々1時間から1時間半である(研究肌の人や思考慣れした人だと最大3〜4時間持つかも知れない)。ましてや会議や電話で一旦中断されると集中モードは途切れ、再度高めるのにはウォーミングアップ時間がまた必要なのだ。
したがって、一日の間にどれほど集中モードの時間を確保でき思考を深められるかというと、実に心許ないことが分かるだろう。
たとえ一つのテーマに専念している人でも会議や電話で中断されるとその度に集中モードは消滅し、思考の質は著しく低下する。ましてや幾つもテーマを抱えている人は会議や電話で中断されることがそれだけ頻繁になり、残った思考時間をそれぞれのテーマが取り合って、わずかしか思考を深めることができない結果となるのだ。これでは「エウレカ!」は望めないのは当然だ。
幾つもテーマを抱えているメンバーが「済みません、時間がなくて」と申し訳ない様子で謝りながら、実際にあまり考えてこなかったことが歴然の成果を報告することは少なくない(小生の別コラム記事)。こんなことではせっかく選抜されたのにまともなパフォーマンスを発揮できないし、周りのメンバーの足を引っ張る結果にしかならないので、小生はそうしたメンバーに重要なタスクは振らない。
世間では「忙しい人に頼め」とよく言われる。つまり仕事ができる人ほど忙しいので、そうした忙しい人にあえて依頼したほうが結局はいい結果をもたらすという話だ。それが正しいケースも確かにある。
しかしそれは深い「知的思考」があまり必要とされない、手順が比較的明確で「段取り」さえ正しく行えば完成できる、「作業」的なタスクを依頼する場合の話なのだ。新規事業の検討など、前例がなくクリエイティブでロジカルな深い思考を要する場合には必ずしも当てはまらない。
ではどうすればいいのか。もうお分かりだろう。第一に必要なのは、兼任プロジェクトを減らすことだ。優秀な人だからと別のプロジェクトの重荷をどんどん肩に載せる代わりに、プロジェクトの検討期間をぎりぎり短く区切って、どんどん完了させてから新しいプロジェクトを担当させる。そしてできるだけ違う人でタスクを分担させるのだ。これは仕事をアサインする側の責任者が肝に銘ずべきことだ。
そして職場環境として思考を中断する要素を極力減らすことが不可欠だ。会議は最小限とする。そのために絶対呼ばなくてはならない人以外は参加招集しない(小生の別コラム記事を参照されたい)。
そして電話を受けるタイミングを、「集中思考」時間帯を外した、限定した時間帯だけと決めておく。それ以外は留守電にしておき、必要な人には後ほど折り返し電話すればよい。オフィスの固定電話も(ボイスメール機能を搭載するだけでいい)、携帯電話も同様だ。
忙しい中でパフォーマンスを上げる必要のある「偉い人」たちは秘書を介することで、こうした「雑音」を避けるようにしているのだ。そこまで偉くない人は自分で工夫すべきだ。
メールも同様に「集中力」を下げる元凶だ。「集中思考」時間帯にはメールをチェックしてはいけない。したがってメール着信を知らせる機能は問答無用で外すべきだ(マイクロソフトやPCメーカーなどはこうした機能が「コミュニケーションを活発化しオフィスの生産性を向上する」などとうたうが、決して騙されてはいけない)。
こうした「雑音」を遮断する仕事のスタイルは現代の「コミュニケーション最重視」の風潮下では主流ではないため、その採用を躊躇する気持ちは理解できる。いわく「お客から問い合わせが入るかも知れない」「重役からのお誘いを逃してしまうかも知れない」「協調心がない奴だと思われて職場で浮いてしまう」…云々かんぬん。
もちろん、問合せ窓口担当や、職場の雑用を一手に引き受ける最下っ端の人にまではお勧めはしない。また、「連絡の取りやすさ」を売りにしている営業担当者や、社内の事情ハブを自負している人にも向かないスタイルだ。
しかし、思考の深さがアウトプットの違いをもたらすクリエイティブな知的生産で成果を生むことが何より求められている、現代の「できる」ビジネスパーソンにならば、是非お勧めしたい仕事スタイルだ。