いまサウナがブームだ。この様子を本場フィンランドの人はどうみているのか。2015年から日本に滞在しているフィンランド大使館のマルクス・コッコ報道・文化担当参事官は「日本のサウナは禁止事項が多い。サウナはしがらみから解放される場所なので、フィンランド人は不思議に感じるだろう」という――。

■フィンランド人にとって「ロウリュ」は不可欠

週に1〜2日はサウナに行き、一般家庭でもサウナつきのコテージを所有するほど「サウナ好き」なフィンランド人。マルクスさんも2015年に来日してから、スポーツジム併設のサウナや温泉地のサウナ、そして街中の「フィンランド式」をうたうサウナなど、日本各地のサウナに入ってきた。

そのなかで気づいたのが、日本の場合は熱したサウナストーンに水をかけて蒸気を生じさせる、「ロウリュ」のできないサウナが多く、ロウリュがある場合も、やり方が違うということだった。

「日本で一般的なのはドライサウナで、これはフィンランドと同じ。熱い石を人々が囲んで汗を流すスタイルですね。しかし、フィンランドではこの石にさらに水をかけて生じる蒸気を浴びるんです。多くの日本のサウナは各自の裁量で石に水をかけることができませんし、できても『水をかけるのは5分に1回』のようなルールがある。私たちにとってロウリュはサウナに不可欠なので、ロウリュが十分でないとサウナの体験が完成されません」

撮影=プレジデントオンライン編集部
マルクス・コッコ報道・文化担当参事官。「フィンランド式」というサウナがあると訪れてみるという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■しがらみがない場所に「ルール」がある不思議

日本のサウナの温度は熱い。しかしマルクスさんにいわせれば、「ロウリュにより得られる湿度を帯びた熱とは質が違う」。また、フィンランドのサウナには禁止事項がほとんどないのに比べて、日本のサウナは行動に制限が多いことも違和感があるという。

「ロウリュをすると熱い蒸気が立ちこめますから、『する前には周囲の人に一声かける』といった礼儀は存在します。しかし、サウナの本質はルールや時間といった、しがらみから解放された状態で、自分の体の声に耳を傾け、深いリラックスを体験することです。そこでロウリュの回数や時間に制限があるというのはちょっと不思議ですね」

他にも、日本のサウナではテレビがついていたり、BGMが流れていたりする。しかし、マルクスさんは「私が知る限り、このような要素はフィンランドのサウナにはありません」という。「フィンランド人にとってサウナは神聖な場所」だからだ。

■サウナを楽しみソーセージを焼いて食べる「リラックス」の形

マルクスさんによれば、サウナはリラックス、そしてそれを共に体験する人との社交の場だ。なにか要素を追加するとすれば、森の中の新鮮な空気であったり、飛び込める湖であったりと、フィンランドに豊富にある自然に由来するものになるそう。

一方で、「サウナの楽しみ方自体にもルールはありません」とマルクスさん。リラックスの形の一つとして、フィンランドにはサウナを楽しみながら食事をする、「サウナフード」という文化があることを紹介してくれた。

前述したようなコテージのサウナでは、サウナに出たり入ったりすることが落ち着いたタイミングで、集まった仲間たちでソーセージを焼くなどして軽食を取るのだ。こうしてサウナを通じて絆を深める。また、その際にはビールが「サウナドリンク」になる。「神聖な場所」ではあるが、決してストイックな場所ではないようだ。

本場でもサウナの文化は移ろっている。例えば、かつてフィンランドでは土曜日に家族一緒にサウナに入ることが多かった。しかし現在、この「週末に家族でサウナ」はあまり見ない光景になりつつある。

都市部での住居の主体は日本同様にマンションだ。各部屋にサウナがあるマンションでは、ベランダで外気浴をする人もいる。ただし、「都市部とはいえ空気は新鮮」であるため、イメージは日本とは異なるかもしれない。

■体温を「上げて、下げる」のがサウナの肝

本場の国・フィンランドを離れ、日本で「ガラパゴス的」と言える進化を遂げるサウナ。「○分入ったら、水風呂に入ろう」と修行のようにサウナに入る日本人の姿は、リラックスを重視するフィンランドの楽しみ方とは異なる。

日本でのブームはどのように受け止められるのだろうか。マルクスさんは、「もともとフィンランド語である『サウナ』という言葉が、文化として日本で浸透しているのはとてもうれしい」という。その上で、サウナをサウナたらしめる要素をこう説明する。

「サウナにとって重要なのは、体温を『上げて、下げる』を繰り返すこと。その体験ができるのであれば、それはサウナだと言えます。日本ではサウナの外に出て森で新鮮な空気を浴びたり、湖に飛び込んだりすることは難しいかも知れませんが、『水風呂』のような代わりとなる方法も生まれている。みなさんの好みに合わせて、さまざまな楽しみ方を編み出してほしいですね」

■スマホのことは忘れて時間からも解放される場所

日本独自の文化として、この水風呂とサウナを繰り返して到達する感覚を「ととのう」と表現することがある。マルクスさんはこの言葉に、日本にサウナ文化が普及したヒントがあると分析する。

「フィンランドには『ととのう』のように直接的に表現する言葉がないのですが、これは私たちがサウナで体験する深いリラックスと同じ状態を指していると感じます。この共通点から考えるに、私たちにはきっと自然の豊かな国に生まれた者同士、よく似たところがあるのでしょう。これが日本でフィンランドの文化であるサウナが普及した理由なのかもしれません」

フィンランド大使館内には大使の来客用と職員用のサウナが二つある。この春には敷地を一般開放し、職員用のサウナで熱した石に水をかける「ロウリュ体験」を行った。また抽選に当たった男女合計20名は、来客用サウナに実際に入る体験をした。「サウナは人と人をつなぐ場所」(マルクスさん)として、引き続きサウナ文化の普及・発展に努めていくという。

「サウナは深いリラックスを得るには最適な場所であり、だからこそ、そこで生まれる人の縁も価値あるものになります。そこで日本のみなさんにおすすめしたいのが、スマホなどのデバイスのことはいったん、忘れてしまうこと。ルールや時間といった社会のしがらみから解放されるような、静かで落ち着いたサウナを見つけてください。そこでロウリュが体験できると、なおいいですね(笑)」

画像提供=フィンランド大使館
フィンランド大使館内にある来客用のサウナ - 画像提供=フィンランド大使館
画像提供=フィンランド大使館
サウナの隣には外気浴のできるバルコニーがある - 画像提供=フィンランド大使館

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朽木 誠一郎(くちき・せいいちろう)
ライター・編集者
地方の国立大学医学部を卒業後、新卒でメディア運営企業に入社。その後、編集プロダクション・有限会社ノオトで基礎からライティング・編集を学び直す。現在は報道機関に勤務しながら、フリーライターとしても雑誌『Mac Fan』連載「医療とApple」など執筆中。主著に『健康を食い物にするメディアたち』(ディスカヴァー携書)。
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(ライター・編集者 朽木 誠一郎)