都内では最低賃金を上回る「時給1000円」を超える求人も珍しくなくなったが、さらに上昇する気配を見せている

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史上初の最低賃金900円台、一方で経営者は新たなコストアップが悩みに

 7月31日、厚生労働省・中央最低賃金審議会の小委員会は、時給に相当する最低賃金の目安について、2019年度は全国平均で27円引き上げ、901円にすることを決定した。全国平均の引き上げ率は約3.09%で、3%台の増加率は4年連続。全国平均が900円を超えるのは初めてとなる。

 近年、深刻な人手不足に陥っているものの、賃上げは思うように進んでいない。政府は「骨太の方針」に基づいて最低賃金の全国加重平均1000円を目指し、賃上げと消費拡大を両輪で進めたい考えだが、企業側では賃上げが収益悪化につながりかねないと指摘している。近年は人件費のみならず、原材料価格の高騰など収益環境が厳しいなか、最低賃金の大幅引き上げという新たなコストアップは企業経営者にとって悩ましい問題となりそうだ。

人材採用の切り札、うなぎ上りの“採用時給”は最低賃金とのかい離も大きく

 「時給1100円」「深夜時給1300円」―東京都心のみならず郊外でも、時給が1000円を超えるアルバイト募集の案内を出す店舗は珍しくない。しかし、ある人材派遣会社の社員は、「好待遇でも応募がなく、人材採用に至らないケースも多い」と話す。

 背景にあるのは深刻な人手不足。人材採用の切り札として、高時給など他社より好待遇を提示する事で採用を有利に進めたい企業の思惑がある。実際に帝国データバンクが企業向けに行った調査では、2019年度に賃金改善を行う企業は5割を超え、そのうち約8割が「労働力の定着・確保」を理由に挙げた。企業の半数超が人手不足を感じるなか、「(人材確保や会社への貢献から)賃金はわずかであっても上昇させたい」など、人材の定着・確保のために賃上げを実施する傾向は中小企業でも一段と強まっている。

 こうしたなか起こっているのが、企業が実際に支払う採用時の時給と最低賃金とのかい離だ。2018年度の調査では、従業員採用時の際の最も低い時給は平均975円。同様の調査で把握可能な16年度の958円から17円上昇、18年度当時の最低賃金における平均874円からは101円上回っている。地域によってもそのかい離は大きく、18年度は特に大分県や愛媛県などでは定められた最低賃金から150円以上も高い水準だ。

 また、採用時給は18年度時点でも既に19年度の最低賃金を大きく上回っており、多くの企業が最低賃金を大きく上回る水準に設定しているのが実情だ。そのため、「(賃金上昇は必要だが)業績が伸び悩むなか実施に踏み込めない」「固定費としての人件費負担は重い」など、さらなるコスト負担増による企業収益への影響に懸念が広がっており、これ以上の賃金引き上げは難しいといった声も出始めている。

2019年度の総人件費は約5兆円増と試算 一方で消費拡大に懐疑的な見方も

 今後、企業の人件費負担はどこまで上昇するのか。帝国データバンクは、2019年度の賃金改善における総人件費は前年から約5.2兆円、平均では前年度比で3.02%増加すると試算した。特に、人手不足が深刻な運輸・通信や建設、サービスといった業界では全体平均を上回る増加率を見込む。今回の最低賃金の引き上げにともない、業種や地域によってはさらなる上乗せを迫られる可能性もあろう。

 今後は、政府の狙い通りに最低賃金の引き上げによる経済効果、特に低迷する個人消費を喚起できるかが焦点となるが、その先行きは不透明だ。最低賃金の引き上げ額が過去最高を更新していた2018年度当時は、自社のコスト増に繋がるにもかかわらず引き上げ額を「妥当」と答えた企業は43.8%で最多だったが、消費回復に効果が「ある」と答えた企業は9.0%にとどまるなど、最低賃金引き上げがもたらす消費活性化への効果を懐疑的に見る企業は多かった。とりわけ、10月に予定されている消費税率引き上げ、各種社会保険など国民負担割合が徐々に高まるなかで「可処分所得が増えなければ消費は増えない」との声も聞かれており、最低賃金の引き上げがもたらす副作用にはなお慎重な検証が不可欠になるとみられる。