今から1年前。レアル・マドリードはチャンピオンズリーグ3連覇という華々しい偉業を達成した。その瞬間、彼らは間違いなくスポーツ界が世の中に供する「最強」の形容、象徴だった。だがしかし、やはりフットボールには今、この瞬間しか存在しないのだ。世界最高のクラブを自負するレアル・マドリードならば、なおさらである。


オフシーズン早々に、レアル・マドリードはアザールの入団セレモニーを行なった

「ア・ポル・ラ・デシモクアルタ(通算14回目のチャンピオンズカップ/リーグ優勝へ)!」

 デシモテルセーラ(13回目の優勝)を果たした直後から、レアル・マドリードのファンはそう叫んだ。ここまで、どれだけの喜びを享受しようとも、彼らの欲求には果てがない。容赦もない。そして欲求が満たされなければ、生じるのは失望だ。今年3月のホームスタジアム、サンティアゴ・ベルナベウでは、わずか1週間の内にその感情がこれ以上ないほどに充満することになった。

 コパ・デル・レイ準決勝セカンドレグのバルセロナ戦(0−3、2戦合計1−4)、リーガ・エスパニョーラ第26節のバルセロナ戦(0−1)、そしてチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグのアヤックス戦(1−4、2戦合計3−5)……。ひとつの敗戦はひとつのタイトルを失うことを意味し、ファンはもう負けると判断した時点で席を立ち、家路につくことを繰り返した。意気盛んな若者も、酸いも甘いも噛み締めた年配の人たちも……。「最強」の形容、黄金期の輝きは、色褪せないどころかわずか1週間でメッキのごとく剥がれ落ちた。

 昨季メジャータイトル無冠と、ものの見事につまずいたレアル・マドリード。再び常勝クラブへと舞い戻るために打った手は、クリスティアーノ・ロナウド(ユベントス)とともに直前の黄金期を支えたジネディーヌ・ジダンの監督復帰、そして彼とともに陣容に変化を加えることだった。陣容変更の動きは、試合を戦い続けるモチベーションを失い、ただただ負け数を増やしていくことになる3月の時点で始まっており、ジダン監督とクラブは互いに意見を擦り合わせながら補強、放出する選手を決めていった。

 そしてシーズン終了後の6月に入って行なわれたのは、怒涛の入団セレモニーである。まず12日に昨季ブレイクを果たした新星ストライカーのルカ・ヨヴィッチ(フランクフルトから獲得)、13日に押しも押されもせぬ世界的スターであるエデン・アザール(チェルシー)、18日にブラジルの次世代の至宝ロドリゴ(サントス)、19日には、衰えが指摘されるマルセロとのレギュラー争いに臨むべく加わったフェルラン・メンディ(リヨン)……。

 会長のフロレンティーノ・ペレスは、まるで担任の先生のようにほとんど日を空けることなく登壇して、ピッカピカの転校生のひとりひとりに「君は世界で最も厳しい要求を課されるクラブに加入したのだ」という、おなじみのメッセージを口にしていった。とりわけアザールのセレモニーは、2014年に獲得したハメス・ロドリゲス以来の大々的なものとなり、じつに5万人ものファンがサンティアゴ・ベルナベウに集結している。

 レアル・マドリードの補強は以上の4選手と、ブラジル代表としてコパ・アメリカに参加していたエデル・ミリトン(ポルト)で大方終了している(久保建英はレアル・マドリードBチーム、カスティージャの補強であり、クラブ関係者はトップチームまで到達するにしても、あと1〜2年は必要と見ている)。ヨヴィッチの移籍金が6000万ユーロ、アザールが1億ユーロ、ロドリゴが4500万ユーロ、ミリトンが5000万ユーロと、合計獲得費用はじつに2億9800万ユーロ。これはペレス会長が第2次政権をスタートさせ、ロナウド、カカ、ベンゼマらを獲得した2009年夏の2億5800万ユーロを上回り、一市場におけるクラブ史上最高額の出費だ。残る補強はMFのみとなっており、第1候補はジダン監督たっての希望であるマンチェスター・ユナイテッドのポール・ポグバ。ジダン監督の同胞のこのフランス人獲得が無理ならば、アヤックスのドニー・ファン・デ・ベークか、ナポリのファビアン・ルイスを獲得する方針を立てている。

 そして加入する選手がいれば、もちろん出て行く選手もいる。超エリート集団たるレアル・マドリードは、若手選手をトップチーム内にとどめて成長を待つことはせず(ヴィニシウスやロドリゴなど大金をかけた選手なら別だが……)、もう活躍は見込めないと判断した選手を切り捨てていく。ファイナンシャルフェアプレーにより、選手獲得費用が売却収入を1億ユーロ以上上回ってはならないという基準が定められた現状では、なおのことである。ポグバ獲得によって、さらに1億ユーロ以上の出費が予想される状況で、レアル・マドリードは3億ユーロ近くの売却収入を手にすることを目指している。

 昨季までのトップチーム所属選手では、ここまでにマルコス・ジョレンテ(アトレティコ・マドリード)が完全移籍、またレギロン・ロドリゲス(セビージャ)がレンタルでクラブを離れることが決定。昨季のレンタル組ではジダン監督率いるチームで出場機会の少なさに不満を感じていたマテオ・コバチッチ(チェルシー)のほか、テオ・エルナンデス(ミラン)、ラウール・デ・トマス(ベンフィカ)が完全移籍で退団し、神童と持て囃されながら20歳を迎えたマルティン・ウーデゴールがレアル・ソシエダに貸し出されている。現状の売却収入はジョレンテ3000 万ユーロ、コバチッチ4500万ユーロ、テオ2000万ユーロ、デ・トマス2000万ユーロで、合計1億1500万ユーロとなっている。

 クラブの放出オペレーションは継続中。現在は、ロナウドに代わりチーム最大のスターになることが期待されながら、相変わらずケガがちで結果を残せなかったガレス・ベイルの移籍先を見つけることに躍起だ。そのほかバイエルンが買い取らなかったハメス・ロドリゲスの売却、スペインのU−21EURO優勝の立役者でありながらも、ジダン監督から信頼を得られていないダニ・セバージョスのレンタルか買い戻しオプション付きでの放出も確実で、さらにマリアーノ、ボルハ・マジョラルのFW2人の売却も狙っている。

 レアル・マドリードは、刷新とまではいかないまでも、しかしながら大きな変化を加えて今季に臨むことになる。ジダン監督が最初に解決しなければならない問題は、明確である。それは1シーズンにつき50ゴール前後を約束してくれた存在、ロナウドの穴を今度こそ埋めること。ロナウドが在籍した最終シーズンの公式戦得点率が1試合平均2.38得点(62試合148得点)であったのに対して、昨季は1.89得点(57試合108得点)まで落ち込んだ。まさに彼がいない分だけ、ゴールが足りない状況がそこにはあった。

 その観点からすれば、今夏の補強方針はわかりやすい。ベンゼマのスペースメイク力を生かしながら、縦への推進力と決定力を併せ持つアザールがネットを揺らす場面は容易に想像可能だ。ベンゼマのバックアッパーとして加えられたヨヴィッチも得点力の増加に一役買うだろうし、ルカ・モドリッチが昨季4得点、トニ・クロースが1得点とパンチが欠けた中盤に、昨季16得点を決めたポグバを加えたい考えも理解できる。以上の得点力の改善ほか、昨季のレアル・マドリードはアヤックスに15キロも走り負けたデータがあるように、ワールドカップの疲労が残ったモドリッチをはじめフィジカル的な脆弱さが目立った。ポグバ獲得の動きはそうしたことを加味し、中盤にさらなるダイナミズムを加える意図もあるのだろう。

 兎にも角にも、プレシーズンマッチすら戦っていない現状では、レアル・マドリードがどのような顔つきで今季に立ち向かっていくのかは、まだ不透明である。たしかなのは、彼らが今すぐに、再び「最強」を目指さなくてはならないということだ。たとえ心機一転で新たなスタートを切るとしても、「ア・ポル・ラ・デシモクアルタ!」の欲求に小休止など存在しない。どんな状況にあっても、1試合目で勝てなければサプライズ、2試合目でつまずけば大スランプ、3試合目で敗れようものならばクライシス突入……。それがフロレンティーノ”先生”の口癖である「世界で最も厳しい要求を課されるクラブ」を取り巻く環境なのだから。

 レアル・マドリードの、今、この時だけの黄金の瞬間を手にする挑戦が、また始まる。