増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

写真拡大

・パワハラ防止法の意味
罰則規定を設けないザル法という批判もある法律です。もちろん完璧なものではありません。それでも初めてパワハラがどんなものであるかを定義したという点はこれまでにないものといえます。「優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要な範囲を超えたもので、労働者の就業環境が害されること」この意味は非常に重要です。よく見ていきましょう。

「優越的な関係を背景にした言動」とは、上司はもちろん、同じ職位であっても発言権の強い人、例えばヒラ同士でも利益を稼ぎ出している営業の人が、バックオフィススタッフに対してプレッシャーをかけてくるようなことも、内容次第でハラスメントといえます。男性が女性に高圧的な態度を取る、新入社員にベテラン社員がいやがらせ発言をするのも含まれるでしょう。

しかし、上司や先輩が仕事を教える場面はどうなのでしょう?覚えが悪かったり、聞く態度がなっていない部下や後輩にイラつくことは誰でもあるのではないでしょうか。

・上司は「指導」もできないのか?!
ハラスメント研修で管理職の皆さんから寄せられる疑問のトップは「指導の仕方」です。何か強く注意すればすぐ「ハラスメント!」と騒がれたのでは部下指導なんかできないとう上司の方は少なくありません。

それは今回の法が、「業務上必要な範囲を超えたもので」と言っている部分が重要です。要するに新入社員はもちろん、経験の少ない、能力の落ちるスタッフに、ベテランである自分や上司と同じ能力を期待すること自体は悪くありませんが、それがかなわない時、「業務上必要な範囲を超え」た指導は行き過ぎとなります。

「ここは間違っているので直して」は業務上必要な指示です。一方、「こんなのもできないのか、このバカ」は業務上必要とはいえないのでダメとなります。「死ね」「クズ」はもはや業務を完全に逸脱した人格否定なので、即ハラスメントとされる可能性が極めて高いといえます。

職場で物理的暴力を振るうような人間はそうそう考えられませんが、威圧的な言動はハラスメントです。なぜなら部下や同僚を威圧することは、業務上不要だからです。書類で軽くたたく行為は、業務において全く必要がないはずなのでダメとなります。

・企業の責任が重くなる点が重要
パワハラとはなんぞやと、今頃言っているようでは、とても危険です。厚労省パワハラ6類型のように、何がダメなのかは、自分が決めるものではありません。政治家が失言で役職を下ろされたり辞任したりする例が後を絶ちませんが、「善意の指導」や「自分たちもこうして成長したんだ」という自分の意図は関係ありません。

企業側にはどんな意図であれ、ハラスメントを防止する義務が課されました。見逃したり、ハラスメントを見て見ぬふりをした責任は会社にきます。「防止法」自体に罰則が無くとも、当然パワハラ裁判はこれまでもできました。当然今後もパワハラで訴えることはこれまで以上に容易になります。

そんな時に「指導の一環だった」ことは、学校で教師が児童を殴った場合、もはや現状ではどんな理由があれ教師側が責任を問われるのと同じです。生徒側に非があったとしても、教師が責任を問われるのは理不尽ですが、これは生徒側も責任を問われることで、教師の責任がゼロにはならないと理解すべきでしょう。

管理職の皆さんは、残業代は出なくなるわ、雑用は増えるわ、部下には何も言えないわで、そもそも管理職になるメリットあるの?と感じるかも知れません。しかし部下を指導することは業務です。部下の人格を否定することが禁じられるだけであり、指導自体は管理者として、当然遂行義務があります。この線引きをぜひ理解していただだきたいと思っています。