映画『誰もがそれを知っている』の公開を記念し、演出から演技まで全てが完璧な作品だと絶賛のコメントを寄せている宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)と、スペインを舞台に描かれた“家族の秘密”を普遍的なものとして他人事ではなく、身近に感じたと語る真魚八重子(映画評論家)によるトークイベントが行われた。

開場の熱い拍手の中で登場した宇野維正と真魚八重子。映画を観た感想について、真魚は「血縁関係が複雑すぎて、まだ呑み込めていらっしゃらない方もいるのではないかな。」と語り、宇野も「話の本筋は難しい話ではないのだけれども、人間関係とか家族関係とかが結構複雑なんですよね。僕はすぐに二回目観直しました。もう一回観たい人もいるんじゃないですか??」と本作で描かれている家族たちについて、毎作リピーターを生むファルハディ監督作品の特徴“一見複雑な人間関係”を切り口としてトークがスタート。

これまでの監督の作風について真魚が「ファルハディは一貫してミステリーなんですよね。ただ、キーパーソンがいつも後半にならないと出てこない。今回も、ペネロペ演じるラウラの旦那アレハンドロが怪しい感じがするのに、なかなか出てこないというのかすごいですよね。」とファルハディ監督流の技巧について語ると、続けて宇野も「ファーストシーンの、教会の鐘楼の壁の落書きであったりとか、最初の1分間で必要な情報が描かれている。わかりやすいところとわかりにくいところが巧妙に描かれている。」と監督の計算された緻密な演出のポイントについてもコメント。

真魚がさらに掘り下げて「『彼女が消えた浜辺』のときにも最後に遺体袋が映るところで、消えた女性本人なのかわからない、もしかしたら似た女性なのかもしれないと匂わせて終わるんですよね。ファルハディは一般的にミステリーとしては腹に落ちるような、これが答えだというのを教えてくれない作り方。映画の中で誰かが謎解きしてくれる訳じゃなくて、自然と謎がほどけていって、しかもラストは微妙にジャリジャリ感(後味の悪さ)が残る感じ。うまくはまらないピースがまだ残ったままな気がする、みたいな。」と評論家ならではの鋭い視点で、映画ファンの心をざわつかせてきた監督が描くミステリーの特徴を分析。

続けて、本作で一番グッときたポイントについて真魚は「最初、パコ(ハビエル・バルデム)の奥さんが背中のファスナーを上げるシーンが、絶妙にエロくてグッときた。」と述べると、思わず会場からは笑い声が上がり、続けて宇野も「この監督の作品は女性キャストが毎回綺麗すぎますよね。映画で描いていることはとてもリアリティがあるのだけれど、そこだけがファンタジーというか。スペインの人は皆綺麗なんだし、スタイルもいんでしょうけど。にしても…って感じですよね。(笑)」というこれまであまり言及されてこなかった監督ならではのキャスティングについてのコメントで会場は一層和やかなムードに。

『誰もがそれを知っている』という本作の意味深なタイトルについて「英題が『Everybody knows』でスペイン語のタイトルも同じ意味の『Todos lo saben』で。ファルハディ監督の希望で、そうなったということで。」と宇野がタイトルの経緯を説明し、真魚はタイトルの意味について「途中でパコとラウラが昔付き合っていたことを村の皆が知っているというタイトル通りのセリフがあるから、やはりキーワードなんでしょうね。」と言うと、加えて宇野は「それだけじゃなくて、そもそも我々観客はペネロペとハビエルが(実生活で)夫婦だってことも知っている訳で(笑)メタな意味での『誰もがそれを知っている』っていう意味でもあるし。この映画の舞台はスペインのある田舎町という設定で、映画の外側でも、人々にあの事件は…と語られていくように。噂がすぐに広まる日本の田舎にも通じる、人々はその閉鎖性の中でその後も生活していかなければいけないんだろうな…とういう。そういう意味でもこのタイトルは、ダブルにもトリプルにもとれるような深みがある」とペネロペ&ハビエル夫婦共演や、タイトルから本作の普遍性を深く考察。

続けてこれまでのファルハディ監督で好きな作品について、宇野は『別離』を。真魚は『セールスマン』を挙げ、「この監督の作品は“荷物”が一つのポイントだと思う。『彼女が消えた浜辺』では消えた彼女の荷物が隠されてたり、『ある過去の行方』では別れた旦那の荷物がずっと物置に入っていたり、そして『セールスマン』では前の住人が置いたままの荷物があったり、“他人の荷物”という意図的な設定の気持ち悪さが常にあって。ミステリーって普通はシンプルに謎がほどけていくはずなのに、そういう細かな演出や小道具から感じる曖昧さ、気持ち悪さやもどかしさを心に残すのがファルハディならではだなぁと思います。ただ、この作品にはそういった細かな気持ち悪さが実はあまりない。母国のイランを離れてスペインでより普遍的で大衆性のある映画を撮ろうという本作のチャレンジにおいて監督は潔いなぁと思いますね。」とこれまでの作品とは一味違う魅力について述べると、宇野も「確かに、最初のきっかけが15年前の念願の企画で、自分が住んでいる場所でもないし、スペインという憧れの場所というのもあって、そういう意味でも小道具的な演出などよりも、あの村の雰囲気や人々の気質を最大限生かすことに注力されている感じがありましたよね。」と語る。

締めくくりに宇野は「技巧的にも作品的にも本当にパーフェクトな作品。初期作も含めて全部傑作な人っていないくらい。毎回驚かされる。」とすべての作品で傑作を生み出す監督の手腕に絶賛しつつ、「前作『セールスマン』のタイトルも全世界共通であることを引き合いに出し、キューブリック的な作家性の高さを尊重しつつ、本筋では非常にわかりやすい話でもあるにも関わらず、ディティールでわかりにくい点がいくつか心に残る。でも、それは全部監督の意図的なもので、そこに絶対的な信頼感があって、うまくない監督から感じる違和感とは全然違う。そういう意味も含めて毎作、何度でも観れるしいろんな方に勧めて欲しい。」と本作をアピールし、真魚も「2回目を観ると人間関係がわかってくるから、よりのめり込めると思う。」と観客に2回観ることをお勧めし、ファルハディ監督談義に盛り上がったトークイベントとなった。

映画『誰もがそれを知っている』は6月1日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

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