美男美女カップル、ハイスペ夫、港区のタワマン。

上には上がいるものの、周囲が羨むものを手に入れ、仕事も結婚生活も絶好調だったあずさ・30歳。

まさに順風満帆な人生を謳歌するあずさは、この幸せが永遠に続くものと信じていた。

…ところが、夫の非常事態で人生は一変、窮地に立たされる。

幸せな夫婦に、ある日突然訪れた危機。

それは決して、他人事ではないのかもしれない。もしもあなただったら、このピンチをどう乗り越える…?

先週、夫の異変に気付き始めたあずさ。「会社、行きたくない」と言い放った夫の真意とは一体?




「ねえ、あずさ!聞いてる?」

「あ、うん…えっと…なんだっけ」

平日のランチタイム。あずさは、同期で一番仲の良い美奈と『PASTA HOUSE AWkitchen TOKYO』でランチをしていた。

怪訝そうに顔を覗き込まれたあずさは、ハッと我に返る。

「ちょっと寝不足でぼーっとしちゃって…ごめんね」

苦しまぎれに言い訳をしながら、野菜たっぷりのサラダに手を伸ばした。

今のあずさは、夫・雄太のことが気がかりで、気を緩めるとつい、雄太のことを考えてしまうのだ。

「あずさらしくないなあ」

美奈はそう言いつつもさほど気に留めていない様子で、最近婚活アプリで出会った人とのデートについて話を続けている。

-ゆうちゃん、大丈夫かなぁ。何があったんだろう…。

再びぼんやりしていると、美奈があずさの視界にぐいっと入り込んできた。

「私も、雄太さんみたいな仕事も出来てかっこいい旦那さんと結婚したいなぁ!ほんと、あずさって幸せ者だよねぇ。あー、うらやましい!」

「そ、そんなことないよ…!」

あずさは必死にそう答えながら、今朝の出来事を思い返していた。


「会社、行きたくない…」夫が発した予想外の言葉の真相とは?


初めて察知した、夫のSOS


「会社、行きたくない…」

雄太はまるで駄々をこねる小学生のように、布団に必死にしがみつきながら、小さな声でそう呟いた。

「え、なに!?」

予想外の言葉に呆気にとられ、あずさは思わず布団を引っ張る力を緩める。夫は何を言っているのだろうか。

「どうしたの?何かあったの?」

優しく聞き返しても、雄太は何か反応するわけでもなく布団の中でモゾモゾしているだけだ。家を出る時間が刻一刻と迫っていた。

「ねえ、いい加減にしてよ!」

辛抱強く待っていても埒が明かない。あずさは布団を思い切り引き剥がし、雄太に向かって怒鳴ってしまう。

しかし、雄太は小声でぼそりと呟いた。

「…疲れた」

静まり返る空気の中で、あずさはそのとき初めて、夫の非常事態を察知したのだった。



会社に向かう電車の中で、あずさは不安に襲われていた。

雄太が何か重篤な病に侵されているのではないかという考えが頭をよぎったのだ。

あずさが知る限り、風邪をひくこともなければ弱音を吐くこともない雄太が、仕事に行けないほどになっている。あんな無気力な夫の姿を見たのも初めてだ。




美奈とのランチを終え、化粧室でメイク直しをしていると、あずさのスマホが鳴った。

「誰だろう…?」

画面に目をやると、見知らぬ番号が表示されている。番号から推測するに、東京都内の固定電話からだ。おそるおそる通話ボタンを押した。

「もしもし…?」

「突然のお電話申し訳ありません。和田雄太さんの奥様の携帯でよろしいでしょうか?私、和田さんの勤務先の人事部の、松野と申します」

あずさの心臓が、ドクンと大きな音を立てた。周囲に話を聞かれないよう、慌てて非常階段に移動する。

もしかして、雄太の身に何かあったのだろうか?

「はい、和田の妻です。主人がいつもお世話になっております…」

松野は「お世話になっております」と言った後、落ち着いた声で続けた。

「和田さん、昨日から会社をお休みされているようなのですが。その件で」

「えっ…」

松野によると、雄太は昨日電話で休むという連絡を入れたが、今朝は何の連絡もなく、何度電話してもつながらないという。万が一を心配してあずさに電話したとのことだった。

ーあのあとやっぱり、ゆうちゃん会社に行かなかったんだ…。

ランチに出る前に雄太にLINEをして様子を尋ねたが、メッセージは既読にすらなっておらず、彼が出社したかどうか把握できなかったのだ。結局今日も休んだ上に、なんと無断欠勤までしたなんて。

あずさは動揺を抑え、なんとか言葉を発する。

「ご、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。昨日から体調不良で寝込んでいるのですが、詳しいことは聞いておらず…」

「…そうでしたか。病院には行かれました?差し支え無ければ、様子を教えていただきたいのですが…」

咄嗟に、雄太の「会社行きたくない」「疲れた」という発言を思い出した。しかし彼のメンツを考えると正直に言うのは憚られる。

雄太は元来、完璧主義の男だ。会社ではパーフェクトに仕事をこなし、上司からも部下からも信頼され、チーム内で絶大な評価を受けてきたのだ。

ーゆうちゃん…。あんなに仕事人間だったくせに、無断欠勤なんて。一体どうしちゃったのよ…。

返答に困っているあずさに、松野はあくまで事務的な口調で尋ねた。

「一度病院を受診していただきたいのですが、いかがでしょうか?弊社の産業医でもかまいませんし」

「承知しました。1日でも早く出勤できるようにしますので。本当に申し訳ありません…!」

あずさは、謝罪の言葉をひたすら繰り返すことしかできなかった。


あずさは夫と共に病院へ向かう。そこで告げられた、予想外の診断とは?


予想外の、医師の診断


帰宅したあずさは、コートも脱がずに寝室に走る。

無断欠勤した上、連絡がつかないなんて。家で倒れたり、痛みに悶えて動くことすら出来なかったのではないかと、一日中心配で仕方なかったのだ。

「ゆうちゃん!?」

あずさが呼びかけると、雄太はむくっと起き上がり、不思議そうな顔をした。

「そんな息切らして、どうしたの…?」

真っ青な顔色はともかく、雄太の無事を確認したあずさは、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

「もう…。ゆうちゃんの会社の人事部から電話をもらったけど、今朝、休みの連絡入れてないって聞いたよ。そんなに体調悪かったの?」

「あ…」

雄太はすっかり忘れていたらしく「うわ、やらかした」と言って、頭を抱えた。

「ゆうちゃん、やっぱりどう考えてもちょっと変だよ。明日、私も一緒に行くから病院で診てもらおう。ね?」

「…うーん」

雄太は最後まで渋っていたが、結局あずさに押し切られる形で、ついに病院を受診することになったのだった。




翌日。あずさは雄太と、近くの内科まで来ていた。

雄太の記入した問診票にちらりと目をやると、「食欲不振」「だるい」「眠れない」などの症状にマルがついている。

それらをぼんやり眺めていたら、急に不安が募ってきた。

-もし、重大な病気だったらどうしよう。今後、どうなっちゃうんだろう…?

夫・雄太の年収は1,200万円。あずさの年収は450万円。和田家の大黒柱は、雄太なのだ。

雄太が働けなくなってしまうと、社会保険による手当が出るにしても世帯収入は大幅に減ってしまうだろう。今の家には絶対に住めないし、生活水準を大幅に下げる必要も出てくる。

-子どもも無理かも…!?

今のライフスタイルを手放すだけでなく、自分の描いて来た理想と大きくかけ離れた人生になるかもしれない。

雄太のことはもちろん心配だが、とにかく先行きが不安で仕方なかった。

「和田さん、中へどうぞ」

診察室に呼ばれる声で、あずさはハッと我に返った。それと同時に、自己嫌悪に陥ってしまう。

ー私、今なんてこと考えてた…?そんなことより今は、ゆうちゃんの身体の方が大事なのに…。

夫と一緒に診察室へ入ると、医師とやりとりする雄太を後ろで見守りながら、祈るような気持ちで待っていた。

話を聞き終えた医師は、姿勢を正して雄太の方を向いた。そして、キッパリとこう言ったのだ。

「率直に申し上げます。うつ状態がみられますので、一度心療内科を受診してください」

「う、うつ!?」

信じられない診断に、雄太を差し置き、あずさは身を乗り出して反応してしまった。

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次週、夫の診断をきっかけに、夫婦は分裂していく…?