パワハラ被害を「自分のせい」と悩む人の盲点
理不尽な言動に対する悩みを1人で抱え込まずに。時には「逃げる」という選択肢もあります(写真:Graphs / PIXTA)
川島誠さん(仮名、38歳)は、千葉県に本社を置く中小企業の正社員だ。社員数は50人程度で、大きく3事業部に分かれている。
その川島さんは2017年12月ごろから、直属の上司である山田課長(仮名)からのパワハラに悩んでいる。
指導とは呼べない「暴言」
「お前がプロジェクトから外れてくれれば、毎日ぐっすり眠れる」
「お前の脳みそはアリ以下だな」
山田課長はことあるごとに、このような「暴言」を川島さんに投げつける。川島さん自身も顧客企業との商談の際に先方の名前を言い間違えたなどのミスはあるのだが、「上司として部下を指導する」という範疇を超えた誹謗中傷、罵倒といった心理的な嫌がらせの側面が小さくない。
きっかけは川島さんが会議で報告した数値が間違っていたことが原因で、山田課長に恥をかかせてしまったことだ。川島さんは山田課長から目の敵にされてしまった。
ただ、川島さんが山田課長のパワハラを社内で問題にしようにも、さらに上司の部長は、山田課長と家族ぐるみの付き合いをするほどの仲で、勝算が薄い。会社にはパワハラの相談窓口、パワハラに対する罰則を明示した就業規則もない。川島さんはたまたま社長と話す機会があったので、この件を切り出してみたが「山田も仕事には一生懸命だからな」と取り合ってももらえなかった。
「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」――。連日、テレビやネットを騒がせる「ハラスメント」事件。週刊誌の報道が発端となって、テレビのワイドショーが大きく取り上げることも少なくない。会社で働く人だけでなく、さまざまな人が悩み苦しんでいるテーマだ。
今年10月からはテレビ東京が「ハラスメントゲーム」(月曜夜10時〜)という、連続ドラマをスタート。社内で起こるハラスメント問題を主人公とその仲間が解決していくストーリーである。私も年間200件を超えるパワハラに関する問い合わせやパワハラに悩む人々の相談に乗っているが、ハラスメントがテーマとなってテレビドラマ化までされるということは、それだけハラスメントに対する世間の関心と社会的問題へ認知が広まっているといえるだろう。
一方で、実際のパワハラは業務の延長上で発生するものであることから、どこからどこまでがパワハラなのかといった線引きが課題でもあるのだ。
ハラスメントの定義とは
そもそも、パワハラとはいったいどのような行為が該当するのだろうか。厚生労働省はパワハラ(職場のパワーハラスメント)について以下のように定義している。
「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいいます」(あかるい職場応援団より)
たとえば、「仕事ができない」「仕事が遅い」ということを理由に、他の従業員の前で過剰なまでの叱責、業務内容ではなく個人に対する誹謗中傷、といった行為が該当する。上司や先輩といった仕事上の立場を利用し、指導を超えた暴力・暴言を与えることがパワハラとなり得る。
パワハラのような行為を受けたとき、まず真っ先に思いつくことが「相談」といった行動であろう。都道府県労働局などに設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は年々増加しており、2016年度には7万件を超えている。
このような背景から社内の相談窓口の設置数も年々増加している。厚生労働省の調査によると従業員の悩み、不満、苦情、トラブルなどを受け付けるための相談窓口を設置している企業は全体の73%に上る。
ただし、ここには「企業規模」の格差が存在する。従業員1000人以上の企業では98%とほとんどの企業で相談窓口を設置している一方で、従業員99人以下の企業では44%にとどまっている。調査時の企業の分母数が明記されていないため正確ではないのだが、日本における中小企業は400万社を超えることから、かなりの数の企業で相談窓口を設置できていない状況といってよいだろう。
まさに川島さんのようにパワハラの被害に遭っているにもかかわらず、対処ができなくて悩んでいる人がたくさんいるはずだ。
「そんなにつらいなら会社を辞めればいいのに」といった声もあるだろう。同じく毎日、顔を合わせる上司からの度を超えたパワハラで悩み、今年9月に私の下へ相談に来た桜井文彦さん(仮名、46歳)は「私は辞めたくないのです」と話していた。
どうしても辞められない理由
埼玉県の中小企業に勤める桜井さんは前職(飲食店向け営業)でリストラに遭い、失業から1年強の間、無職状態だった。今の会社には「何でもいいから仕事に就きたいと半ばやけくそになっていたときに拾ってもらった」経緯がある。
妻からは「辞めてほしい」とも言われているが、本人は仕事自体にもやりがいがあり、辞めるという選択肢をなかなか取れない。「辞めたくなければ耐えるしかないのでしょうか」とも嘆いていた。
なぜ、このようなことになるのだろうか。このようなパワハラの攻撃を受け続けると、「自分が頑張れば(耐えれば)いいのだ、自分の努力が足りないんだ」といった思考に陥ってしまう。特に転職活動で苦労をした場合は、その傾向も強く、上司から理不尽な言動を受けたとしても「自分のせい」と思い込んでしまう。その連鎖が自分を追い込み、一般的な判断ができなくなるくらい肉体的、精神的に病んでしまう。
その仕事がパワハラ被害者の志を体現するための唯一無二の仕事であれば、頑張りどころかもしれない。今の状況を改善するための努力が必要になる。しかし、そこまでの価値がないのであれば、今の会社に居続ける必然性もない。会社を辞めてしまうのも立派な自己防衛策だ。
パワハラの被害者は、正常な判断ができないほど、閉鎖的、盲目的になっているケースが少なくない。その行為がパワハラだと明確に自覚できていないことすらある。大事なことは「1人で抱え込まない」。そして、理不尽な言動に対して「逃げる」という選択肢は誰にも与えられている。2016年にTBS系で大ヒットしたテレビドラマのタイトル名を借りれば「逃げるは恥だが役に立つ」。それは決して人生における「負け」ではない。