伝統を守りながらも伝統を打ち破らなければならない

 トヨタの創業者である豊田喜一郎氏の「日本人の頭と腕だけで、国産車を作る」という熱い想いを原点に、1955年に初代が誕生したトヨタ・クラウン。その後も時代ごとの先進技術をいち早く取り入れるなど、「挑戦」と「革新」によって、63年もの長い歴史を築き上げてきた。

 だが、歴史が長くなればなるほど、「挑戦」「革新」よりも「伝統」のイメージが強くなる。挑戦的で革新的なクルマづくりを続けてきたにもかかわらず、クラウンに「保守本流」をイメージしている人も少なくない。

 15代目となる新型クラウンの開発は、そんなイメージを打破するため、伝統という財産を守りながら、伝統という壁を突破するという、いわば二律背反を両立させるチャレンジだったと言える。その実現のために、開発チームは歴代随一の高いハードルを設定した。開発責任者を務めた秋山 晃さんは次のように語る。

「ひと言で言えば、世界のどこに出しても戦えるクルマ、世界基準をすべて凌駕するクルマにしようと決めたんです」

 生まれ変わるという強い意志は、クラウンの伝統とも言える「ロイヤル」「マジェスタ」「アスリート」というグレード名を廃止するという決断からも見て取れる。

「14代目はアスリートの販売比率が全体の6割強ともっとも高いんです。ですが、クラウンにお乗りでないお客さまにとっては、タクシーや法人ユースが多いロイヤルがクラウンのイメージなんですね。グレード名の廃止はそのイメージを払拭するための決断です」

 世界基準を凌駕する。それは走行性能の目標にもなった。新型クラウンの大きな話題のひとつは、国内専用車でありながら、ドイツ・ニュルブルクリンクサーキットでテスト走行を行ったこと。開発チームが狙ったのは、一発で決まるシャープなハンドリングと低速から高速までどんな状況でも目線が動かない安定した走り。ニュルの走行映像では、路面の荒いコースを、驚くほど安定した挙動で走るクラウンの姿を確認できるが、それはまさに狙い通りの走りが実現していることを意味する。開発チームの一員である加藤康二さんと宇都淳一さんに伺うと、

「じつはニュルの24時間レースにもクラウンを出したいと考えていたんです。レクサスLCが出場することが決まっていたため、残念ながら実現しませんでした。ただ、そもそもサーキットやレースって、まったくクラウンらしくない話ですよね。これも伝統を打破しようという想いの表れです。新型の走りの進化にはTNGAプラットフォームがすごく効いています。重心を下げたり、重いものを中心に寄せたりといった基本が高い次元でできているので、変な挙動が出にくく、また、変な動きを止めるためにアブソーバーを固くするといった必要もなかったんです」と加藤さんは語る。

「目線が動かない走りとひと言で言っても、その要素はさまざまです。遠くが見えればいいのか、頭が動いちゃいけないのか。背中とシートが離れないことを意味するのか。要素を洗い出し、ひとつひとつに目標を定め、設計や実験などと綿密なコミュニケーションを取りながら取り組みました。シート座面の側面の荷重まで使うなど、サスペンションとシートを一緒に煮詰めていったんです」とは宇都さん。

 ニュルでのテスト走行について、秋山さんは、ただ速く走ることだけが目的ではなかったと語る。

「いわば余力設計ですね。どんなに荒れた路面でも高い速度域を維持したまま、片手で気軽に運転できる、そんな安心感を目指したんです。運転の余裕は安全マージンにつながりますから、お客さまがどこまでも安心して走っていただけるクルマになります。また、走り出しの滑らかさにもこだわりました。段差を越えたときも、後席の乗員の身体が振られない。酔わないし、疲れない。この乗り心地のよさは、販売店周辺を軽く試乗しただけでも感じていただけるはずです」

100人それぞれのクラウン像に向き合い煮詰めていく

 デザインについても見どころは多い。インテリアで注目したいのは新開発のダブルディスプレイだ。担当したのは、三野良太さん。

「視認用のディスプレイを遠くに設置することでダッシュボードを低く設計でき、視界が広く開放感があるコックピットを作れるというメリットもあります。とはいえ、トヨタでは経験のない操作系です。本当にこれをやるのかという声もあり、開発当初は侃々諤々の議論が交わされました」

「一番の課題は操作のしやすさです。先代クラウンではコンソールの下部分にヒーターコントロールのための小さなタッチパネルがあるのですが、それを大きくして、ミラーリング機能によって上の画面を操作できるようにしようと考えました。20歳代から60歳代オーバーまでさまざまな年齢層の方々にパネラーになってもらって、どんな年代の方でもわかりやすくて使いやすい操作系を検証しました」

 齋藤晴彦さんと栗山剛一郎さんもデザイン開発に貢献を果たしたメンバーだ。

「ロイヤル、アスリート、マジェスタという車名を廃止して、究極の一台を作るという目標を掲げました。でも究極っていったいなんなのか。社内でも、100人いれば100通りのクラウンらしさがあります。それはやっぱりクラウンというクルマへのみんなの思い入れが特別なものだからなんです。ですから、デザイン開発で修正作業が行われるたびにいろいろな意見があちこちから出てきます。そのたびに何度もやり直す。デザイン部だけでなく、設計や実験などの部署も一緒になって取り組まなくてはいけないこともたくさんあります」

「開発スケジュールも決まっているなかで、ひとつひとつの意見に真剣に向き合って、徹底的に突き詰める。お客さまがしっかりと価値を感じていただける一台を作ることができたと自負しています」(齋藤さん)

「デザインと言っても、デザイン部だけですべてが終わるわけではありません。たとえば新型のフードは先代より13mm低められていますが、フロントの造形のなかには歩行者頭部保護用ポップアップフードのセンシングが入っているほか、歩行者の脚部を保護するレイアウトや、冷却性能、空力、振動騒音対策など、設計や実験、性能評価といった、あらゆる部署が一丸となって取り組まなければ実現できないものなんです」

「ラゲッジについても、リヤをあれだけ絞り込んだ形状にしながら、従来どおりゴルフバッグをしっかり4つ積める容量を確保していますが、ラゲッジの裏側には、バッテリーや電動ファン、ジャッキやECUのリレーボックスなど、30個くらいの部品が収められています。仕様によっては、パンク修理キットやスペアタイヤも積んでいます。それらを知恵の輪のようにコンパクトにレイアウトする工夫があって、あの容量が実現できたのです」(栗山さん)

 今回の開発では五感に訴えかける質感の高さも大きなテーマのひとつだった。そのこだわりを実現するため、一般的なモデル開発よりも早い段階から、生産サイドのメンバーがプロジェクトに加わっている。それが吉川真史さんだ。

「私は、普段クラウンの生産を行っている元町工場に勤務しています。先々代のクラウンの開発でも品質管理部としてシートの開発に携わらせていただきましたが、そこで実感したのは、クラウンに対するお客さまの要望レベルの高さです。厳しい目を持ったお客さまの五感に訴えかけることのできる質感の実現のためには、一切の妥協が許されません」

「たとえば新型の昇降式のカップホルダーですが、いかになめらかに上昇させるか、そのスピードなどにも徹底的にこだわって設計しています。生産段階ではどうしても個体のバラつきが生じますが、それをどこまで低減できるかが課題でした。元町工場のメンバーやサプライヤーさんにも参加してもらって、いわば最後のひと筆、仕上げの部分での安定化を図る、そしてそれを管理できるシステムづくりまで含めて、本当に泥臭いところまで関わらせてもらってこだわりを貫かせていただきました」

 開発メンバーのみなさんのお話に共通するのは、あらゆる部署が垣根を取り払って一丸となって取り組んだこと。そんな感想を伝えたところ、秋山さんとともに開発全般をとりまとめた岩月健一さんが興味深い話を教えてくれた。

「新型クラウンの開発では各領域が一堂に会せる場所を作ろうということで、車両試験課の一角を確保して『クラウン工房』と名付けたんです。実験の現場って共用スペースですからひとつの車種で一角をキープするなんてできません。でも今回は特別。クラウンだからやらせてもらえたと思います。そこに初代のクラウンの実物を置いて、その横にテーブルを置いてみんなで図面を広げて、ああだこうだとやりあいました。初代に触れて、込められた作り手の想いをみんなで感じながら、じゃあ自分たちはどこにどんなふうに想いを込めるのかと。そんな空気を全員で共有しながら取り組んだんです」

 現場のその熱さは、初代クラウンの開発現場に通じるものがあったに違いない。開発責任者の秋山さんはこう語る。

「やっぱり、開発者の想いがとことんこもったものがいいクルマなんだと思います。その想いがクルマからにじみ出て、お客さまに伝わることで初めてブランドというものができるんじゃないでしょうか」

 60年以上もの革新と挑戦の歴史を築き上げてきたクラウン。その原点となった熱い想いは、新型クラウンにもしっかりと受け継がれていると言えそうだ。