日本の観光政策やインフラに足りないのは何か(写真:barman / PIXTA)

3月29日、日本政府観光局(JNTO)理事長の松山良一氏はフランスのル・フィガロ紙のインタビューに応じ、意外な発言をした。インタビューの中で、松山氏はフランスの人々がなぜもっと日本を訪れないのかについて不思議がったのである。

同氏は日本政府による過ちや、誤解に言及しなかった。それどころか、フランス人は基本的に今でも1980年代のタイムカプセル内で生きているようなものだと説明した。日本は1980年代当時のまま「物価が高く、フランスから遠く、人々が英語を話さない国」だとフランス人は信じている、というのだ。

観光客増加は単なる「巻き返し」にすぎない

同氏の発言にはいくつか勘違いがある。まず、フランス人はかつてよりずっと日本を訪れるようになっている。実際、筆者の家族や親戚、友人誰もが日本に来たがっている。また、実際に日本はほかのアジア諸国に比べて物価が高く、明らかにフランスから遠く、また、日本人の英語があまり上手ではないのは周知の事実だ。日本はすばらしい国だが、安くもなければ欧州に近くもなく、そこまで国際化されてもいない。これが事実である。

確かに日本を訪れる観光客が爆発的に増えていることを考えると、日本の観光政策は成功しているように思える。2012年の訪日外国人数は840万人だったが、2017年には2840万人に膨らんだ。2018年はこれを超える数になるだろう。日本政府は、2020年に訪日外国人数を4000万人に増やす考えだが、これは達成可能な数字だ。

しかし、観光産業に関するかぎり、日本の実態は、いまだ発展途上国だと言わざるをえない。近年の訪日外国人の増加は、すばらしいマーケティングの成果ではなく、単なる「巻き返し」の側面が大きい。

観光産業の発展は長年にわたって日本の厳格な入国管理政策によって阻まれてきた。が、安倍晋三首相が、中国人のビザ要件を緩和したことなどによって、それまで日本に来たがっていたアジアの人々が、容易に日本を訪れられるようになったのである。円安効果も大きかった。

しかし、実際に訪れている外国人の声を拾うと、日本は「観光インフラ」という点で大いに改善の余地があることがわかる。そこで、ここでは観光立国であるフランスと比べながら、どういう点を改善すべきかを具体的に挙げたいと思う。

そもそも、なぜフランスから学ぶべきか。それは、フランスが世界屈指の観光立国だからだ。2016年時点での外国人観光客数世界トップはフランスで年間8260万人と、2位の米国(7561万人)に700万人もの差をつけているほか、日本(2400万人)の約3.4倍にも上る。

今後、日本が観光立国を目指すうえで、フランスの取り組みは少なからず参考になるのではないか。

いつ誰が乗ろうが変わらない鉄道料金

さて、フランスと比べた場合、日本の観光政策やインフラに足りないのは、「柔軟性」「シンプルさ」「わかりやすさ」の3つではないだろうか。

まずは、柔軟性。今日、日本には世界各国からあらゆる人が訪れるようになっており、その目的やニーズは多様化している。日本もこれにあわせて、交通、宿泊、体験においてより多面的なサービスを展開すべきである。「日本の観光業は、団体で決まったところをまわるバスツアー的なマインドに基づいてサービスを提供している」と、日本の観光政策に詳しい小西美術工藝社長のデービッド・アトキンソン氏は語る。

たとえば、柔軟性に足りないという点で最も先に思い浮かぶのが鉄道である。日本全国に張り巡らされている鉄道は、時間に正確で便利だという反面、多くの観光客は高すぎるし、融通が利かないと感じている。たとえば、新幹線の料金は、使う人や使う時期、時間帯などにかかわらず、一定料金である。

一方、フランス国鉄(SNCF)は、料金体系こそ複雑だが、非常に柔軟なシステムを採用しており、旅行需要の多いハイシーズンの場合、早めに予約すればかなり安く抑えられる仕組みとなっている。実際、お盆に旅行するとして、今予約した場合、JRに比べてどれくらい「お得」になるか比較してみよう。

たとえば、8月11日に筆者と妻、3人の子どもを連れてパリからボルドーに行く場合、合計料金は170ユーロ、約2万2500円である。対して、東京から距離的に同じくらいの京都に行く場合の料金は、5人合計で11万3120円。なんと5倍である。

JR6社も外国人観光客に対しては、「ジャパン・レール・パス(JRパス)」を発効しており、「のぞみ」などを使わなければ、日本人よりはだいぶ料金を抑えることができるが、なんせこれの予約などが面倒くさい。

観光客は国内外の代理店などで予約をしてから、日本の引換所でチケットを受け取り、さらに実際の鉄道を予約するには「みどりの窓口」を訪ねなければならない。みどりの窓口にありえないほどの行列ができているのはこのためだ。

なぜこのすべてをネットでできないのか。たとえば、欧州におけるJRパスである「ユーロ・レール・パス」は、ネットで予約可能だ。この点、「シンプルさ」に欠けている。

レンタカーを借りるのも大変

さらに、面倒なのはロードトリップである。日本政府は地方の活性化に力を入れているが、たとえば九州や東北、四国などですばらしい場所をめぐるにはレンタカーが必要だ。にもかかわらず、外国人観光客が日本で国際免許をとるのはとんでもない労力がかかる。

日本は、1968年に調印されたウィーン条約の加盟国でないため、たとえばフランス人の運転免許をそのまま利用することはできない(ちなみに、筆者が先日米国で行った際は、事前にネットでレンタカーを予約し、空港で免許すら提示せずに車を借りることができた)。

なので、フランス人が日本で運転したい場合は、日本自動車連盟かフランス大使館から運転免許証の証明書を得る必要がある(料金は3000円)。そして、これもネットでは手配できないし、国外から手配することもできない。「日本のお偉いさんたちは、たった数日しか日本を訪れないような外国人にとって、これがどれだけ非効率的なことかがわかっているのだろうか?」と、あるフランス人外交官は不満を漏らす。

宿泊についても融通が利かない。日本は家族で行くとなると非常におカネがかかる場所だが、その理由の1つは、たいていのホテルや旅館が「1部屋」ではなく、「1人」に対して料金を課すからだ。このため、1人客を受け付けない宿も少なくなく、私の友人も先頃、旅館を予約しようとしたところ、「2人以上でないと受け付けない」と断わられたばかりだ。

また、日本の宿には「3泊すればもう1泊ぶんの宿泊料金は無料といったプロモーションもない」と、日本で外国人向けの旅行代理店ジャパン・エクスペリエンスを展開するティエリー・マンサン氏は言う。

一方、民泊については、日本政府は来年6月に規制緩和を実施する方針だが、自治体が設けている条約がえげつない。たとえば、銀座や日本橋、築地市場など観光名所がある中央区(住宅専用地域)では月曜正午〜土曜正午まで営業禁止のほか、若い観光客に人気の渋谷区(住宅専用地域・文教地区)も月曜日午後〜金曜日午前まで営業ができない(区立小中学校の夏休みや冬休みなどを除く)。外国人観光客のメッカ、京都市(住居専用地域)では、原則、1月15日正午〜3月16日正午に限り営業可能となっている。

最後に、日本の観光政策には「わかりやすさ」が欠けている。たとえば、「フランスはキャッチフレーズをつけるのがうまい。『花の都』とか、『身体障害者フレンドリー観光』『ワイン畑の探索』など、フランス政府やNGOは、観光客のニーズや嗜好に合わせた旅先や旅の仕方を提案するのに長けている」と、前出のマゼンク氏は言う。

ピンチをチャンスに変えてほしい

日本ではまだこうした取り組みは始まっていない。どころか、日本の旅館・ホテル業界は欧州では当たり前の星による「等級システム」を採用していない「日本政府は呪文のように、『2020年までには外国人観光客を迎える体制を整える』と繰り返しているが、それまでにホテルに等級制を導入しようという考えすらない」と、あるフランス外交官は話す。仮に導入された場合、旅館側から大きな反発が起きることは容易に予想できる。

が、これには対策がある。「フランスでホテルに星による等級制が導入されたとき、銀行はホテルが設備を刷新できるように積極的に融資を行った」と前出の外交官は語る。旅館は日本を体験できるすばらしい場所だが、一部は設備が古びていたり、最新のサービスを提供できなかったりと、絶滅危惧種になっている。そうであれば、たとえば等級制の導入を、自らのコストを見直したり、顧客のニーズを分析するなどに力を入れる契機だととらえたらどうだろうか。

日本は本気で外国人観光客にアピールしようとしている。こうした中で必要なのは、日本がその歴史や文化に誇りを持っているというメッセージを海外に流すことよりも、より科学的な分析に基づいたマーケティングである。

たとえば、欧州の人々は日本の文化や歴史より、自然に関心を持っているという調査もある。そうであれば、そうした人たちに向けて、日本の自然やそれを体験できる場所がどこなのかをアピールすべきだろう。JNTOはかつて、すでに日本を訪れている観光客に対してアンケートを行っていたが、本来は来たことのない人たちに、日本に何を求めているのか聞くべきではないか。

アトキンソン氏は言う。「日本はまだ、訪日外国人向けの観光対策を始めたばかりだが、過去5年でかなり改善を図ってきた。今後、海外からの観光客がさらに増え、さらにいろいろなところを訪れるようになれば、規模の経済が起きてコストが下がり、さまざまな料金も下がるだろう。私はこの点について非常に楽観的だ」。