ダイキンは中国市場でインバーターエアコンの売り上げを伸ばす。(時事通信フォト=写真)

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■「ルールメイキング戦略」の欠如が敗因

高い技術力を持つ日本企業が、グローバル市場で海外企業に負けてしまうケースは少なくありません。その1つの理由として、「ルールメイキング戦略」の欠如が挙げられます。

今日のビジネスでは、イノベーションが重要なテーマとなっています。イノベーションとは、世の中にないものを生み出し、社会に広く普及させることです。そのためには、消費者に欲しいと思わせるだけでは十分ではありません。その製品・サービスが市場に受け入れられるためのルールが必要です。イノベーティブなものほど、既存のルールによって、あるいはルールがないために、市場への参入を止められる可能性があります。特に近年は、テクノロジーの急速な進歩により、既存のルールでは対応しきれないケースが増えています。例えば、ドライバーを必要としない完全自動運転の実現を目指した技術開発が進んでいます。しかし、事故を起こした場合の責任の所在など、法制面の整備はこれからです。ルールが整備されなければ、せっかくの新技術も普及させることはできません。

また、ドローン(小型無人飛行機)の配送への活用にも期待が寄せられていますが、安全面の規制とどう折り合いをつけるかが課題となっています。広がりを見せているシェアリングエコノミーも、ルール整備や規制と無縁ではありません。日本では、ウーバーに代表されるライドシェア(相乗り)サービスは、法律により原則禁止されています。このように、イノベーションは、ルールの問題を顕在化させます。イノベーションを実現するには、ルールもセットで考える必要があるのです。

ルールは、ビジネスをグローバルに展開するうえでも深く関わってきます。海外に進出する際は、当然その国のルールに則ってビジネスを行う必要があります。また、国家間の協定や国際ルールなどにも影響を受けます。

これまで、多くの日本企業は、すでに存在するルールに合わせてモノづくりをしたり、ビジネスを進めていくのが一般的でした。しかし、そうした対応では、グローバル市場では後手に回ってしまいます。欧米企業は、ルールづくりの段階から、自社に有利になるような働きかけ(ロビー活動)を積極的に行っているからです。日本企業も、自社が製品・サービスを売りやすい環境を確保するために、ルールづくりの段階から関与していく必要があります。これが、ルールメイキング戦略です。

■ルールは「守るもの」ではない「つくるもの」だ

かつては、技術的によいものさえつくれば売れた、日本が得意とする「モノづくり」の時代がありました。その後、モノが余るようになると、モノを使うことによって得られる経験価値の共有が競争力の源泉となり、「コトづくり」の時代に変わりました。そして現在は、社会に対してイノベーションを起こすために、既存のルールをつくり替える「ワクづくり」の時代になったと言えます。モノやコトだけでなく、それらを取り巻く枠組みを考えることが、ビジネスの勝敗を左右するのです。

ルールメイキング戦略が当たり前に行われている欧米では、ルールメイキングの業界があり、政治家や官僚と太いパイプを持ったロビイストや企業の戦略担当者たち、いわばルールメイキングの専門家たちがコミュニティを築いています。日本企業も、そのコミュニティの人々と人脈を築き、ルールメイキングの土俵に上がれるようになる必要があります。

ルールメイキングは、経済安全保障政策とも関わっています。例えば、中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」は、関係国との経済連携を強化することで、中国企業が進出しやすい機会をつくっています。一方、EUはASEAN(東南アジア諸国連合)と協定を結び、EUのルールを導入しようとしています。自国のルールを他国に適用させることで、自国の製品・サービスを売りやすくするためです。

日本においても、日本の権益を拡大するために、政府と企業が連携して行動することが必要です。しかし、この点において日本企業は消極的です。日本人のメンタリティとして、法律は政府が決めるもので、多少陳情はしても、決まった後は従うのみ、という意識が根底にあるからです。政府と関わると癒着につながりかねない、というマイナスイメージもあります。そのため、政府と一緒にルールをつくっていくという姿勢になりにくいのです。

日本では「ルールは守るもの」であるのに対して、欧米では「ルールはつくるもの」です。未来のビジョンを構想し、その実現のために必要なルールはつくり、現在のルールが合わないのであれば、つくり替えようとします。そのため、往々にして欧米がつくったルールに日本が合わせていくことになります。

日本の対EUロビイストの草分けであり、経済産業省通商政策局に「ルール形成戦略室」を創設した藤井敏彦氏によれば、欧米人は未来を見据え、今はできないことでも「そのうちできるようになるから」とルール化してしまうそうです。日本人は真面目ですから、今できることしか言いません。その結果、欧米のほうが、より進んだルールができやすいそうです。こうしたカルチャーの違いを理解したうえで、欧米と対等に議論していくことが、ルールメイキングの場では求められます。

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▼モノづくりからワクづくりへ
モノづくり:技術

コトづくり:経験価値

ワクづくり:ルールメイキング

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■なぜヤクルト、ダイキン工業は欧州で成功したのか

ルールメイキング戦略に成功した日本企業が、空調機器メーカーのダイキン工業です。中国市場で同社製のインバーターエアコンの売り上げが伸びていますが、その理由は、ダイキンが中国政府に対して、インバーターの経済性や環境性能のよさをロビイングしたためです。その結果、中国政府がインバーターエアコンを推奨したことが、売り上げ拡大へとつながりました。

また、前述の藤井氏から聞いた話ですが、欧州でヤクルトが結構売れているそうです。ヤクルトは乳酸菌飲料ですが、欧州にはもともとその市場がなく、認知もされていませんでした。もし、そのまま市場に参入しても、清涼飲料水のカテゴリーに入れられ、コカ・コーラなどの大手と競合し、埋没してしまったことでしょう。そこで同社は、研究機関と協力して乳酸菌飲料が健康にいいことを証明します。そして、乳酸菌飲料の学会を立ち上げ、政府への認知を広めることによって、乳酸菌飲料の市場を形成したそうです。新たなカテゴリーを自らつくることによって、欧州にそれまでなかった乳酸菌飲料というイノベーションを起こすことに成功したケースと言えます。

逆に失敗例として挙げられるのが、米カリフォルニア州でのトヨタ自動車です。同州には、自動車メーカーに対して販売台数の一定割合をエコカー(ZEV:ゼロエミッションビークル)にすることを義務づけた「ZEV規制」があります。これまでは、プリウスなどのハイブリッド車もZEVとして認められてきましたが、2018年モデルから、ハイブリッド車の多くがZEVから外されることになったのです。規制変更を仕掛けたのは、同州に本社がある電気自動車(EV)メーカーのテスラだと言われています。主力のハイブリッド車を外されたトヨタは、今頑張ってEVの開発で挽回しようとしています。

これから世界市場で大きな成功を収めるには、ルールメイキングを含めた対応が不可欠と言えます。社会に貢献するビジョンを描き、その実現に必要なルールづくりのために、政府をはじめとする関係機関と人脈を築き、賢くしたたかに協議をしていくこと、そして、こうしたルールメイキング戦略に取り組める人材を育成することが、日本企業に求められています。

(多摩大学大学院教授・経営情報学研究科長 徳岡 晃一郎 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)