ドナルド・トランプ大統領は23日、洗濯機と太陽光パネルに輸入関税をかける大統領令に署名した(写真:ロイター/アフロ)

ドナルド・トランプ大統領が誕生して、この1月20日で丸1年を迎えた。その言動や主義主張、立ち居振る舞いについては、もはや何も言う必要がないほど、世界中で報道されている。

ある者は怒り、ある者はあきれる。それでも、米国にはトランプ支持者が一定の割合で存在する。ここに米国の病める部分があり、これまで世界中を戦争へと導いてきた米国の黒い部分がある。

トランプ政権が誕生した時点でわかっていたことだが、世界は再び混沌とした時代に突入しようとしている。トランプ大統領がその牽引役になりつつある。

トランプ大統領本人は「オバマ前大統領の鼻を明かしてやろう」といった軽い気持ちでやっているように見えるが、トランプ氏がこの1年でやってきたことは、すべてが第2次世界大戦という大きな犠牲を払って得た「秩序」の破壊でしかない。それに本人は気がついていないだけに、ことは面倒で厄介だ。言い換えれば、彼の周りにいる権力にすがりたい取り巻きが、真の破壊者なのかもしれない。

世界秩序を破壊する「保護貿易主義」の復活

さて、トランプ政権の今後を考えたときに、数多くのリスク要因があるわけだが、簡単にまとめると次のような要素になるだろう。

●セーフガードの発動など「保護貿易主義」の推進
●メキシコの壁に代表される「移民抑制策」
●財源の当てのない「大型減税」
●パリ協定離脱に見る「環境問題」への無理解と無知
●弾劾裁判開始か? 「ロシア疑惑」
●うそをついた数は1年間で2140回? 自前の「メディア戦略」

むろん、トランプ政権が自慢する経済の好調さといったプラス要因もある。トランプ政権誕生以来、株価は連日最高値をつけ、実質GDP成長率も2017年7〜9月期には年率換算で3.2%に達するなど、一時的とはいえ公約の3%台に達する勢いだ。

ただ、大統領が変わったからといって、1年にも満たない期間で経済が好転するはずもない。経済の構造そのものが変わったわけではなく、別の要因で米国経済が好調に転じている、と見たほうがいいだろう。

「大型減税」や「インフラ投資」も、予算をどこから捻出するのか。その詳細が決まっていない。トランプ大統領としては、見切り発車で政策を進めたいところだが、レーガン政権のように途中で財政問題が浮上して、最終的には「双子の赤字」で米国経済全体が衰退してしまったケースを繰り返したくない、という議会の思惑もあって簡単には予算が通過しない。

ところで、これら各種のトランプリスクの中で、最も懸念すべきものは何か。結論から言えば、筆者はトランプ政権が公約どおり「保護主義」を推進したら、世界は大混乱に陥ると考えている。保護主義の推進が、トランプ大統領最大のリスクと言っていい。

過去の歴史から見て、保護主義の台頭の行き着く先は、結局のところ帝国主義であり、戦争への道が広がってしまう。ロシア疑惑によって追い詰められつつあるトランプ大統領が、意地になって公約を守ろうとするあまり、貿易交渉で強気に出て決裂、取り返しのつかない事態を招くリスクもありうる。

決裂寸前の「NAFTA」見直し交渉?

実際に、現在トランプ大統領が掲げている貿易不均衡のターゲットとしては、次のようなものがある。

<NAFTA(北米自由貿易協定)脱退は時間の問題?>

大統領選のさなかから主張していたことだが、トランプ氏の支持地盤である「ラストベルト(RUST BELT)」を守るために「不公平な貿易に対しては貿易協定そのものを見直す」と主張し、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」の離脱、NAFTA見直しを公約に掲げていた。

そのNAFTA見直しが、就任1年後を経た現在も続いているわけだが、当初はバノン首席戦略官(当時)をはじめとする強硬派が画策した協定脱退方針に大統領が署名する寸前までいったと報道されている。

しかし、ここに来てロシア疑惑や女性問題、人種差別発言などで追い込まれたトランプ大統領が、NAFTA脱退を強行するのではないかと懸念されている。1月10日、大手通信社のロイターなどが「トランプ大統領がまもなくNAFTA離脱を表明すると、カナダ政府が確信を強めている」と報道したからだ。米国がカナダとメキシコにNAFTA離脱を通知した場合、6カ月後には脱退が可能になり、メキシコの政府関係者は「離脱の通知を受ければ、その瞬間に交渉はストップする」とコメントした。

報道を受けて、株式市場や為替市場も動いた。連日、高値更新を続けていたニューヨークダウも、さすがにNAFTA離脱の情報が出た日は下げて終わっている。

<太陽光パネルと洗濯機に「セーフガード」発令>

大統領選では、中国に対しては勇ましい言葉が飛び交っていたのだが、就任と同時にトーンダウンし、アジア歴訪で訪中した時には、最後まで貿易不均衡に対する具体的な話は出なかったとされる。「就任当日に中国を為替操作国に認定する」と繰り返し叫び、さらに「中国の知的財産権の侵害で、米企業は甚大な被害を受けている」とも指摘していた。

習近平中国国家主席の策にまんまとはまったのか、それともいまだに中国が北朝鮮の核武装を回避してくれると本気で思っているのかは定かではないが、トランプ大統領が中国との貿易不均衡に対して、これまでは我慢強く耐えてきたのは事実だ。

そのトランプ大統領は、就任2年目入って最初にやった仕事が「セーフガード(緊急輸入制限)」の発動だった。

1月22日、米政府は「太陽光パネルと家庭用大型洗濯機に対して、通商法201条に基づくセーフガード(緊急輸入制限)の発動を承認した」と発表。中国企業を念頭にした「太陽光パネル」は、既定の輸入量を超える製品に対しては最大30%の追加関税をかけるというものだ。

洗濯機は、韓国のサムスン電子やLG電子の製品をターゲットにしたものだが、輸入枠120万台の超過分には最大50%の関税を上乗せすると発表。セーフガードの発動は、2002年のブッシュ政権時代の鉄鋼製品以来16年ぶりとなる。

セーフガード発動に対して、中国は「救済措置の乱用であり、強烈な不満」というコメントを出し、韓国もWTO(世界貿易機関)に提訴することを検討している、と報道されている。

対中強硬派として知られるナバロ氏を国家通商会議の委員長に指名するなど、中国との貿易不均衡是正への本気度はよく知られていた。今後、セーフガードがいつ日本に向けられるのかは不透明だが、トランプ政権は今後、セーフガードの対象となる品目を増加させていく可能性がある。

<ドイツ(EU)との通貨戦争>

トランプ政権は物騒な言い方で相手を威嚇することはよくあることだが、ドイツに対する威嚇もそんな手法のひとつだった。大統領就任直後、「ユーロ」は甚だしく過小評価されていると指摘し、ドイツの貿易での優位性を高めていると主張。ドイツに対して貿易不均衡が著しく、経済戦争の宣戦布告をすると息巻いた。

結局、その後はドイツを含めて欧州全体に対して貿易不均衡を指摘することは少なくなった。同盟国という意識から欧州に対するプレッシャーは避けたと思われるが、今後はそうもいかなくなるかもしれない。

というのも、この1月18日にIMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事が、ドイツのフランクフルトで、2017年のドイツの経常黒字が世界最大になったことに触れ、「一部の国が経常赤字を拡大していることと無関係ではない」と指摘したからだ。

ドイツ政府は、2017年だけではなく2018年も財政黒字を更新すると予測しており、2018年も引き続き好景気は続くとみている。トランプ政権が、ドイツに対して再び強硬な姿勢に出るのも時間の問題かもしれない。

日本に対しても例外はないかもしれない

<武器購入迫る日米貿易不均衡>

かつて、トランプは「日本にはいつも負けている」「日本が米国の牛肉に38%の関税をかけるなら、日本車にも38%の関税をかけてやる」と発言し、日本側を震え上がらせた。実際に、アジア歴訪の際には「米国は日本との間に年間700億ドル(約8兆円)もの貿易赤字を抱えている。対日貿易は公正ではない」と指摘して、日本と米国との2国間貿易については「両国にとって公正な貿易交渉をスタートさせる」ように日本に求めた。

メディアの報道では、日本が貿易不均衡の代わりに大量の武器を購入するから、これで不均衡問題は沈静化する、といった印象を与える報道がなされていたが、武器の輸入と貿易不均衡は別の問題だ。

今後、トランプ政権が追い詰められれば、日本との貿易不均衡に対しても、懲罰的な関税をかけてくる可能性はある。

世界各国の政財界のリーダーが集結する「世界経済フォーラム」の年次総会、通商「ダボス会議」が、この1月22日にスタートした。米国大統領としては久しぶりの出席となるトランプ大統領だが、グローバリズムを推進するダボス会議で「米国はすべての国と互いに利益となる二国間貿易協定を交渉する用意があり、TPPも含まれる」と述べた。

就任後、すぐに離脱したはずのTPPに、米国の有利になるなら復活する、と演説したのだ。

現在の貿易不均衡というのは、世界の賃金格差とかイノベーションの問題が問われるために、いわば構造的な問題が深くかかわっている。関税を上げて輸入に制限をかける――といった保護貿易主義的な行動以外は、即効性のある解決方法がないのかもしれない。TPPに戻ってもいいと言いながらも、保護貿易に対する考え方は少しも変えていない。これが”トランプ流”と言っていい。

大恐慌招いた「スムート・ホーリー法」に着手か?

なぜ保護貿易主義がダメなのか。その理由を知るには、過去の歴史をひもとくとよくわかる。

たとえば、1929年の米国株式暴落から始まった「大恐慌」の原因は、悪名高き当時の「フーヴァー大統領」の失政だったとされている。1929年10月24日、木曜日に起きた株価暴落「ブラックサーズデー」に始まった暴落相場は、翌週の28日(月曜日)には「ブラックマンデー」、翌29日(火曜日)も「ブラックチューズデー」と暴落が重なり、株式市場は壊滅的な状況に陥る。

当初、静観していたフーヴァー大統領も、この重大さに気がつき、保護貿易に打って出る。議会の承認に時間がかかったものの、翌年の6月17には「スムート・ホーリー法」と呼ばれる保護貿易法案を成立させる。2万品目以上にかかっている輸入関税を大幅に引き上げた法案だった。

米国の歴史上、最も高い関税で最大40%の関税がかけられる輸入品もあった。その後、深刻な景気後退となったことはよく知られているが、1930年代の大恐慌の原因は、このスムート・ホーリー法に基づく輸入関税引き上げだと主張する人も多い。

当然のことながら、世界各国が「報復関税」を米国に対して課すようになり、世界中で貿易量が減少し、世界経済は急速にシュリンク(縮小)していくことになった。

米国の失業率は、一気に25%にまでハネ上がり、世界は未曽有の不況に入っていく。その結果、生き残りをかけてドイツやイタリア、日本が帝国主義的な行動に出て、周知のように第2次世界大戦に入っていく。

トランプ政権が中国や韓国の太陽光パネルや家庭用大型洗濯機に対してセーフガードを発動したということは、すでに「保護貿易主義」への第一歩を踏み出したと言っていい。株式市場などの金融マーケットは「連騰ボケ」のせいか、「ゴルディロックス(ぬるま湯)相場」に慣れた投資家が多いせいか、大きな反応を示さなかったが、これまでのグローバリズムの流れを大きく転換するシグナルと言っていい。

トランプ政権が誕生して以来、株式市場を筆頭に金融マーケットは順調に推移してきた。この株価高騰が、米国の好調な景気をバックアップしているのは事実だ。株価連騰の背景には、トランプ政権が打ち出した大型減税や10年で1兆ドルといったインフラ投資への期待があるのも明らかであり、株高を背景に景気が好転し企業業績が好調に推移してきた。

その一方で、アマゾンやアップル、フェイスブック、アルファベット(グーグル)といったITビジネス関連のイノベーションが実を結び、株式市場が史上最高値を更新し続けている、という側面がある。現在の株高はトランプ政権の政策もあるが、イノベーションの開花と見るほうが自然といえよう。

そのトランプ政権が、保護貿易への舵取りを始めたことで、今後は世界中で貿易戦争が勃発し、ますます地政学リスクが高まっていくことが予想される。