電話1本、メール1本を「命」よりも優先させてしまう――現代人が情報に追い立てられているからこその現象です(写真:プラナ / PIXTA)

肥満と同じくらいアメリカ人を悩ませる「情報過多」

2009年の夏、アメリカのニューヨークで、とある人物のキャリアが一瞬にして水の泡となった。

マルコム・スミスは民主党所属のニューヨーク州選出上院議員で、多数党院内総務を務めていた。ニューヨーク州の政界で大きな影響力を持つ大富豪トーマス・ゴリサーノが彼に話しかけたとき、スミスは携帯でメールをチェックしていたという。

スミスに会うためわざわざアルバニーまで足を運んでいたゴリサーノは、怒り狂った。「私は州の財源節約策を説くため400km移動してきたのに、奴はオフィスに入ってくるなり携帯をいじり始めた。頭にきたよ」と彼は報道陣に語った。

怒り心頭のゴリサーノは共和党に出向き、スミスを議員の座から引きずり降ろす手伝いをしたいと申し出た。代わりに、せめて数分はこちらの話に注意を払ってくれる人物を擁立できないかというのだ。野党はすぐに造反工作を仕掛け、民主党は分裂、野党は上院の支配権奪取への準備を進めた。スミスはマスコミから糾弾された。

「スミス議員の携帯で上院は炎上!」「原因はブラックベリー」といった見出しが躍った。

2010年にイギリスのタブロイド紙を飾った最大のスキャンダルのひとつは、ストライキ回避を目指しブリティッシュ・エアウェイズの経営陣と緊急協議を行っていた労働組合幹部が、会談中にツイッターでメッセージを(1時間に3〜4件のペースで)発信していたというものだ。

協議中のツイートを知った経営陣は激怒し、交渉は決裂した。ストライキが実行され、世界有数の航空会社を利用する大勢の人が旅程の変更を余議なくされた。

スミスの件も、ブリティッシュ・エアウェイズの件も、原因はブラックベリーやツイッターではない。重要な会議で集中できず、手にした携帯を置いて相手の目を見つめられない脳にある。情報に圧倒され混乱してしまっているのだ。

私たちの共著『ハーバードメディカルスクール式 人生を変える集中力』でも詳しく解説しているが、注意散漫がもたらすリスクの影響は、家庭や職場で実感でき、一人ひとりの健康状態にも反映されている。注意散漫にかかわる残念なデータを、ほかにもいくつかあげてみよう。

・米国人の43%が自分は段取りが悪いと感じ、21%が仕事の重要な締め切りに遅れている。約半数が、段取りが悪いせいで毎週2回以上残業すると回答している。

・ファイナンシャルプランナーを対象とした調査では、目標達成に取り組みながらも時間管理が下手で自制心が足りないせいで、63%が健康問題を抱えている。過大なストレス、健康悪化、低い業務管理能力の間には直接的な相関関係が見られる。

・米国人の48%が、この5年間に生活上のストレスが増えたと感じている。約半数は、ストレスが公私両面に悪影響を与えていると回答。社会人の約3分の1(31%)が、仕事と家庭の両立に苦労しており、3分の1以上(35%)が、仕事のせいで家族との時間、自分の時間を奪われることを、大きなストレスの原因にあげている。

・ギャラップ世論調査では、働く人の80%が仕事でストレスを感じると答え、約半数がストレス管理法を学びたいと回答している。42%は、同僚がストレスに対応するため手助けを必要としていると回答した。仕事のストレスは、従業員の病気や怪我、保険料の上昇、経営者の生産性低下などさまざまな問題につながるおそれがある。

・米国疾病予防管理センターによると、現在米国の医療費支出の80%はストレスに関連している。

・働く人の70%が、残業や休日出勤をしている。半数以上がその理由として「自分に課したプレッシャー」をあげている。

命よりも1本のメールを優先させる人々

中でもある種の不注意はいまや、現代社会を象徴するものとなっている。

それは「ながら運転」である。米国運輸省がこの問題のため開設した専用サイト(distraction. gov)を見れば、「ながら運転」の危険性に気づかされる。「ながら運転」といえば携帯メールを連想しがちだが、通話しながら、テレビを見ながら、地図を読みながら、または道路や車から目を離すほかの行動をとりながらの運転なども含まれる。

運輸省の統計によると、「ながら運転」の増加とそれがもたらす影響は、驚くべきものだ。

・ハンズフリーかどうかにかかわらず、運転中に携帯電話を使用すると、運転者の反応に、血中アルコール濃度が法定制限値の0.08%に達した場合と同程度の遅れが生じる。

・運転中の携帯電話使用により、運転にかかわる脳の活動量が37%減少する。

・2008年に「ながら運転」に起因する事故で約6000人が死亡し、50万人以上が負傷した。

・「ながら運転」による死亡事故を起こす割合が最も高いのは、20歳未満の若く未熟な運転者である。

・運転中の携帯端末使用により、負傷事故を起こす危険性が4倍高まる。

「ながら運転」を、若者――時速140kmで高速を走りながら、友達のフェイスブックへの投稿をチェックするティーンエージャー――だけの問題と思ってはいけない。

ピュー研究所が2010年に行った調査によると、携帯メールを使用する成人の約半数が、運転中にメールを送信した経験を持つ(この調査で、16〜17歳の若者の約3分の1が同じく運転中にメールを送信したことが判明している)。

distraction.gov を参照すると、米国人の半数が運転中に携帯電話を使ったことを認め、7人に1人が運転中にメールを送ったことがあると回答している。しかも彼らは、分別があって然るべき人たちだ。比較的高学歴な運転者のうち65%が、運転中に通話やメールを行っている。

つまるところ、「ながら運転」――注意散漫という病のひとつの症状――はもっと大きな問題の一端にすぎないとの声も聞かれる。人類は情報過多の段階、あるいは少なくとも、生活上の雑事に忙殺されるあまり、あと1本メールを書き電話を入れるためには命の危険さえ顧みない段階に達しているというのだ。

情報洪水の現代で、「気が散る」のは仕方ないのか

どうしようもないという人もいる。生活のペースは加速し、気を散らす要素は増える一方なのだから、慣れるしかない。もうお手上げだと。

だが、そんな言い草はナンセンスだ。技術進歩のスピードや世の中のペースを遅らせることはできなくても、複雑な変化に対応するだけでなく、そんな社会で成功するため、自分をもっとうまくコントロールする方法はきっと見つけられる。

長年患者と接した経験や、増える一方の臨床文献、脳科学の進歩から得られた知見に基づき、私たちはADHD(注意欠陥・多動性障害)患者と一般の人の悩みへの理解を深めてきた。

その知識を活かせば、忘れっぽくなくなり、注意力を取り戻し、注意散漫や集中力不足のせいで生活がめちゃくちゃになるのを防ぐには何をすべきか一層明確にできる。私は、数多くの重要な脳の機能を「思考を整理する法則」という6つの原則にまとめた。この脳のスキルは、誰でも伸ばし習得することができる。

1.動揺を抑える

効率的なデキる人間は、自分の感情を意識しコントロールできる。感情に翻弄される人と違い、デキる人は怒りや苛立ちを文字どおりいったん脇に置き、集中してやるべきことに取り組める。湧き出る心の動揺を素早く手なずけられれば、それだけ早く仕事を終えられ、自分も気持ちよく過ごすことができる。

机に山積みになった仕事に取りかかるとき、仕事が山積みの状況に腹を立てたり、上司に憤慨したり、先のことを心配したり、仕事をためたことへの自己批判に駆られてはいけない。まずは落ち着き、自分の認知能力を活用する準備を整えるのだ。そうすれば山積みの仕事を片付けられる。

思考の整理に欠かせない土台

2.集中力を持続する

集中力は、思考の整理に欠かせない土台である。計画を立てて自分の行動を調整し、段取りよく物事を成し遂げるには、集中力を保ち、周りに潜むさまざまな誘惑を無視できなければならない。

周囲のあらゆるノイズを適切に処理し、手元の重要な作業を中断せずにそれらの情報を評価し、優先順位をつけるのも、整理された頭脳のもうひとつの基本的だが重要な特徴である。

3.ブレーキをかける

赤信号や歩行者の飛び出しに対し、ブレーキを踏めば車がぴたりと止まるように、頭が整理されていれば、行動や思考を抑制したり中断したりできる。これが苦手な人は、そうすべきでないとわかっていても、今やっている行動を延々と続けてしまう。

何かの作業に熱中しているときに、さまざまな邪魔が入ったことで、いったん作業を止める。この抑制が早まる人の両肩を押さえてくれる思いやりある手のようなものだ。そして、次にあげる「情報を再現する」に向けた準備をしてくれる。

4.情報を再現する

脳には、注意を向けた情報を蓄え、たとえその情報が完全に視界から消えても、分析と処理を行って今後の行動に役立てる、すばらしい能力が備わっている。この能力には、脳内の作業スペースというべき作業記憶がかかわっている。

表象的試行を通じて、脳は情報を取り込み、一歩離れたところからそれを検討し、新たな視点や多面的な角度で物事をとらえることが多い。ひとくちに情報を再現するといっても、視覚、言語、空間など人によって得意な分野は異なるが、刺激が消えた後で情報を検討し、それを再現する能力を理解して身に付け、伸ばしていく必要がある。

5.スイッチを切り替える

デキる人間はいつでも、突然のニュースや格好のチャンス、土壇場での計画変更に対応する準備ができている。集中力も必要だが、他方では、注意を引こうと競い合うさまざまな刺激の優先順位を判断し、すばやく、柔軟に、ある作業から別の作業、ある想念から別の想念に飛び移る用意をしておかねばならない。こうした思考の柔軟性と適応性を、注意の転換と呼ぶ。

ADHDの人は注意力に欠陥があると思われがちだが、まったく注意を払えないわけではなく、注意力を制御できない、と説明するほうが正しいだろう。頭のスイッチがいったん「オン」か「オフ」になると、それを切り替えるのが難しいのだ。

効率的でデキる人と段取りが悪い人の差とは?

6.スキルを総動員する

効率的でデキる人間は、内面の動揺を抑える、持続的な集中力を育てる、思考をコントロールする、新たな刺激に柔軟に適応する、情報を再現するなど、本書で説いた能力を総動員することができる。

集中できず段取りが悪い人は、こうしたことをいっさいしていない可能性がある。そんなときはすべてのスキルを活用する。考え、感じ、行動し、生きる。脳がさまざまな部位を活用して課題実行や問題解決を行うように、こうした資質を巧みに組み合わせて、目の前の問題やチャンスに対応する。

「ながら運転」をするドライバーや、ストレスで疲れ果て、注意散漫で段取りが悪いせいで地位や仕事、重要な情報をなくしてしまう人がいる一方、その正反対の人もいる。

彼らは家でも職場でも、脳が本来持つ力を活かして生活を整理し、目の前の仕事に集中して高い生産性――それに人生の喜び――を享受する術を知っている。


有名人を見れば、彼らが功績を残せたひとつの要因は、ピンチのときに冷静さを保ち、やるべきことに集中できたからだとわかる。それ以外にも、新聞に名前は載らずとも、先天的、後天的に身に付けたスキルを使って脳の力を引き出し、仕事でも家でも並外れた生産性をあげて成功を収めている人は沢山いる。

バランス、柔軟性、落ち着き。感情を抑え、さっと頭を切り替え当面の問題に集中する能力。後で説明するように、これらはすべて頭が整理された人の特徴である。そんな人は、段取りがよく、やるべきことに意識を切り替え集中できる。変化の荒海を溺(おぼ)れず渡ることができる。

誰でもそうなれる、いや、そんな意識のあり方を身に付けられる。学校の教科書や仕事の資料をもっと集中して読みたい、効率的に働き夫(もしくは妻)や子どもとの時間を増やしたい、スピード出世を果たしたいなど、目的は何であれ、それを実現する能力、必要な資源はその人の頭の中にある。パソコンに搭載されているいろいろな機能と同じで、ただ使い方を知らないだけなのだ。