西武・菊池雄星が自ら語った「覚醒の背景」──野球界の常識を覆す発想とは
ついに覚醒した、といっていいだろう。今季、奪三振など数々の記録で球界の頂点へと飛躍し、左腕史上最速となる158キロも記録した菊池雄星(ゆうせい)。
周囲の期待と現実とのギャップに悩み続けた大器は今、8年目にして「球界ナンバーワン左腕」の頂に立つ。
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最近、菊池雄星の心を揺さぶる一曲が長渕剛の『Myself』だ。切々と歌い上げる長渕剛の「真っ直ぐ、真っ直ぐ」というフレーズが、今の菊池には心地よく届く。
「長渕剛さん、大好きなんです。中学生の頃からずーっと聴いてます。その時々の心の状況によって聴く曲はいろいろですけど、今はこの『Myself』です。『真っ直ぐ、真っ直ぐ』って繰り返す歌詞がいいんですよね」
ついに覚醒したと言っていい。菊池が今シーズン、奪三振などいくつもの記録で球界の頂点へと飛躍を遂げた。8月3日には、ニッポンの左腕としては史上最速となる158キロも叩き出している。
「本当はこういうピッチングをもっと早い段階で期待されていたと思います。8年目になって、やっと高校時代の球に戻ってきたな、ようやくプロとしてスタートラインに立てたかなと…ここまで時間はかかりましたけど、僕自身、いろいろと苦い思いも経験してきました。だからこそ今のピッチングができてるんだとプラスに捉えてます」
去年の12勝を上回る自己最多の勝ち星を挙げ、奪三振も200を悠々と越えた菊池の2017年。覚醒の要因は、3年前から土肥(どい)義弘コーチと二人三脚で作り上げてきた新たなフォームにあった。
「それまで147、8キロしか投げられなかった僕に、土肥さんは『160キロを目指そう』と言ってくれたんです。でも、どうすればいいのかなと思っていたら、『左肩を下ろせ』って言われて…右足を上げたあと、左肩をいったん下げてから体重移動に移ろうと言うんです。それをやってみたら、その年、いきなり157キロが出た。ボールが目に見えて変わったんです」
左肩を下げるーーこれはある意味、野球界で語り継がれてきた常識を覆す発想でもある。今でも多くの指導者が「ヒジを上げろ」「両肩を平行に保って」「投げるほうの肩を下げちゃダメだ」と言う。しかし土肥コーチは、投げるほうの肩を下げるからこそリリースポイントまでの距離を長く取ることができるし、それだけの時間を体重移動に使うからこそ腕を加速させることができると考えていた。菊池もその理屈は理解していた。しかし、左肩の故障が菊池の感覚を狂わせてしまっていた。
「いつの間にかフォームが浅くなって、両肩が平行に近づいていたんです。肩を壊すと、肩を下げるのが怖くなるんですよ。加速のための距離を取ろうと左肩を下げると、どうしても腕が遅れて出てくる感じになりますから、右足が着地した瞬間、まだボールがトップの位置に来ていない。そこから左腕を上げてこようとすると、肩に負担がかかる気がして怖いんです。だから脳が勝手に腕を上げたがっていたんでしょうね」
肩を壊すと、腕が遅れるのを怖がって肩が下げられなくなる。その結果、フォームが浅くなって、両肩が平行になる。それだと腕を加速させられず、キレもスピードも失われる。おかしいと思って腕を強く振ろうとすると、力んでしまって結局は肩に負担がかかる悪循環ーー菊池はフォーム改造によって、そんな負のスパイラルから脱することができたのである。
「とにかく反復しました。脳にそういうものだと思い込ませるために、何十回、何百回というシャドウピッチングをして、左肩を下げるフォームを作り上げていく。そのおかげでストレートも速くなりましたけど、大きなタテのカーブも投げられるようになった。今は理想のフォームが100だとしたら90くらいまでは来た感じがしています」
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(取材・文/石田雄太 撮影/小池義弘)
●菊池雄星(きくち・ゆうせい)
1991年6月17日生まれ。岩手県出身。花巻東高から6球団の競合の末、09年ドラフト1位で埼玉西武ライオンズに入団。1年目は左肩痛を発症して1軍登板なし。2年目の11年にプロ初勝利を挙げる。16年に初の開幕投手と2ケタ勝利。今季は圧巻の投球内容で沢村賞候補にも浮上する活躍。184cm、100kg