有給休暇 取りづらい雰囲気を醸し出す「A級戦犯」の“腹の内”

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■「有給休暇の取得は後回し」せざるをえない“大人の事情”

有給休暇の取得のしやすさ」は、働きやすい職場環境の構成要素のひとつとしてよく挙げられます。

しかし、厚生労働省「平成28年就労条件総合調査結果」(以下、「厚生労働省」)によれば、平成27年の年次有給休暇の平均取得日数8.8日、取得率は48.7%に過ぎません。この数値は、前年(平均取得日数8.8日、取得率47.6%)とほぼ同じ。有給休暇が取得しやすくなっているとはとてもいえない状態です。

今回は、有給休暇の取得を阻む要因について、各種調査の結果や、ビジネスパーソンへのインタビュー結果を踏まえて考えてみます。

有給休暇の取得を阻む要因1:休暇取得に強く伴う罪悪感

「世界26ヶ国 有給休暇・国際比較調査2016」(世界最大級の総合旅行サイト・エクスペディア調べ)によれば、諸外国12カ国で有休消化率を比較すると、日本は世界ワースト1位であることが示されています。しかも、有給休暇の取得に対して「罪悪感を感じている人」の割合でも、韓国(69%)に次いで、日本は第2位(59%)になっています(グラフ1)。

今回独自にオフィスの管理部門で働く人を中心にインタビューをしたところ、有給休暇の取得がしにくい理由として、「周囲の人に仕事を頼みづらい」といった内容を中心とした意見が多く寄せられました。

「皆が忙しそうにしているので、休み中に発生する自分の仕事の代理を頼みづらく、休みが取りづらい」
「休暇の取得を計画していても、突発的な仕事が発生してしまうと取得を途中であきらめることもある」
「自分の仕事が収まっていても、1人でも休むとそれなりにチームの他のメンバーに負荷がかかるので、休みが取りづらい」

なかには「育児休業から復帰して1年を経過していないので、ともかく周囲の迷惑にならないように、仕事のペースを早く取り戻したい。有給休暇の取得は後回し」といった子育てをしながら働く女性からの意見も耳にしました。

周囲の人に迷惑をかけることに対する罪悪感や、休暇を取ることそのものへの罪悪感などが、休暇の取得を心理的に難しくしていると感じます。

■休みづらい雰囲気を醸し出す男性管理職の「腹の内」

有給休暇の取得を阻む要因2:休めるのに「休まない」男性管理職

上述の通り、日本は諸外国に比べて罪悪感を感じている人の割合が高く、有給休暇の消化率が低いです。しかし、意外なことに、「休み不足を感じている人」の割合が世界26カ国中で最も少ないのも日本であることが明らかになっています。

厚生労働省が算出した男女別の有給休暇の取得率を見ると、男性は44.7%、女性は53.3%であり、男性は、女性に比べて休暇を取得していないことが明らかになっています。特に、国内では、未だに旧態依然とした働き方が残っていることが問題となっていますが、そのボトルネックの1つとなっているのが、男性管理職の存在です。

日本総合研究所が東京圏に勤務する40〜50代の男性管理職516人を対象に実施したアンケート調査によれば、男性管理職の約3割が「昇進のためには、夏季・冬季休暇以外に有給休暇を取得できないのは仕方がない」と回答しています。

昇進のために、夏季・冬季休暇以外の有給休暇を取得できない現状を許容しているマネジメント層が一定割合存在しているのです。

もちろんそうした男性管理職のなかには、業務量の多さや部下を優先的に休ませなければならないといった使命感から、休暇が取りたくても物理的に取れない不憫なケースも存在します。

しかし、その一方で有給休暇の取得が十分にできる環境にありながらも、休暇を取得しない男性管理職がいるのも事実です。

インタビューのなかでも、こんな意見が寄せられました。

「休みづらい雰囲気を醸し出している男性管理職が多くて、休みづらい」
「自分の職場とは異なり、配偶者の職場の男性管理職は、そもそも遊び上手で、休みを取るのが上手な人が多く、羨ましく感じている」
「男性管理職が率先して休暇を取得するということが、部下の休みやすさの前提となる」

 こうした意見は、これまでも幾度となく指摘されてきたことではあります。

■「組織一体感・終身雇用・年功賃金」に執着するから休めない

有給休暇の取得を阻む要因3:休暇取得を阻む日本型雇用慣行

「1:休暇取得に伴う強い罪悪感」、「2:休めるのに『休まない』男性管理職」では、従業員個人が有給休暇の取得がしづらいと感じる代表的な理由を述べました。

では、なぜそのような事象が生じてしまうのでしょうか。

独立行政法人労働政策研究・研修機構「第7回勤労生活に関する調査」(平成28年9月)によれば、調査を開始した1999年以降、「組織との一体感」(88.9%)、「終身雇用」(87.9%)、「年功賃金」(76.3%)を支持する人の割合は、いずれも過去最高の水準となっています。

加えて、ひとつの企業に長く勤め管理的な地位や専門家になるキャリアを望む人の割合は50.9%と過半数を占め、1999年以降、年々増加傾向になっています。

これらのことからは、未だに多くの人が、日本型雇用慣行を望んでいる実態が窺えます。職場で休暇の取得がしづらいということと、この日本型雇用慣行は、決して無関係ではないと考えます。

例えば、上記の調査結果で挙げられていた「組織との一体感」の重視は、個性よりも調和が重視され、結果として、個人ではなくチームの成果が重視されることにもなります。チームでの成果を重視すれば、チームで柔軟に対応し成果を上げることが求められ一方で、個人の業務分担が曖昧になってしまうことはやむをえません。休暇を取得する上でも、チームへの配慮が求められることになります。

また、「終身雇用」や「年功賃金」の重視は、定年まで現在の職場で少しでも波風を立てずに居心地良く仕事ができることを優先する心理につながります。職場の人間に対して、過度に気を遣うようなるのもこのためです。特に、管理職ともなれば、「年功」で得た現在のポジションや給与水準を何とか維持し続けようとして、会社からの人事評価に極端に敏感となり、結果的にできるだけ会社を休まず、働こうとする態度を示すことになることが理解できないわけではありません。

多くの人が日本型雇用慣行を望み、日本型雇用慣行が定着しつづけている実態が、結果として、休暇の取得を阻む組織風土を作り出しているのではないでしょうか。それは、休暇の取得をしやすい職場づくりが、個人の努力だけでは難しいことを意味しています。

働き方改革が、一部の個人の努力だけでは実現が難しいからこそ、残業時間の上限規制やプレミアムフライデーの導入といった政府や企業サイド主導の取り組みに頼らざるをえないという面は否定できないでしょう。

ただ、本質的な問題(日本型雇用慣行を脱することができないこと)を放置すれば、職場では、非正規社員などの弱者へのしわ寄せが増大し、ホワイトカラーでは、実質的な持ち帰り残業が増えるだけで、職場のストレスが高まるだけになりかねません。

有給休暇取得を阻むのは、無意識のうちに企業や個人に内在する「変化することに対する抵抗感(現状維持への執着)」のように思えてなりません。

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榎本久代
日本総合研究所にて人事・組織コンサルティング業務に従事。現在、リサーチ・コンサルティング部門のマネジャー。近年、女性活躍推進をテーマに管理職及び女性社員の意識改革研修等を担当。

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(日本総研 創発戦略センター ESGアナリスト 小島明子、同リサーチ・コンサルティング部門マネジャー 榎本 久代=文)