日本に留まらず、世界中の女性たちを魅了する高級ブランド・エルメス。

そんなエルメスの代名詞といえる存在であるバーキンやケリーの価値が、ここ数年、局地的バブルかのように高騰し続けている。

数年待ちが当たり前とか、150万のバーキンが250万で売れるとか、裏口の入手リストがあるとか。都市伝説のようにまことしやかに囁かれる噂...

なぜ女性たちは、バーキンに惹かれるのか?

現代の女性たちの間で、バーキンを持つ意味について、東京カレンダーでは、4人の女性たちに話を聞いた。

そこからは、もはやファッションアイテムを超えた驚くべき世界と価値観が見えてきた...。

前回はエルメスに1年通い詰めて200万円以上を使った果てに、正面突破でバーキンを獲得したユリアさんに話を伺った。今週は?



おしゃれな亜沙子さん。亜沙子さんの抜群のセンスが評判を呼んで、彼女のサロンは連日満席だそう。
File2.慶応幼稚舎出身・亜沙子さん(30)


「バーキン?自分で買ったことは一回もありません。」

亜沙子さんは、幼稚舎出身で生粋の慶応ガールだ。

結婚式には時の大臣も出席したという血統証つき。大学では「JJ」などの赤文字系の紙面を飾った読者モデルで、その抜群のスタイルとファッションセンスはキャンパスでも垢抜けていて人目を惹いていた。

現在は、恵比寿にある自宅を開放し、フラワーアレンジメントのサロンのオーナーをつとめている。

「母親からは、小さな頃から時計やバックはちゃんとしたものを身につけなさいと言われてきました。エルメスのバック使用許可が出たのは大学生の時でした。母親から、勉強しっかりするならば、という条件付きで(笑)バーキンに教科書を詰めて、大学に通っていました。」


日吉キャンパスをバーキンで闊歩する19歳の女子大生。彼女の価値観とは


バーキンに、教科書を詰めて大学に通う19歳の女子大生。


バーキンに、教科書を詰めて大学に通っていたという亜沙子さん。

当時女子大生の間で大流行したエルメスといえば、フールトゥ(コットンキャンバスのバッグ。エルメスとしては比較的安価なことから爆発的に流行。当時価格10万円〜20万円程度)。

更に、もう少し大人びた子は、ガーデンパーティー(もともとガーデニング用具を入れるために作られたバッグで収納力抜群。当時価格35万〜50万程度)を持って自慢気に歩いていた。

しかし、亜沙子さんは、そんじゃそこらの女子大生を蹴散らして、バーキンに教科書を詰め込んでキャンパスを闊歩していたというから、かなり目立つ存在であったのではないか。



「幼馴染は、皆親から借りたバーキンを持って学校に来てたりしたから、浮いてるかも?と思ったことはないですね。」

そう言って笑う彼女は、白いジャケットに、デニムとカジュアルながら、抜群のスタイルが何ともサマになっておりこなれた雰囲気。

手元に視線をずらせば、シャネルJ12の時計に、ポメラートのカラーリング。成金っぽいダイヤギラギラ感があるわけではなく、トレンドを要所要所でさらりと押さえていて、雑誌から抜け出してきた女性のよう。

「基本的に洋服に関しては無頓着なので、Tシャツ×ジーパン。でもエルメスのバッグを持っていたら、着ている洋服も格上げされている気がするので、助かりますね(笑)」

日々加圧トレーニングで鍛えているという引き締まった手足に、モデル・森星(彼女も奇しくも下から慶応のお嬢様だ)を彷彿とさせる抜群のスタイル。

極上の素材には、余計な味付けを排除したシンプルな調理が一番だが、彼女のような素材の良さを活かすにはミニマルなファッションにバーキン、が一番なのかもしれない。


エルメス店員をも驚かせた彼女のバッグ。親子3代御用達という彼女の価値観とは?


バーキン・ケリーの総数は15個以上!?エルメスの店員もびっくりの貴重すぎるバッグ...


亜沙子さんとエルメスとの出会いは、この世に生を受けた瞬間から。

おばあさま、お母さまが愛用していたエルメスの商品が彼女の生家には溢れていたという。ブランケットに、カシミアのニットに、タオルに、食器...彼女が産声をあげた瞬間から、最も身近なブランドだったという。

お母様から受け継いだというエルメスについて話しを聞くと、度肝を抜かれる実態が見えてきた。

「バーキンは5個。ケリーは10個以上はあるようです。この取材の前に、母親に聞いたら、手帳に絵まで書いて、ちゃんと一つ一つのストーリーを覚えていました。

もともとは、祖父がエルメスの生地・革・サービスを愛していて、バックや靴、ベルトなどを使用していたんです。その影響で祖母も、母も使っていたみたい。私と同じように、母も日常生活で自然とエルメスに囲まれて暮らしていたと言っていました。」



彼女のバーキン・ケリーコレクションの“ほんの”一部。

おじいさまがエルメスを愛用していたとは、何ともハイカラな。亜沙子さんは、エルメスにまつわるこんな話しもこっそり教えてくれた。

「そうそう、バーキンではないのですが、母からのお下がりのバイカラーの※ボリードを持って銀座エルメスに行ったことがあったんです。そうしたら、店員さんが興奮した様子で駆け寄ってきて、バッグを見せてくださいと言われたことがありました。」

※ボリード...バーキン、ケリーとならび、エルメスを代表するアイコンバッグ。当初「ブガッティ」という名で1920年に発表された。その名は“走る宝石”と称されるフランスを代表する高級自動車ブガッティに由来するそう。

店員はしばらく手袋をはめた手で、目を皿のようにして見た後で、「このエルメスはいつ購入されたのですか?今はこんなバッグ作れる職人がいないですよ!」とびっくりしていたという。

この世で一番偉いかもしれないというエルメスの店員が驚く貴重なボリードを持つ亜沙子さん。

物心つく前からエルメスに囲まれていた亜沙子さんにとっては、エルメスの店員は迎合する特別な存在ではなく、スターバックスやその他大勢の店員と同様の“ただの接客する人”として見えているのだろう。


そんな亜沙子さんに、バーキンがどんな存在かを聞いてみた。

「エルメスは私にとって、祖父・祖母の代から受け継いでいるもの。若いときは流行ばかり追いかけて、かわいいなと思ったバッグを衝動買いして何度か使って捨てていたりもしましたが、それと真逆で不滅の存在です。ブランド、という存在を超えて、良いものを大切にするという価値観を教えてくれた祖母のような大切な存在です。」

亜沙子さんは、大切そうにバーキンを撫でながらこう続けた。

「私も、自分の子供ができたら、きっとこのバーキンを引き継いでいくんだと思います。そうやって、親から子へ引き継ぐのにふさわしいバッグって、エルメス以外にない気がします。」

4代に渡り引き継がれようとするバーキン。その寿命の長さを考える、安いものなのかもしれない。

▶︎NEXT:3月18日土曜日更新予定
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vol.1:この世で一番偉いのは、バーキンを売るエルメスの店員?150万のバッグに女が熱狂するワケ