総資産10億円、うち金融資産5億円以上を「超富裕層」と定義

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金融危機以降、大きくは増えていない日本のお金持ち。だがその中身は変わった。富裕層研究の第一人者たちが彼らの素顔を明らかにする。

アベノミクスで恩恵を受けたのは

「まあ、企業オーナーといっても日本人ですから、出せるのはせいぜい100億円までだと値踏みをされたんでしょうね。中東の大金持ちなら1兆円はとられたと思う」

数年前、海外のカジノで有名企業のオーナー一族が100億円もの負けを支払わされたとして世間を驚愕させた事件があった。そのとき、海外のカジノ事情に詳しい別の資産家が洩らしたのがこの言葉。100億円でもすでに目がくらむような金額だが、世界的なレベルではたいしたものではないという。

いささか極端な例かもしれないが、「日本のお金持ち」を考えるうえでは象徴的な話である。

子どもを義務教育にもやれないような貧しい人がいないかわりに、社会の富を独り占めするような極端な大金持ちも存在しない。それが戦後を通じて「1億総中流」といわれた日本社会のイメージだった。今世紀に入ってからもその基調は続いていて、富裕層といっても欧米や中東のそれのようではなく、消費行動もごく控えめだといわれてきた。実際のところはどうなのか。

野村総合研究所(NRI)の調査によると (図)、 純金融資産が5億円を超える「超富裕層」の数は全国で約5万世帯と見られる (2011年)。この人たちは「金融資産と同等かそれ以上の実物資産を持つのが一般的」(NRIの米村敏康・主任コンサルタント)であり、そこから推計すると、超富裕層とは総資産10億円以上の世帯ということになる。

実は超富裕層の数は07年の6万世帯をピークに最近まで減少傾向にあった。それは「一般の人と比べて超富裕層の資産はリスク性資産の比率が6〜7割と高く、市況が低迷すると資産が減ってしまう」 (米村氏)という性質があるからだ。しかし、12年末からのアベノミクス効果で株価が上昇に転じたため、超富裕層富裕層の資産は大きく膨らんだ。現時点では超富裕層の数も増加していると見るのが正しいだろう。

もっとも、超富裕層の絶対数は増えても、彼らは株高の恩恵を受けた「元からのお金持ち」 (NRIの宮本弘之・上席コンサルタント)。 新しい富裕層が大幅に増えているわけではない。

「これから安倍政権の成長戦略が機能すれば新しい富裕層が出てくると思います。しかし足元の動きを見ると、元富裕層の復活のほうが多いと思われます」と宮本氏はいう。

年収で見るとどうだろうか。

かつて国税庁が公表する全国高額納税者名簿をもとに、所得額を推計して富裕層研究に役立ててきたのが『日本のお金持ち研究』 (橘木俊詔・同志社大教授との共著)などで知られる森剛志・甲南大学経済学部教授である。しかし「肝心の高額納税者名簿が個人情報保護や犯罪誘発防止の観点から05年を最後に公表されなくなったため、網羅的な調査は不可能になってしまった」 (森氏)。

09年からは上場企業役員のうち役員報酬1億円以上の人の名前が公開されているが、高額納税者名簿に比べたらはるかに情報量が少ない。お金持ちの収入は、かつてより見えにくくなってしまったのだ。

とはいえ、超富裕層の資産は単純に年収を積み上げた結果ではなく、多くは事業の成功や世襲による。誤解を恐れずにいえば、超富裕層にとって年収はさほど重要ではないのである。

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【アドバイザー】
野村総合研究所 主任コンサルタント 米村敏康(よねむら・としやす)
東京工業大学大学院理工学研究科修了後、野村総研入社。金融コンサルティング部に所属。専門は金融機関の事業戦略立案、営業改革等。
野村総合研究所 上席コンサルタント 宮本弘之(みやもと・ひろゆき)
東京工業大学大学院理工学研究科修了。金融コンサルティング部長。著書に『プライベートバンキング戦略』(米村氏との共著)などがある。
甲南大学 経済学部教授 森 剛志(もり・たけし)
京都大学大学院博士課程修了(博士号取得)。研究分野は家計経済、経済格差。著書に『新・日本のお金持ち研究』などがある。

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(面澤淳市=文 武内正樹、永井 浩=撮影)