楽天・立花陽三球団社長インタビュー(1)

 プロ野球12球団キャンプが始まった。なかでも注目を集めるのが、久米島でキャンプを行なっている楽天だ。昨年のアンドリュー・ジョーンズに続き、またひとり超大物メジャーリーガーが加入するからだ。それが、メジャーリーグで10年間プレイし、通算150本塁打。2008年には最も活躍した打者に贈られる「ハンク・アーロン賞」に輝いたケビン・ユーキリスだ。とりわけ選球眼に優れ、2003年にベストセラーになった『マネー・ボール』では「四球のギリシャ神」と命名されている。それにしてもなぜ、楽天ばかりが超大物外国人を獲得できるのだろうか。立花陽三社長に話を訊くと、その答えは楽天ならではの"経営哲学"にあった。

―― まず、ユーキリス選手の獲得の経緯から教えてください。

「移動で新幹線に乗っているとき、新聞でユーク(ユーキリスの愛称)の記事を見たのがきっかけです。オリックスとユークが話をしているというような記事が出たんですね。で、ウチのスカウト部隊に『どんな選手?』って軽い気持ちで聞きました。それとデータ担当の部隊には、『もし日本に来たら、どれくらいの数字を残せるの?』って。それがスタートです」

―― 彼の名前はご存知でしたか?

「『マネー・ボール』に出ていた人だな、というくらいで。それも後から聞きました。メジャーをずっと追いかけている担当者が『ユーキリスが来たらすごいことですよ』と言っていて、いろいろ調べたら、すごい選手だった(笑)。すぐに在米スカウトに連絡を取ったら、その翌日にはユークに会う約束を取りつけていました」

―― 当初は獲得候補リストには入っていなかった?

「入っていなかったです。もっと言うと、シーズン中からリストを作っていますが、当然、状況は日々変わります。毎日チャット状態で担当者から話が来るので、毎日会議をやっているのと同じ。逆に、いわゆるみんなが集まっての会議というものはほとんどやりません。ウチは獲得までのフローが、ほかの球団とは違うような気がしますね。例えば今日リストが上がってきて、明日採用できるような会社なので。それくらいスピード感があります」

―― ユーキリス選手に期待する部分はどこでしょうか?

「選球眼と長打率です。このふたつは歳を取っても落ちないし、チームが移籍しても変わらない。その事実が数字上で出ているんです。ユークが日本に来ても、選球眼も長打率も変わらない。つまり日本にアジャストしやすくて、そういう選手が成功しやすい。リスクがいちばん低い投資だと思っています。AJ(アンドリュー・ジョーンズの愛称)もそうですね」

―― 立花社長が渡米し、ユーキリスと直接交渉した直後、Twitterで「素晴らしい人物だ」とつぶやいていたのを見ました。どのあたりが素晴らしいと思ったのですか?

「今回、彼はウチも含め8球団からオファーが来ていたんです。それを全部断って、ウチに決めてくれました。僕がすごいなと思うのは、何をするにでも家族を中心に考えること。物事を決める軸がきちんとしている。今回の移籍も、奥様が『日本は面白そう。家族のためにもそういう経験はいいんじゃないか』ということで、決まったみたいなんです。『メジャーだけが職場ではなく、日本のベースボールを見てみるのも自分の仕事だ』とはっきり言える選手って、そんなにいないと思うんです」

―― 交渉の時はどんな話をしましたか?

「ユークはレッドソックス時代に松坂大輔投手(メッツ)と一緒にプレイしていて、彼の話になりました。『すごくいいヤツだし、好きだけど、メジャーで成功しなかった理由は、一生懸命投げすぎるからだと。野球のシーズンは長いし、ずっと100%で投げることは不可能。ハイパフォーマンスを出すためには、バランスを取ることが重要だ』と話していましたね。野球に対する考え方を聞くと、すごくマジメで、ストイックです」

―― 楽天という球団のことは?

「かなり知っていました。AJからかなり情報を聞いていたみたいで、日本球界の特徴や仙台の街までよく知っていました。球団の経営方針もすべて受け入れてくれましたし、お金の話はほとんどしませんでした。ただ、日本とアメリカでは文化が全然違うので、それはすごく説明しました。ユークもAJと一緒で、日本の野球をなめていないんですよ。それが僕にとってはすごく重要なポイントです。『メジャーと比べて、日本はレベルが低い』と思っていたら成功しないと思います」

―― 交渉はスムーズに行きましたか?

「最初から『地元(シンシナティ)の球団からオファーが来たらメジャーに残る』と言っていましたので、問題はそこだけでした。でも、彼は正直に話をしてくれますし、信頼できる人だなと思いました」

―― 球団はどこまでバックアップするんですか?

「統括本部長の安部井寛とチーム戦略室室長の佐々木亮人は英語がペラペラで、外国人選手と頻繁に連絡を取っています。そういう人間が責任を持ってしっかりやれば、彼らには部下がたくさんいますから、様々なサポートができると思います」

―― 楽天本社は公用語が英語ですが、球団としての英語に対する考え方を教えて下さい?

「野球団という会社なので、業務をどこで切るかが難しい部分があります。ただ、新卒にはTOEICを課しています。社内のみんなにも、『英語を話せるように』とは言っています。『ひとつの職業体で終わるのではなく、ぜひやってほしい』という話はしていますね」

―― そうした姿勢が、ジョーンズ選手やユーキリス選手の獲得につながっている気がします。

「ひとつ言えるのは、うちは明らかに他球団と姿勢が違う気がします。良い、悪いの話ではなく、違うということです。外国人選手と役員クラスの人間が英語で普通に話す会社は、なかなかないと思います。外国人選手の話はダイレクトに聞いたほうがいい。あれだけ投資したんだから、試合に集中してもらわないとしょうがないじゃないですか」

―― ユーキリス選手を獲得しようとなった時、星野(仙一)監督は何と言っていましたか?

「『ケガが大丈夫であれば、ぜひ欲しい』と。それ以外は何も言いませんでした。皆さんがどういうイメージを持っているかはわかりませんが、星野監督はそんなにわがままを言う人ではないですよ(笑)」

―― ここで、あえてストレートに聞かせてくだい。なぜ、楽天は大物外国人を獲得できるのですか?

「ウチのスカウトが優秀だからです。在米スカウトのデリック・ホワイトは、尋常じゃないくらいの人脈を持っている。『ユークとの交渉はどうなった?』って聞いたら、翌日にはアポを取って、自宅に行けるスカウトがウチにはいるんです。今も、リストに上がってくる選手はハンパじゃないんですよ、名前は出せないですけど(笑)。デリックが『この選手を獲ろうよ』と言ってきて、『獲っても、どうやって使うんだ?』っていう議論を毎日するくらいです。彼の意見を、安部井や佐々木がまとめてくれるので、僕は細かい話にはタッチしません。星野監督と三木谷(浩史)さんとのコミュニケーションをよくしているくらいで......。意思決定に関わる人間がオーナーを含めて7人と、組織が小さいので、意思決定は早いと思います。あとは、AJの存在も大きかったと思います。AJの言葉と僕らの言葉では、ユークへの伝わり方が全然違いますから。AJがいなかったらたぶん、ユークは来なかったんじゃないかな」

―― 昨年、ジョーンズ選手を獲得したのは本当に大きかったのですね。

「今回のことだけでなく、間違いなくチームを変えてくれましたから。例えば試合後、AJが星野監督とハイタッチして、その後、お互いケツを叩き合うことが毎試合行なわれます。最初はAJが星野監督のケツだけを叩いていたんですが、星野監督も叩くようになって。そのシーンを最初に見たとき、ホントに涙が出るほど嬉しかったですね。監督にそうやって接するのは、日本の選手では無理ですから」

―― 特に星野監督は(笑)。

「星野監督のケツを叩ける人って、AJ以外にいないですよ。でも、それはすごく重要なことで、そういうことがあってから、嶋が星野監督に近寄っていくようになっていったんです。小さいことから始まり、監督やコーチ、選手たちの距離が縮まって、本当にひとつになった」

―― 銀次選手が昨季終盤、「ジョーンズは技術、精神面でいろいろアドバイスしてくれる」と話していました。

「昨年、ウチのチームではエアガンが流行っていたんですね。4タコ(4打数無安打)だったら次の日の試合前、AJが『オレは4タコだったから』と言って、自分の足を4回打つんです。負けた次の日はムードが暗いじゃないですか。AJは4タコの選手を捕まえて、『お前も打て』ってやるんです、もちろん痛くないやつですが(笑)。そのこと自体は何の意味もないかもしれないけど、144試合を戦う上ではすごく重要だと思うんですよ。それに、AJは監督に『あの守備、おかしくないか?』と言ったり、外野守備を見て『もっと前がいい』と指示を出したりもします。『どこでプレイしても野球は野球。常に一緒じゃなきゃいけない』って。アイツのメンタリティがチームに与えた影響は、計り知れないと思います」

―― ジョーンズ選手を獲得した時点で、これほどの影響を及ぼすと考えていましたか?

「正直、あそこまでやってくれるとは思いませんでした。今でも覚えているのが、昨年のキャンプの初日。チームのみんなでグラウンドを3周くらいしたんですけど、AJは1周半くらいで走るのをやめたんですよ。『ヤバイ』と思いましたね。『走れない選手を獲っちゃった』って。アイツがチームの中心になってやってくれるなんて、あの時は思えませんでした」

―― 過去に来日した大物外国人選手の中には途中で帰国する人もいましたが、ジョーンズ選手は違いましたね。

「春のキャンプでは守備練習で『肩が痛い』と言って、下から投げたり、20メートルくらいしか投げないんですよ。『お前、守りたいって言ってたじゃん』って話しました。そこからのスタートだったので、1年間を振り返ると涙が出るくらいです。ホントにいい1年というか、いろいろありました」

―― ユーキリス選手も加入しましたし、2014年も楽しみですね。

「僕らの計算でいくと、AJは来日2年目の方が慣れて、数字的に上振れすると考えています。ユーキリスの対応力を持ってすれば、マギーよりも数字を残すでしょう(※)。その仮説に立つと、去年よりチームの得点力がアップする。それプラス、うちのチームは若いです。銀次、枡田慎太郎、岡島(豪郎)、島内(宏明)は、みんな20代前半から中盤。嶋(基宏)も29歳。その中に経験を持ったふたりが入り、チームの中心になってくれる。チームとして、まだ伸びる要素はあると思います」

※昨季のマギーは144試合に出場、打率.292、28本塁打、93打点

―― ネット上で「ユーキリスのあの構えを見られるだけで、球場に行きたい」という書き込みを見ました。

「社内でも言っているんですが、まずは僕らがワクワクしないといけないんです。『僕らがワクワクしない選手を獲って、球場にお客さんが来るか?』っていう議論をよくしています。シンプルに、そういうことだと思うんですよ。僕らはプロスポーツなので、勝たなきゃいけないし、面白くなきゃいけない。常にワクワクすることが起こっている球団じゃないと、お客様に飽きられる。特に外国人はワクワクする選手じゃないとダメだと思いますね」

―― 例えば予算枠が1億円だとして、基本的には2500万円×4人を獲るのではなく、力のある1億円の選手をひとり獲ってきたほうが、組織にはプラスになるという考え方ですか?

「そこは正直、4人のクオリティだと思います。どっちがいいかはないですね。AJやユークは、本当にワクワクする選手。同じコストがかかっても、誰だかよくわからない選手もいるじゃないですか。うちはファルケンボーグ(昨季までソフトバンクに在籍した)を獲りましたが、日本球界でプレイしていた選手を取るのは、基本的には嫌なんです。ワクワクしないですから」

―― 立花社長は就任時、三木谷オーナーから日本一と経営黒字化の使命を与えられました。黒字化のために、「ユーキリスを獲得すれば、お客さんが来てくれるのでは」という考えもありますか?

「もちろんです。でも、そこのプラスアルファはそんなに大きくないと思います。ただ、将来的にユークは『生で見たことがあるよ』と自慢できるくらいの選手じゃないですか。AJもそう。彼らが地元に来て、握手をしてくれたら、子どもたちが将来、『ああいう選手がいた』と言えるじゃないですか。それだけでもすごくないですか? そういう意味で、投資というか......。そういった選手がうちでプレイしてくれると、長い目で見てもうちのファンに返ってくる。もちろん、彼らが活躍してくれて、勝つことがいちばんです。でも、プラスアルファがあるから、値段が高くなってもいい。リスクを取ってでも、投資しなければいけない部分は出てきます。ちゃんとこういう選手を獲り続けて、勝ち続ければ、僕らがやっていることは正しいと証明できると思います」

―― 立花社長は外資系金融畑を歩んできた方ですが、球団経営にも前職の経験が非常に生きているんだなと感じます。

「僕の立ち位置として、野球をあまり知らないほうがいいと思うんですよ。長くやりすぎて野球を知りすぎちゃうと、口も出したくなるし、変なことをしたくなります(笑)」

―― 話をユーキリス選手に戻しますが、年俸3億円(推定)は日本球界の基準では高いと思います。

「超高いです。」

―― 選手の評価に応じての金額だと思いますが、経営黒字化という目標のなか、どこまでが出せる範囲なんですか?

「2013年度は黒字化が決定しました。2014年も、8月にkoboスタジアム宮城の観客席を2万8723人まで増やします。僕らはトップラインを伸ばしていくしかない。田中将大が抜けても、勝ち続ける集団でなくてはいけない。そういう意味で、今年はすごくチャレンジの1年になります。本拠地開幕戦の4月1、2、3日にどのくらいのお客様に来ていただけるのか、すごく楽しみで、ワクワクします。企業として、2013年以上に売上を伸ばせるような環境を作るために、僕らは攻めていかないといけないと思っています」

(次回に続く)

中島大輔●構成 text by Nakajima Daisuke