川崎倉庫店の様子。

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■4000品目に絞り込み「良いものを安く」

まるでアメリカに来たかのような錯覚さえ覚える。天井高は8.5メートル。むき出しの配管の横に、体育館で使われるような照明がぶら下がっている。そのすぐ下まで、輸入食品を満載した棚がそびえ立つ。港で見るような木製のパレットがフロアに置かれ、その上には段ボールに入ったままの雑貨が積まれている――。

コストコは米国発のスーパーだ。創業は1976年。最初の店舗は飛行機の格納庫を改造したものだった。現在でもそれに準じ、店舗は「倉庫店(=ウェアハウス)」と呼ばれる。2010年度の売上高は779億ドル(約6.2兆円)。店舗数は全世界で584店。米国とカナダが中心だが、アジアでは韓国や台湾にも進出している。日本での1号店は99年の福岡・久山。現在、東日本大震災で死亡事故が起きた多摩境倉庫店を除き、8店を展開中で、2011年内に3店、2012年には神戸・垂水への出店も計画している。(※雑誌掲載当時)

日本法人の本社がある川崎倉庫店を訪ねた。まず販売単位の大きさに目を見張る。1リットルの牛乳は2本セット売り、牛肩ロースはキロ単位、ロールパンは36個で1袋。そして価格の安さに驚く。36個入りのパンは1袋523円、500ミリリットル35本入りのミネラルウオーターは1本当たり約16円だ。

平日の昼下がりにもかかわらず、親子連れのグループや若いカップルで店内はにぎわっていた。卸売りのような大型商品も「アメリカンサイズ」の大型カートに収まると自然に見える。通路は広く、カートの行き交いはスムーズだ。

川崎倉庫店の売り場面積は約5300坪。ほかの店舗も売り場面積は平均で約4000坪の広さがある。しかし扱う商品は4000品目と非常に少ない。標準的なコンビニエンスストアで売り場面積は30〜50坪、品目数は2500〜3000である。徹底的に品目を絞り込むことで、1つの商品を大量に仕入れ、「良いものを安く」を目指している。

コストコは会員制だ。年会費は4200円。入会時に写真撮影があり、会員証の裏に写真が貼られる。入店時には厳しい本人確認が行われ、非会員の同伴は2名まで。会員でない人は店内を覗くこともできない。それゆえに「知る人ぞ知る」といった秘密めいた雰囲気もある。

上陸当初は「日本の商習慣には合わない」とか、「複雑な流通制度に馴染めないだろう」などと冷ややかな評価も少なくなかった。しかし一向に収束しないデフレを背景に、消費者のクチコミが広がった。テレビ番組で「こんなに大きい!」と興味本位に取り上げられたこともある。週末には入会待ちの行列ができ、さながらテーマパークのようだ。

驚くべきことに、「費用の伴う宣伝は一切しない」(広報担当者)。日本法人のケン・テリオ社長は「すべては『良いものを安く』という目的のためです」と話す。

「(日本での)業績は右肩上がりに伸びています。広告は一切していません。すべてクチコミです。高品質の商品を安く提供することで、楽しんでもらえる店内にしています。そうすれば、お客様がお客様を呼んでくれるのです」

コストコは、何よりもコスト削減を重視する。その原則が様々な付加価値をもたらした。1つは情報の飢餓感だ。コストコのウェブサイトは簡素で、商品の情報はほとんどない。店舗を訪ねなければ、どんな商品があるのかわからない。

「店の魅力を伝えるためには、来店してもらうのが一番です。いつ来ても発見があるように、常に新商品を導入しています。自分自身、出張から帰ってきて久しぶりに店内を覗くと、『おや、こんな商品が』とワクワクするくらい。宝探し感覚で、エキサイティングな買い物を楽しんでほしいのです」(テリオ社長)

店内には「Wow商品」と呼ばれる特殊な商品がある。飾り気のないショーケースには2800万円のネックレス。スポーツ用品売り場にはカヌー。巨大なジャグジーや四輪駆動の輸入車を販売したこともある。品目は少ないが、「今日は何があるだろう」という期待を抱かせる品揃えなのだ。取材中にも、「すごい、これ見て!」とか、「わー、これ何!」といった驚きの声が聞こえてきた。

■ネットがクチコミを加速「海外旅行気分で書く」

もう1つは独特の雰囲気だ。店内は商品陳列からトイレに至るまで、世界中で共通の設計になっている。商品の販売単位も国ごとに調整しない。いずれもコスト削減のためだが、それが「非日常性」を生んでいる。

レジのすぐ後ろにある「イートイン」では、直径45センチのピザや長さ20センチ以上のホットドッグが食べられる。前者は1500円、後者はフリードリンク付きで200円。手頃な価格で、海外旅行のような気分を満喫できる。実際、米国より日本のほうが店内滞在時間が長いという。

「昨日声をかけたお客様は『もう3時間半もいる』と言っていました。店内をしばらく回って、ホットドッグを食べてひと休み。その後、また売り場に戻って買い物を楽しんだそうです」(テリオ社長)

こうして買い物を楽しんだ客が、クチコミで新たな客を連れてくるのだ。

特にネット上では、自社発信の情報の少なさを補うかのように、ブログやSNSで情報交換が行われている。国内大手SNS「ミクシィ」のコミュニティには5万人以上が参加していて、やり取りは非常に活発かつ具体的だ。たとえばコストコが仕入れに強みをもつ輸入食品は、日本の消費者にとって馴染みが薄く、敬遠されがちな商品だ。だがこうしたコミュニティで情報が出回ることで、購入のハードルが下がる。消費者同士のクチコミが、外資参入を阻んでいた「食習慣」の壁をも崩しつつある。

「買い物日記」を記したブログの多くは、まるで海外旅行の土産話のように、コストコでの興奮を伝えている。それだけ新鮮な体験ができる場所なのだ。

実は、4000品目の約6割は日本メーカーから仕入れた商品だという。店内を歩いた印象よりも高い比率に感じる。それはサイズや包装が通常と異なることに加えて、珍しい輸入品や独特な陳列のインパクトが強烈だからだろう。

小分けがない不便さを補うため、客のなかには、駐車場ですぐにパッケージを開けて、友人同士で分け合う人もいる。「シェア買い」と呼ばれている現象だ。

「駐車場でシェアするとは予想外でしたが、どんなスタイルでも歓迎です。良いものが安く、そして楽しい、と感じてもらえればいい」(テリオ社長)

取材時、高齢者の姿も目についた。ある男性は、カートからはみ出すほど大きなクマのぬいぐるみと43センチ四方の冷蔵ピザを買っていた。消費スタイルは確実に変わりつつある。

■主婦に非日常を提供する「楽しさ」
●慶應義塾大学商学部教授 小野晃典

コストコは日米両国で成長しているが、その要因はそれぞれ異なると考えられる。

米国での成長の要因はローコストオペレーションだ。ローコストオペレーションはウォルマートが有名だが、安さを売りにするあまり、売っているモノやサービスは低品質と知覚されている。一方、コストコはウォルマートよりもう少し上質なモノを安く提供し、真空地帯をうまくカバーした。日本でのコストコの人気は、それに加えて「楽しさ」が要因になっている。

私自身もコストコのメンバーで、買い物経験があるが、競合の日系スーパーと比べて、桁外れに安かったり品質が良かったりする印象は受けない。そのかわり、独特の「楽しさ」がある。つまり、アメリカサイズの大きなパッケージが並ぶ目新しさや、他店では売っていない海外製品が見つかる面白さだ。

この2点は各々「お裾分けのバリューが高い」「これは主婦仲間で話題になる」という期待感を伴っての商品購入につながるだろう。「うちだけでは消費しきれない」といって珍しい製品を近所にお裾分けしたり、主婦同士が連れ立ってお店に出かけたりする行動が、会員数の増加につながっていると考えられるのである。

仲間とのコミュニケーションを伴う楽しいショッピング。コストコ会員はそこに年会費を支払う正当性を見出しているのではないだろうか。

コストコでは試食に長蛇の列ができる光景を見かける。一切れの商品のために並ぶ行為は、顧客がショッピングを楽しんでいるがゆえであろう。ディズニーランドのアトラクションに並ぶのと同じ感覚だ。普通のスーパーで試食品をもらうと、後でちゃんと買わなければいけないという「負債感」を抱かされるが、コストコにはそれがない。試食さえショッピングの楽しさを補強するエンターテインメントとして機能しているのである。

※すべて雑誌掲載当時

(斎藤栄一郎=文 小倉和徳=撮影)