ダイエット?大人の翼?自転車の魅力って何?

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 道を歩いていると、ママチャリとは違う遠乗り用のクロスバイクや、もっとスポーティなロードバイクに乗ってサイクリングする人を見かけることが増えた。ジョギングよりも遠くまで行けるためコースの選択肢が広いこと、有酸素運動によるダイエット効果などがサイクリングの良さとしてよく語られるが、その本当の魅力はもっと深いところにあるのではないだろうか。

 『追い風ライダー』(米津一成/著、徳間書店/刊)を読むとそんな気がしてくる。
 この本はサイクリングや自転車にまつわる5つの作品が収められた連作短編集。各作品が少しずつリンクし、ある作品の後日談を別の作品で登場させるといった工夫が凝らされているため、自転車を中心に広がる人の輪を感じることができる。もちろん、その内容は自転車乗りでなくても楽しめるものばかりだ。
 事故死した夫が書いていたサイクリングのブログを書き継ぐことにした妻が、過去のエントリーから夫との記憶を呼び起される『桜の木の下で』や、少年時代を過ごした街に自転車で出かけた主人公が、思わぬことから旧友と再会する『旧友の自転車屋』など、どの登場人物もそれぞれのやり方で自転車を愛しており、それゆえに生まれた人間模様が描かれている。
 最も印象深いのは『さとうきび畑』だ。
 接待で訪れたキャバクラで、手首についた日焼けの跡からホステス・沙紀に自転車乗りだと見破られた主人公。今度一緒に走ろうというホステスの誘いは、水商売にありがちな社交辞令ではなかった。主人公は彼女からプライベートで使っている電話番号を教えられ、毎週の休みに二人でサイクリングに行くことに。
 しかし、主人公には自転車にまつわる負い目があった。過去に出たレースで自転車の師匠ともいえる人物に大けがを負わせたことが心理的な枷となり、レースに出場することを辞めてしまった過去があったのだ。
 その後も自転車を通じて仲を深める二人。しかし、主人公はある日突然、沙紀が東京の家を引き払って故郷の沖縄に戻ることを聞かされる。慌ただしく離れ離れとなり、その距離は二人にとって別れを意味するようでもあったが、ひと月が経った頃、主人公の元に沙紀から一通の手紙が届く。そこに同封されていた、沖縄で開かれる自転車の市民レースの参加証を見た主人公は…。

 5つの物語はそれぞれまったく異なっているが、どれも登場人物たちが自転車を通し
 て悩み、考え、人生を前に進めようとしている点が共通している。
 彼らはみな、自転車に乗りながら様々なことを体験し、悩み、傷つく。
 忘れかけていた大切な気持ちや記憶。そうした自分の根本の部分に導く力がサイクリングにはあるのだろう。そして、自転車に乗りながら浴びる風は、次第に私たちに、勇気と再生の力を授けてくれる。自転車はもしかしたら大人の翼なのかもしれない。
 だからこそ、自転車はこんなにも多くの人を魅了するのだろう。
 読後、自転車で走りたくなる小説だ。
(新刊JP編集部)