この「Juiced」は、メジャーに蔓延する薬物汚染の告発本ではない。端的に言えば、「ステロイドのすすめ」だ。カンセコ自身も、「正しい使い方をすれば、何の問題も無い」と主張している。

 この本はある意味で、非常に危険だ。何せ、実際に使用した人間がステロイドの有効性を紹介し、危険性を否定しているのだ。学者がしたり顔で説明しているのとは、説得力が違う。
 この本を読むたびに、「ステロイドは使い方さえ間違えなければ、人類に有効な薬品ではないのか」、「われわれは病気を治すためだけではなく、より健康になるため、より美しくなるため、薬やサプリメントを服用している。これらの薬やサプリメントと、ステロイドとでは、どう違うのか」、「ステロイドで競技の微妙なバランスが崩れるというのなら、みな服用すればいいではないか」と思ってしまう。まさに、カンセコの思う壺だ。

 そんな「ステロイドのすすめ」に真っ向から待ったをかけているのが、カンセコの元妻、ジェシカ・シークリーだ。彼女は、元夫の著作をもじった「Juicy」で、ステロイド・ユーザーの実態を明らかにしている。

 カンセコは1990年代、怪我に苦しむことが増えたが、それはステロイドによる影響。ジェシカは、「ステロイドで人工的に強化された筋肉に身体が耐えられなくなったため」と指摘している。

 副作用もあった。代表的な副作用は精神的に不安定になることで、ステロイド・ユーザーは突発的な怒り憂鬱に襲われ、ときには強烈な自殺衝動に駆られることがある。
 これはロイドレイジと呼ばれる症状で、カンセコも猜疑心が強く、私立探偵を雇ってジェシカの行動を監視させていた。
 激昂すると感情をコントロールできず、最初の妻、エッサー・ハダッドに暴力を振るったり、フリーウェイでのカーチェイスで彼女を殺しかけたことがある。
 自殺衝動にも駆られた。ジェシカが浮気で家を出た際には、カンセコはショットガンで自殺を図ろうとした。(「Juiced」では、生後数ヶ月の愛娘の泣き声で我に返ったという)

 そして男性諸氏にとって最もショックな副作用が、生殖能力の減衰だ。当時19歳だったジェシカがベッドで見たのは、メジャーリーグ級のバットと、リトルリーグ並の2個のボールだった。
 ステロイドでペニスも大きく太くなったが、睾丸は収縮。精子の多くも、死んでしまった。その結果が、不釣合いなカンセコの性器だった。


 ステロイドは、医療の現場でも使用されている。だが、それは医師の判断で、患者には正しい服用が求められる。
 自らの判断で安易に服用した際には、必ずその報いが待っているのだ。