アマゾン・スタジオズに訴訟を起こした大御所映画監督のウディ・アレン(写真:James Devaney/GC Images)

離婚騒動やらタブロイド紙との争いやらで何かと忙しいアマゾンCEOのジェフ・ベゾスに、もう1つ頭痛のタネができた。映画『アニー・ホール』などの代表作を持つ大御所監督ウディ・アレンが、契約違反としてアマゾン・スタジオズを相手に訴訟を起こしたのだ。そして、大方の見方によると、どうやらアマゾンはこの巨匠にかなりの賠償金を払うことになりそうなのである。

ウディ・アレンを見限ったアマゾン

アマゾン・スタジオズとアレンが初めて組んだのは、アマゾンが映画の製作配給に乗り出して間もない2014年のこと。アレンを積極的に誘致したのは、当時アマゾン・スタジオズのトップだったロイ・プライスだ。

アマゾンの資金提供を受けて、アレンは映画『カフェ・ソサエティ』『女と男の観覧車』、テレビドラマ「ウディ・アレンの6つの危ない物語」を作る。さらに製作中、4本の次回作を好条件で作らせてもらうという新たな契約も取り付けていた。その1本目が、2018年に公開予定だった『A Rainy Day in New York』である。

だが、同作の撮影を終了した2017年秋、ハリウッドでは「#MeToo」運動が勃発。ハーベイ・ワインスタインをはじめ、ハリウッドの大物のセクハラや、性的暴行が次々暴露される中、プライスもセクハラ常習犯としてアマゾンを追い出されてしまう。そして、アレン本人の名前も浮上した。アレンは、かつて交際していた女優ミア・ファローとの養女である、ディラン・ファロー(当時7歳)に性的虐待を加えた疑いで民事裁判にかけられていたのである。

Only on @CBSThisMorning, Dylan Farrow addresses alleged sexual abuse by her adoptive father, Woody Allen. For 25 years, Farrow has insisted Allen sexually assaulted her when she was a child. In her conversation with @GayleKing, Farrow explains why now is the time to speak out: pic.twitter.com/Sfsz4YK0hu

- CBS News (@CBSNews) 2018年1月17日

1992年のこの裁判で、アレンは、証拠不十分を理由に無罪判決を受け、世間はほとんどそれを忘れかけていた。だが、「#MeToo」が盛り上がる中、ディラン本人が痛切なエッセイを執筆する。それを受け、アレンの『A Rainy Day in New York』に出演したティモシー・シャラメやレベッカ・ホールは、本作で得たギャラを複数の団体に寄付すると発表した。

同じ頃に北米公開された『女と男の観覧車』も興行成績は振るわず、アマゾンはアレンに、「今は正しいタイミングでないので同作の公開を1年遅らせよう」と提案。アレンも了承したのだが、2018年6月、アマゾンはこの映画を公開しないと決め、残り3本の契約も破棄すると申し出た。

アレンの訴訟は、これを受けてのものだ。訴状でアレン側は、「この疑惑は25年も前のもの。公に知られており、アマゾンが知らなかったはずはなく、契約解消の正当な理由にはならない」と主張。また、映画製作において駆け出しだったアマゾンが、「アレンの名前を使うことで利益をこうむったのに、それに伴う義務を逃れようとするものである」とも述べた。

映画界から相手にされなくなったアレン

アレン側が求めている損害賠償は、6800万ドル(約75億円)。その金額を丸々払うことになるのかどうかはさておき、おそらくアマゾンが負けるだろうと、多くは見ている。アレンが言うとおり、アマゾンは彼の過去の疑惑を知ったうえでこの契約を結んでいるからだ。契約当初と比べ、今の世の中の空気が大きく変わったというわけである。

アレンの場合は、先に述べたとおり、無罪判決が出ていることがより複雑にする。ディランの兄モーゼス・ファローは父であるアレンに味方した。事件当時、「自分はそこにいたが何もなかった」と、昨年5月にブログに書いている。

ちょっとでも怪しい人は全員罪人なのか、あるいは20年も前に下品な言葉を使った程度でも責められるのかなど、線引きに関しては、「#MeToo」勃発以来、ずっと論議されてきたこと。レイプで有罪判決を受けた後、国外逃亡したロマン・ポランスキー監督とは違うと、アレンを弁護する声も確かに聞こえる。

しかし、被害者本人がまだ被害を訴えているうえ、その疑惑は少女に対する性的虐待と非常に重大で、無視できない。そう感じる人は多く、アレンの最大の強みはトップクラスのスターを惹きつけられることだったのに、今ではみんなが距離を置きたがるようになってしまった。

一緒に仕事をしたくないのはアマゾン社内も同じ。プライスを追い出した後、アマゾン・スタジオズのCEOにはジェニファー・ソークが就任した。彼女以外の候補者も女性ばかりだったようで、新たな体制のもと、クリーンなスタートを切ろうというアマゾンの意図がうかがえる。

そこに自社のセクハラ男が残した置き土産を取っておく場所などなく、まさに金を払ってでも処分したいことだろう。そもそもアマゾンは役員の報酬もそれほどよくないらしい。今やみんなからそっぽを向かれている人物に膨大な金額を払い続けるのは、社員全員の士気を下げることにもなりかねない。

アレンは現在83歳。この年齢になるまで、彼は毎年1本のペースで映画を作り続けてきた。彼は、筆者とのインタビューでも、「土木作業をずっとやるならともかく、映画を年に1本作るなんて、全然大変じゃないよ。脳外科医が手術に挑むわけでも、月に人を飛ばすわけでもない」と語っている。

だが、彼のフィルムメーカーとしてのキャリアは、思いもかけず打ち切られてしまった。そして、そのなりゆきに誰よりも満足を感じているのは、おそらく彼の実の息子である。

アレンの複雑すぎる親子関係

ジャーナリストのローナン・ファローは、ミア・ファローとアレンの間に生まれた息子で、アレンの性的虐待を告発したディランの弟だ。


アレンの息子でジャーナリストのローナン・ファロー(写真:Jon Kopaloff/FilmMagic)

『カフェ・ソサエティ』がカンヌでプレミアする直前の2016年5月、彼は、海外メディア『The Hollywood Reporter』に、「ハリウッドはなぜ今も性犯罪者である父をちやほやするのか」と非難するエッセイを寄稿した。それは業界内である程度注目されたが、まだ「#MeToo」前のことで、受け流されている。

だが、実は、それはローナンによる警告だった。ローナンは、その頃からハーベイ・ワインスタインのセクハラやレイプについての取材を始めており、2017年10月に『New Yorker』に、暴露記事を掲載するのである。その数日前に出た女性記者2人による「New York Times」と合わさって、ハリウッドにはたちまち「#MeToo」運動が起こり、ローナンと「New York Times」の記者らはピューリッツァー賞を受賞した。

昨年4月、LGBTコミュニティのカレッジ(勇気)賞を受賞した席でも、ローナンは、「世の中にはまだ、権力があるために責任を問われずにいる人がいる。僕の姉が、ウディ・アレンのせいでそれを経験させられている。姉がアレンに責任を求めたのは勇気がいること。僕は彼女を讃える」とコメントしている。

つまりアレンは、娘にしたことの復讐を、息子によって果たされたのである。それも、とても頭が良く、才能を持つ人物でないとできないやり方でだ。それだけでもアレンの映画にありそうな筋書きだが、さらにもう1つひねりがある。ローナンの父親はフランク・シナトラではないかという噂があるのだ。ローナンが生まれる前、ミア・ファローは、シナトラと浮気をしていたのである。

アレンにとって、アイデアは次から次に浮かんでくるものだそうで、紙に書かれたものが常にストックされてあるとのことだ。この一連のドタバタで、またもやすばらしいストーリーのアイデアが浮かんだことだろう。だが、その映画に出資してくれる人は、今のところ、少なくともアメリカには、いない。出演してくれる俳優にしても同じだ。

アレンのレガシーはここで終わるのか、それとも、この後にまだ思わぬ展開があるのか。続きは、ひたすら見守るしかない。