村岡新駅計画地付近を走行するJR東海道線と武田薬品の研究所(筆者撮影)

昨年末、神奈川県、藤沢市、鎌倉市はJR東海道線の藤沢駅-大船駅間でかねて設置構想があった「村岡新駅(仮称)」について、建設費の負担割合について合意し、設置協議会を立ち上げた。これを受け、1月18日に神奈川県の黒岩祐治知事、藤沢市の鈴木恒夫市長、鎌倉市の松尾崇市長はJR東日本(以下、JR)の本社を訪れ、駅設置を正式に求めるとともに、一部費用負担や概略設計を要望した。

今後、2019年度から2020年度にかけて概略設計を行い、その結果をもとに事業を進めるかを最終判断し、2021年度以降に新駅設置に関してJRとの基本協定締結を目指すという。

村岡新駅と周辺開発計画の概要


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村岡新駅は1985年に廃止された国鉄湘南貨物駅の跡地(藤沢市村岡東)に計画されている。一方、柏尾川を挟んで隣接する鎌倉市深沢地区には、1987年の国鉄改革によって発生した旧国鉄清算事業団用地(鎌倉市が取得済)と2006年に廃止されたJR鎌倉総合車両センター跡地(JR所有)がある。

両市は村岡地区(約8.6ha)と深沢地区(約31.1ha)を一体開発し、行政施設、商業施設、医療・福祉施設、都市型住宅等を設ける計画で、土地区画整理事業費として約270億円を投じる予定だ。一体開発することで国の方針である「交通結節点の改善促進などに資する事業」に該当し、国庫補助金の重点配分を受けることができ、地元の財政負担が軽減されるという。

今回の合意で柏尾川に新たに架ける「シンボル橋」は鎌倉市の負担、橋から新駅までの「シンボル道路」などは藤沢市の負担で工事を行うことになったが、この部分は上記の270億円には含まれず、「今後の概略設計によって費用が算出される」(鎌倉市 まちづくり計画部)。

また、約160億円と試算されている駅の設置費は、全体の3割を神奈川県が負担し、JRが支出する残りを藤沢市、鎌倉市が5割ずつ負担する。


一体的な街づくりを進める藤沢市村岡地区と鎌倉市深沢地区(画像:鎌倉市)

村岡に新駅構想が最初に浮上したのは30年以上も前のことであり紆余曲折があるが、設置に向けた大きな機運となったのが、2006年の武田薬品湘南工場の閉鎖だ。その工場跡地に武田薬品の新研究所を誘致する計画を巡って、最大80億円を補助するとする神奈川県と、200億円超の支援策を提示する大阪府との間で綱引きになった。

結局、新研究所は村岡に決まった。当時、藤沢市長だった海老根靖典氏(現在、大樹コンサルティング代表)は、松下政経塾の後輩で親しい当時の松沢成文知事から聞いた話として「武田が社内で実施したアンケートで、住環境・子育て環境に恵まれていることから湘南(村岡)を支持する研究者が多かったこともあるが、敷地の目の前に新駅を設置することを条件として提示したことが決め手になった」という。

これを機に、2008年には「村岡・深沢地区全体整備構想(案)」がまとめられ、新駅を核とした村岡、深沢の一体開発が一気に動き出すかにみえた。

新駅構想が一気に進んだのはなぜか

ところが、JRの車両センター跡地で土壌汚染が見つかり、「土壌汚染対策処理費と建物の解体処理費の合計が、跡地の売却予定額を数十億円も上回る」(深沢まちづくりニュース 第15号)とされ、その対応に巨額の費用と時間がかかった。また、市域をまたぐ事業であるため費用負担や役割分担の協議が平行線をたどるなど、事業が進捗しなかった。


武田薬品の湘南研究所は昨年4月「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」と名称変更。研究所の一部を外部に開放し、200社を誘致する予定(筆者撮影)

さらに、2016年秋に公表されたJRが実施した調査結果で、「村岡新駅の建設費が従来想定の1.5倍近い155億円超に膨らむ見通し」(2016年9月3日神奈川新聞 現在は約160億円とされている)であることが判明し、関係者の間に慎重論が大きくなった。

このように、いつまでも煮え切らないように思えた事業が、ここにきて急速に進んだのはなぜか。複数の関係者から聞かれるのが「県主導」という言葉だ。以下は、筆者の推測が含まれることを最初にお断りしておきたい。

黒岩知事は「医療と健康・未病」を政策の1つに掲げ、ライフサイエンス分野の研究拠点として川崎市殿町(とのまち)を整備してきたが、同地が飽和状態になりつつあり、新たな候補地を探す中、武田薬品の研究所もある村岡・深沢に白羽の矢を立てた。

深沢の開発を進めたい鎌倉市にとっては、県のリーダーシップで膠着していた開発の話をまとめてくれるのは渡りに船だったと思われる。深沢の街づくりコンセプトを「ウェルネス スクエア」とし、医療・福祉等の施設を誘致しようとする鎌倉市と知事の政策も親和性がある。またJRにとって、新駅設置は採算に見合うか否かの判断によるだろうが、塩漬けになっている土地を早く売りたいのは間違いない。


深沢の開発予定エリア。鎌倉市は「ウェルネス」をコンセプトに街づくりを計画。市役所本庁舎を移転する計画もあるが、反対意見もあり不透明だ(筆者撮影)

さらに、湘南研究所の研究員の大規模なリストラを進めるとともに、研究所の一部を外部に開放し、今後、ベンチャー、スタートアップを含む200社を誘致する予定という武田薬品にとっては、集客に当たって新駅は喉から手が出るほど欲しい。

そこで、4月の知事選に3選出場を表明した黒岩知事が、開発の恩恵が少なく、本音を言えば駅を造りたくない藤沢市を説得するなど各プレイヤーの利害を調整し、”実績”を作ったというのが今回の話ではないか。

ちなみに、今年1月、鎌倉の副市長に就任した千田勝一郎氏は、過去に菅義偉官房長官の秘書を務め、2011年からは黒岩知事の特別秘書を務めてきた人物だ。千田氏は村岡新駅・深沢開発に関して「知事の特命を帯びている」という話も聞く。また、今回の調整がスムーズに進んだのは、黒岩知事を支える菅官房長官の力もあるのではないか。

財源不足が課題に

こうした新駅および周辺開発計画について、地元である藤沢・鎌倉には、具体的にはどのような声があるのだろうか。まず藤沢市側に関しては、市議会で「事業費の著しい増大、財政が急激に悪化した場合など、事業環境が変化すれば駅の整備はゼロベースで見直す」と副市長が答弁するなど、少なくとも「何が何でもやり遂げよう」という空気感は見て取れない。

藤沢市の中期財政の見通しとしては、2019年度からの5年間に約584億円の財源不足が生じる見込みとなっており、厳しい財政運営が求められている。こうした状況に鑑みれば「ゼロベースでの見直し」も、まったくありえない話ではない。

一方の鎌倉市の状況はどうか。鎌倉市議の長嶋竜弘氏によれば、「議会の賛成派と慎重派の割合は、14対10」という。長嶋氏は安易に計画を進めるべきではないという慎重派の立場を取る。

その理由としては、まず駅設置の効果に疑問があるという。新駅の1日あたり乗降客数は約6万5800人で、このうち、大船駅、藤沢駅、湘南深沢駅利用者の新駅利用の潜在需要が約3万5200人、周辺エリアの開発による新たな鉄道利用者の発生が3万0600人と試算されている。


村岡新駅南口となる予定の場所は、現在、市民農園になっている(筆者撮影)

しかし、この数字には「鵠沼(くげぬま)など、およそ新駅を利用するとは思えないエリアの住民もカウントされており、過大な数字といわざるをえない」(長嶋氏)という。また、「仮に数万人の新規利用者が見込まれるなら、ラッシュ時の東海道線の混雑に拍車がかかることになる。しかし、朝のピーク時はこれ以上本数を増やせない過密ダイヤがすでに組まれている」と指摘する。むしろ、「新駅を設置するなら、大船駅から根岸線を延伸し、輸送のパイプを太くするほうが利用者にとってもJRにとってもメリットがあるのではないか」という。

液状化が懸念される場所も

また、深沢エリアの開発については、「少子高齢化の時代に、バブル期のような街の開発をする意味があるのか。鎌倉はゴミ焼却施設や市役所本庁舎の移転・建て替え、老朽化した学校の建て替え等の問題も抱えている」と、財政面から開発計画そのものへの疑問を投げかける。

長嶋氏が、最も懸念するのが深沢の土質と防災対策の観点だ。まず、深沢の開発地は全体的に地盤が緩い。2015年にエリア内6カ所で実施したボーリング調査の結果によれば、おおむね30m以上杭を打たなければ支持層に届かないことがわかり、施設の建設コストが跳ね上がる可能性がある。また、一部には液状化の危険性が指摘されている場所もある。

さらに、柏尾川周辺は県が告示する洪水浸水想定区域に指定されており、過去にもたびたび浸水被害が発生してきた。上流の横浜市栄区金井地区で新しい遊水地の整備が進められる計画があるものの、現状、治水対策は万全とはいえない。長嶋氏は、「豪雨災害が懸念される今、このエリアに新たに街をつくるのは防災の観点から間違っている。境川沿いの遊水池公園(横浜市泉区)のように、グラウンドなどとして整備するほうが理にかなっている」と語る。

一方で、「村岡と深沢がしっかり一体開発されて、藤沢・鎌倉両市が首都圏で発展するコアの地域として生き残っていくことを望んでいる」と話すのは、深沢開発地区の東側に湘南深沢駅がある湘南モノレールの尾渡英生社長だ。新駅設置により、モノレール利用者数がどの程度増えるかは予測しづらいが、「深沢には広大な土地があって、長年利用されていない状況。新駅ができて人々の移動が楽になり、さまざまな施設や企業の誘致等による人口増加や経済効果も期待されるならば、反対する理由はない」とする。


今後、ホームの増設工事を進める予定の湘南モノレール「湘南深沢」駅(筆者撮影)

深沢エリアの地盤の脆弱性については、尾渡氏も熟知している。湘南モノレールは各駅のバリアフリー化工事を進めており、湘南深沢駅も上り専用ホームを新設して各ホームにエレベーターを設置する工事計画を立てている。当初2018年に着工予定だったが、かなり深く杭を打たなければならないことがわかったため、着工時期を延期した経緯がある。

「湾岸エリアなどには、液状化の危険が指摘されている場所はたくさんある。要はリスクとリターンの兼ね合いの問題だ。鎌倉・藤沢エリアでこれだけ広大で空いている土地は希少。たとえ、工事費がかさんでも、収益が見込まれるならば事業を行う企業はたくさんいるのではないか。また、治水対策はもちろん必要だが、それはそれとして解決すべき問題だ。浸水の危険があるために開発をやめるというのならば本末転倒に思える」とする。

新駅を軸とした道路整備も必要

なお、多くの人が口を揃えて指摘するのが、周辺道路の整備の必要性だ。新駅を有効に機能させるならば、バス網の整備が不可欠となるなど、周辺道路の交通量が増加するのは間違いない。しかし、藤沢・鎌倉の県道は、今でも日常的に渋滞が発生している。


村岡新駅計画地付近で線路の南北を結ぶ跨線橋。一応、車も通れるがかなり貧弱だ(筆者撮影)

この点について長嶋氏は「新駅を中心に道路網の再編が必要。県道の拡幅や交差点の整備を行わず、シンボル道路だけを通せば大変なことになる。また、藤沢から横浜の釜利谷(かまりや)まで延伸予定の圏央道(横浜環状南線)が2020年に開通すれば、今後、物流などの車もますます増える。開発地周辺には歩道のない道もあり、混雑だけでなく危険も増す」とする。

また、尾渡氏は、「村岡・深沢エリアをさらに有効に活用するならば、横浜環状南線の支線を持ってくるくらいのことが必要。同エリア内に大きな駐車場を用意し、観光客の皆さんに利用してもらえば、市街地の渋滞対策にもなる」と、大胆な施策が必要なのではないかとする。

およそ30年も続く、村岡新駅構想は今回の動きで日の目を見るのだろうか。現在のスケジュールに従うならば新駅が開業し、周辺の整備が完了するのは、最短でも10年以上先のことだ。