地方ローカル線の多くは廃線の危機に直面している。福井県のえちぜん鉄道もそのひとつだったが、この数年、利用者が伸び続けるなど経営が好転している。利用者が増えたポイントは「終電が23時台」と「大雪に強い」。地元では「乗って残そう」という機運が高まっているという。復活劇の一端をお伝えしよう――。

■蕎麦処・福井で起きた廃線危機ローカル線の奇跡の復活

北陸・福井県は全国屈指の蕎麦処だ。

県内には蕎麦畑が点在し、その土地に古くから伝わる在来種の蕎麦を栽培している。収穫した蕎麦の実は、製粉後、やや太めに打ち上げて、淡いだし汁をかけて食べるのが福井流だ。欠かせないのは、たっぷりの大根おろし。ヒリリと鮮烈なおろしの辛さにのけぞるものの、かむほどに蕎麦の甘味が浮き上がり、後味もすっきり爽快だ。

「dancyu」12月号の特集「一泊×6食 おいしい鉄道旅」より(撮影=エレファント・タカ)

雑誌「dancyu」12月号の特集「おいしい鉄道旅」では、そんなおろし蕎麦を食べ歩く1泊2日の旅をルポしている。巡った店は全7軒。このときに初めて乗ったのが、えちぜん鉄道である。

「えち鉄」の呼び名で親しまれるローカル列車は、福井駅を起点に勝山永平寺線と三国芦原線の2路線が運行している。沿線には大本山永平寺、東尋坊、恐竜博物館などの人気スポットがあり、観光には至便だ。1両編成(時間帯によっては2両編成)の列車はおもちゃのように愛らしく、6割が無人駅というのもローカル線らしい。

県外から訪問した人の中には、そんなのどかな印象から「車中で一杯」ともくろんで始発の福井駅から乗り込む人もいるかもしれない。

だが、夕刻の時間帯などは帰宅するサラリーマンや学生で車内は混み合い、ちょっとしたラッシュ状態なのである。到底、プシュッとやれる雰囲気ではない。

■ローカル線苦境の時代に「えち鉄」は利用者増加の優良鉄道

とはいえ、乗客が多いのは喜ぶべきことだ。ご承知の通り、地方のローカル線には廃線の危機に直面する路線が少なくない。

例えば、JR北海道の留萌線(深川―増毛間)のうち利用者の少ない日本海側の留萌―増毛間が2016年に廃止された。JR西日本の三江線(島根県・江津―広島県・三次間)も2018年3月に運行を終了。さらにJR北海道の石勝線夕張支線(新夕張―夕張間)は、2019年4月に廃止される予定だ。

廃線の主な理由は、道路整備が進んで自動車が生活の足となったうえ、地方では人口減少が著しいことがある。

そんなローカル線苦境の時代にあって、えち鉄は毎年利用者数を伸ばし続ける優良鉄道だ。2017年度の利用者は360万2920人と過去最多を更新。前年度に比べると4万4292人の増加だ。注目すべきは、通学・通勤など日常生活での利用が前年度比2万7028人増の226万8895人と伸びている点だ。

■「廃線やむなし」が一転、存続決定した感動プロセス

ご多分にもれず、福井は車社会である。1世帯あたりの自動車保有数では全国1位になるほどだ。その状況下で、どのようにして乗客を獲得してきたのだろうか。

積雪による遅延や運休は滅多にないのが「売り」。車両にはアテンダントが同乗する。(写真提供=えちぜん鉄道)

えち鉄が開業したのは2003年。意外にも歴史が短いのは、前身となる鉄道があったからだ。京福電気鉄道の越前本線と三国芦原線である。昭和30年代には隆盛を誇った両線だが、時代の流れとともに乗客数は激減していた。

そんな折、半年で2度の列車衝突事故が起き、これが引き金となって両線の廃止が決まった。そのまま廃線もやむなしという流れもあったが、それを押しとどめたのが住民たちだ。鉄道存続を望む声が行政を動かし、沿線の自治体が出資する第三セクターにより、えちぜん鉄道が誕生したのである。

「開業時から徹底してきたのは第一に安全・安心。そのうえでお客さまに向きあったサービスを積み重ねてきたことが、乗客数の増加につながっているのでしょう」

えちぜん鉄道の営業開発部・佐々木大二郎さんがそう語るように、同社では開業以来、利用者目線でさまざまなサービスを打ち出している。

象徴的なのは「アテンダント」と呼ばれる女性乗務員の起用である。

現在は12名のアテンダントが在籍し、朝と夕方以降を除く昼間帯に制服姿で乗務している。仕事は、乗車券の販売、高齢者の乗降介助、観光案内など。笑顔で乗客に話しかけながら、車内のすみずみに目を配るアテンダントの存在で安心感が増すばかりか、えち鉄に対するシンパシーも高まる。

■アテンダント同乗、終電23時台、降雪でも運休しない……

ちなみに、青森の青い森鉄道や石川ののと鉄道など他県でのアテンダント導入も、えち鉄を手本にしているそうである。

一方で、利用のしやすさも評判だ。2年半前にスタートさせたのは、福井鉄道福武線との相互乗り入れである。この福武線も県内の主要鉄道ということで効果も大きく、利用者は年々増加している。

えち鉄の運行ダイヤは、1時間に2本(朝は3本)。ローカル線としては多いほうだろう。しかも福井発の終電は23時台と遅く、仕事帰りに居酒屋に寄っても余裕で電車帰りができる。これは当初、「花金電車」として金曜日の夜のみ運行していたが、乗車率が高く、また利用者からの要望もあって毎日の運行に切り替えたそうだ。

毎週月曜日には福井駅行きの早朝列車「めざましトレイン」も運行している。これも、慌ただしいスケジュールの出張時や、週末に自宅に戻る単身赴任者に好評を得ているという。

こうした取り組みに加えて、「雪に強い鉄道というイメージも強みになっている」と前出の佐々木さんは言う。

「弊社では10cm以上の降雪予報があるときは、翌朝の始発前に除雪に入るよう決めています。降雪量によりますが、ラッセル車やMCモーターカーでの除雪のほか、各駅のポイント部分はスコップでの人力で始発前に除雪をします。そのため、積雪による遅延や運休は滅多になく、普段は自動車や自転車でも『雪道は不安だから』『雪の影響で遅刻すると困るから』と冬の間だけ鉄道に乗りかえる方が多いんです」

今年2月の歴史的な大雪のときはさすがに運休になったが、「えち鉄が止まるんやから、この雪はおおごとや」と口々にささやかれていたそうだ。

■“わが町の鉄道”に今も「乗って残そう」という気運が高い

列車事故による廃業路線という、いわば負のイメージを抱えてのスタートから15年。地道に取り戻した信頼感が乗客数の伸びを下支えしていることは間違いない。

向かって右が福井鉄道と相互乗り入れしている「フェニックス田原町ライン」の車両で、愛称は「キーボ(Ki−bo)」。えち鉄の車両カラーの白は「新生(生まれ変わる)」、青は「沿線を流れる九頭竜川」、黄色は「安全・安心、温かみ」をイメージしている。(写真提供=えちぜん鉄道)

聞けば、開業に至るまでの住民活動では7万人近い署名が集められ、鉄道の存続を訴える駅伝大会まで開かれたという。住民たちの強い思いによって復活した“わが町の鉄道”に対しては、今も「乗って残そう」という機運が高いと佐々木さんは話す。

「高齢になったとき、あるいは子供が高校生になったときに『走ってないと困るから』と意識的に乗ってくださる方はたくさんいます。ありがたいことですよね」

鉄道のない不便さが身にしみている沿線住民にとって、えち鉄が走る姿こそ、平穏な日常の象徴なのだろう。

そんな鉄道を舞台にした映画「えちてつ物語」が11月下旬から全国で順次公開される。主人公はえち鉄のアテンダントという設定で、沿線の名勝地も映し出されるというから躍進に弾みをつけることだろう。

福井市のシンボルマークは、フェニックス(不死鳥)だ。戦災や震災(1948年、震度7の福井地震)などたび重なる災禍にもめげず、立ち上がった福井市民の勇姿がそれに似ていることに由来している。どん底からはいあがる粘り強さを信条とした福井の人たちの気質だからこそ、かつて崖っぷちだったえち鉄も見事よみがえったに違いない。

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※『dancyu』12月号の特集「一泊×6食 おいしい鉄道旅」では、「おいしい週末鉄道旅へ!」と題して、「福井・えちぜん鉄道×蕎麦づくり」や、「滋賀県・琵琶湖線×湖の幸」「岩手県・三陸リアス線×うにとジンギスカン」「秋田/青森・五能線×酒場」のほか、「日帰り半島鉄道旅 京急で三浦半島へ!」などを紹介しています。ぜひ手に取ってご覧ください。

 

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(フリーライター 上島 寿子)