「グーグルがつくる未来都市では、道路が柔軟に「変化」する」の写真・リンク付きの記事はこちら

その六角形をした木の板は、たいしたものには見えない。無彩色の木材で、構造的に少し興味深い形状をしている。ちょうどマンホールのカヴァーくらいの大きさで、一部は中央に明るく白いライトが埋め込まれている。それらが大量に並べられている様子は、自然の道理にかなっているように感じられる。このどこかに、間違いなくフィボナッチ数列が隠されているのだろう。

この形状は、グーグルの親会社であるアルファベット傘下のSidewalk Labs(以下、サイドウォーク)にとっても重要な意味がある。企業が未来の道路、すなわち取り外し可能なモジュール式で、柔軟に使える舗装という仕組みをどう思い描いているのか。そんな構想そのものであるからだ。

2018年8月中旬、サイドウォークがトロントに開設した新しいオフィスで公開討論会が開催された。ここで同社と、マサチューセッツ工科大学(MIT)センサブル・シティラボのディレクターである建築家のカルロ・ラッティのデザイン事務所が、共同研究の成果である実験的な“物体”を披露した。そして参加者たちは、それに座ったり触れたりするなどして遊んでいた。

「一般的に道路のスペースは固定されていますよね」。サイドウォークの公共部門のディレクターであるジェシー・シェイピンズは、集まったトロントの人々に語りかけた。「通常の道路には縁石があり、おそらくペンキが塗られているでしょう。それらには違った使い道があることが示唆されています。道路は“変える”ことが難しいですね。つまり、人々が使えるスペースは、それだけ少なくなってしまいます」

スイッチひとつで道路の用途が変わる

未来の道路は、現在のようにコンクリートで固められて用途が決まっている道路とは対照的だ。スイッチひとつで、時間帯によって用途やライトアップが変わる。

朝のラッシュ時にはバス専用道路だった場所が、日中は子どもの遊び場に変わるかもしれない。月曜に通勤用の自転車レーンだったところが、日曜には農産物の直売所になるかもしれない。道路は刻々と変化して柔軟な空間であるべきで、決して交通量が激しく、思いやりに欠ける危険なクルマが行き交うような場所ではない──。それがサイドウォークの考えだ。

サイドウォークは昨年から、このトロントにおける野心的なプロジェクトに取り組んできた。そして、時間をかけたパブリック・プロセスの過程で、今回のコンセプトを発表した。

サイドウォークは17年10月、トロントの湖畔にあるキーサイドと呼ばれる広大なエリアを再活性化するために、トロント市との提携を発表した。対象となるエリアの広さは12エーカー(約49,000平方メートル)ある。同社は市民の意見を多く取り入れ、利用されなくなった土地を未来都市の“生きたモデル”に変えると約束した。

このプロジェクトは意図的にゆっくりと進行している。公開討論会が開催された8月中旬時点では、まだプロジェクトの初期段階にある。マスタープランのドラフトは来春にならないと完成しない。サイドウォークによると、ヴィジョンの大部分は「道路の使い道」を再定義することが占めているという。

都市の住人が幸せであるために必要なこと

一方で、サイドウォークのキーサイドプロジェクトは、データクランチング[編注:データを高速で抽出・処理して意味のある情報に加工すること]や絶え間ない反復処理といった、シリコンヴァレーの人々が“大好き”なコンセプトを取り入れている。

これはタブラ・ラーサ(ラテン語で「精神は白紙である」という意味)、すなわち都市の住人が幸せで裕福に、思慮深くあるために何を本当に必要としているかを問う「第一の原理」に立ち戻ることを約束している。

路上駐車は必要か? もっと多くの公共広場がいる? 手ごろな価格の木造住宅は? 自律走行のシャトルバスがほしい? トロントのチームはテストを実施してデータを集めながら、試行錯誤を繰り返すことを約束している。

重要なのは、未来の「あるべき姿」に対してオープンであり続けることだ。「われわれは自律走行車がある世界について、なにひとつわかっていません。誰もわかっていないでしょうね」と、サイドウォークの交通工学者でモビリティリードのウィル・エンは語る。

「しかし自律走行車が実際に車道を走るようになり、公道での訓練を通じて環境に適応するようになれば状況は変わるでしょう。その状況に合わせた最適な道路や、新しい法律や規則に適合した自律走行車を設計するいい機会になると考えています」

それにサイドウォークにとっては幸運なことだが、同じくグーグル傘下のWaymoは自動運転技術を牽引する企業なので、必要な知見を共有できるだろう。

「コミュニティ道路」という過去のコンセプト

とはいえ、道路をクルマのためのものではなく、人々のためにつくるというアイデアは決して新しいものではない。クルマが登場する前の道路は人が優先であり、実際それでうまくいっていたのだ。

1960年代から70年代でさえ、オランダなどでは自動車の通行を道路の主な目的としないことを求める「コミュニティ道路」運動が起きていた。これは「車線」という横暴な境界線から、広いスペースを解放することを目指した活動である。

「人々は道路に自分たち専用のスペースを与えられると、責任を失ってしまうものなのです」と、ニューヨークの非営利団体「Project for Public Spaces」を運営するニディ・グラーティは話す。彼の団体はコミュニティ主導で公共スペースの活用法を再検討するよう求めている。

「ドライヴァーの立場になると、人々は通行人に注意すべきだとは考えなくなります。ほかのクルマや自転車の存在は意識しますが、歩行者のことは『人間』であるとみなさなくなってしまうのです」

研究によると、より多くの植え込みがあったり車線が狭かったり、ラウンドアバウト(環状交差点)があったりするような道路のほうが安全であるという。

新しい技術は本当に必要なのか?

最近になって、多くの都市が公共スペースの再生や“解放”を目的としたプロジェクトを進めている。ニューヨーク市は、タイムズスクウェアの大部分からクルマを締め出した。ピッツバーグ市はマーケットスクウェアで車道を閉鎖して、歩道を広げた。ごく小さな規模では地域の活動家たちが、プランターやタイヤ、あるいはポールなどを使って、市民に街並みについて再考するよう促してきた。

しかしこういったコンセプトは、自治体の交通工学者や弁護士たちを神経質にさせる。結局のところ、人やスクーター、クルマの無分別な渦は、実際そうでなくとも危険に見えるかもしれないからだ。

だから都市計画の担当者は、道路を設計するうえで必要不可欠なものだと考え、人々とクルマを引き離すために縁石を置くことにこだわる。それに、サイドウォークが思い描くように極めてフレキシブルに使えるコンクリート製の敷石を採用して維持することは、アスファルトを敷き詰めるよりもコストがかかる。多くの都市にとって、費用対効果を正当化するのは難しい。

しかし、グーグルやサイドウォークの親会社であるアルファベットには資金がある。柔軟性があり、最新のクールな技術もある。

「こうした計画には本当に最新技術が必要なのか、懐疑的に思うことがあります。なぜなら実際に簡単に実現できますし、多くの都市では似たようなことを古くからやってきたのですから」と、MITの都市研究計画部門を率いるエラン・ベン=ジョセフは語る。彼は米国や海外で道路空間の柔軟な活用について研究してきた経験をもつ(彼の同僚はこのプロジェクトでサイドウォークに協力している)。

「でも認識を変えて新しい方法を試してみると、正しい方向に導かれるはずです」とジョセフは言う。「それは新しいことではなく、何か古いことなのかもしれませんね」

[8/28 13:00:元記事の訂正に基づいてサイドウォークの共同研究先を修正しました]

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